ガムテープの店【禍話リライト】
とある住宅団地に、小さなクリーニング店があった。
クリーニング店といっても立派な店舗ではなく、家の敷地内に車二台分くらいのスペースの小屋を立て、そこでクリーニング店を営業していたのだという。
Eくんはお使いとして、小学生のころ、しばしばそのクリーニング店に行ったことがあるそうだ。
お父さんのスーツとか、お母さんのコートとか、そういったものを季節の変わり目にとりに行く。
だから、多くて年に3、4回程度のことだったというのだが、もちろんそれだけのことでもどんな人が店にいるかはわかっている。
大抵は、その家のおばちゃんが店番をしているのだが、時々おじちゃんとか息子さんがいることもある。
その家族三人で、店を回しているようだった。
あるときのこと。
夕方に、母親からクリーニング屋にお父さんのスーツを取りに行ってくれ、と頼まれた。
営業時間ぎりぎりだったので、急かされたEくんは走ってクリーニング店へと向かう。
着いてみると店内には明かりがついていたので、ひとまずEくんはほっとした。
……まだやってる。
よかった〜……
店内には誰もいなかった。
ただそれはいつものことで、カウンターに置いてあるベルを押したら誰かが出てくるというのがお決まりのパターンだった。
ベルを押そうと背を伸ばしてカウンターを覗き込む。
あれ?ない……
いつもベルが置かれている位置には、何もなかった。
何でないんだろう??
確かに取り外しやすいものではあったが、外す理由もよくわからない。
なんだろう、と思っていると、その店の裏口の引き戸がガラガラと開いた。
家屋に接している方向なので、そこから人が出てくること自体は珍しいことではない。
のだが。
「すいませんね、お待たせしちゃって」
奥から気さくにそう言いながら出てきたのは、みたこともないお兄さんだった。
息子さんと同年代……おそらくは20代前半くらいなのだろうが、一度として見かけたことのない人だ。
あれ?とは思ったが、引換券を渡すと、はいはい、と言って、てきぱき探してくれる。
そして、たくさん並んだ中から、ひょいとお父さんのスーツを取り出した。
手慣れた様子だったので、Eくんは再び「おや」と思った。
あれ?
分かってんのかな?
知らない人だけど、今まで会ったことがないだけで、バイトの人かなんかなのかな……
今思えば、バイトを雇えるような経営状態では間違いなくなかったのだが、子どもながらにそう思って納得したそうだ。
スーツを受け取る。
そのとき、何気なくそのお兄さんに、Eくんは尋ねてみた。
「このベル、なくなってますけど」
するとお兄さんはカウンターを一瞥して、あっさりとこう言った。
「ああ、もういらなくなったんですよ」
……いらなくなったんですよって、変なこというなあ……
お兄さんは怪訝な表情を浮かべたEくんの様子を気にかけることもなく、話を続ける。
「鳴らしても聞く者がいないんで」
どういうこと?
変なこと言う人だな……
そうは思うが、今の自分に課せられた使命はお使いを完了することだ。
とりあえず帰ろうかな、と振り返ったところ。
入口の引き戸の向こう。
自分が閉めた、その引き戸の向こうに。
女の人が立っていた。
Eくんはビクッとして立ち止まる。
そして、混乱してその場に硬直してしまった。
なんでこの人は、店に入ってこないの??
その女も、団地の中で見かけたことのない人だった。
その人は紙袋を持っていたのだが、混乱したEくんが動けないでいると、そこからガムテープを取り出して、
ビーッビ!
引き戸に、勝手にガムテープを貼り始めた。
え、え?
もし養生のためにガムテープを貼るなら、バッテン印とか米印とか、そういう形に貼るはずだ。
Eくんとしてはそこまでの知識はなかったものの、女の行動は異様なものに見えた。
というのも、明らかに女は、適当にテープをちぎって、貼り付けていたからだ。
長さにも場所にも形にも、一切の統一性がない。
ええ??
Eくんの混乱に拍車をかけたのは、バイトらしきお兄さんの態度だ。
普通、急に知らない人がこんなことを始めたら、店の人が止めるだろう。
知っている人なら、何らかの声をかけるはずだ。
しかし、お兄さんは一切何かを言うそぶりも見せず、黙っている。
あまりにも女の人が突飛な行動をしすぎていたため、Eくんもそちらに気を取られていたのだが、流石にお兄さんの様子が気になって、視線を送る。
このお兄ちゃん、止めないな??
そう思っていたのだが。
お兄さんは腕を組んで、じっと入り口を見つめている。
何で見てるの??
意味がある行動なのかな??
そう思ってあらためて女の様子を見るが、やはりガムテープの貼り方には統一性がない。
文字にもなっていないし、相変わらず養生にもならないような貼り方である。
Eくんは女の方を見ながらお兄さんに話しかける。
「えっと、あの……いいんですか?」
「うん」
「えー、いやいや……」
どう考えても、おかしいじゃないか。
ガムテープを貼り続ける女の様子には鬼気迫るものがあり、その行動を中断させるような行動をとることはできなかった。
つまり、帰れない状況に陥ってしまったのだ。
女の奇行がいつ終わるかもわからない。
これは、お兄さんに言ってもらうしかない。
そう思ったEくんは、相変わらず女の方を見続けながらお兄さんに声をかけた。
「あのー、これ変ですよ」
視線は女から外せなかった。
店に入ってきたら、怖い。
そう思っていたからだ。
お兄さんから返事はない。
だからもう一度、Eくんはお兄さんに向かって声をかけた。
「これ、変だって」
その瞬間。
ビーッビ!
同じ音が、後ろからした。
えっと思ったEくんが後ろを見ると、お兄さんが自分の入ってきた裏口にガムテープを貼っている。
お兄さんの貼り方にも、統一性がない。
適当に貼り付けているような、メチャクチャな貼り方だった。
「え、え、え??」
お兄さんは、ガムテープを貼りながら、Eくんに向かって声をかけてくる。
あたかも作業中に教えている……というような、何気ない感じの話し方だった。
「ぼくはまだ小さいからわからないだろうけど、本当に変なことは起こってからしばらくたって気づくものなんだよ。だからこれは、変なことじゃないんだ」
「ええ?!」
すると、ドアの開く音はしなかったのに、入り口の内側からガムテープの音が聞こえてきた。
ビーッビ!
ええ?!!
女が入ってきたのであれば、引き戸の開閉音がする。
引き戸には、鈴もついているので聞き逃しようがない。
おかしい!!
そう思って振り返ったところで。
Eくんの記憶は途切れる。
次に気が付いたとき、Eくんはパジャマに着替えさせられていて、家の一階に敷かれた布団の上に寝ていた。
家族全員が集まって、心配そうにEくんの顔を覗き込んでいる。
医者もいるようだ。
Eくんは、びしょびしょに汗をかいていて、パジャマも濡れていた。
「ああ、目を覚ました。大丈夫だ」
医者の一言に、家族がホッとした様子を見せる。
「よかったよかった」
そんなふうに言っていると、そこに警察がやってきて、お父さんに声をかけた。
お父さんは警官と共に部屋を出て行く。
「え、なに?!」
状況が飲み込めないEくんは周りの家族に声をかける。
何が起こったのか、全然わからない。
ただ、熱を出していたことだけは間違いない。
体も怠かったし、どことなく熱に浮かされているような状況が続いていたからだ。
「起き上がっちゃだめだから!」
お母さんが起き上がろうとするEくんを制止する。
「どうなったの?僕、全然記憶ないんだけど……クリーニング屋さんに行って……」
「もうその話はするな!!」
部屋の外からお父さんが大きな声を張り上げる。
びっくりしたEくんは、言葉を失ってしまった。
「……え」
「もうやめておきなさい」
今度は優しい口調でそう諭してくる。
お父さんは再び警官と何かを話しはじめた。
……なにこれ、こわい。
家族だけでなく、知らない大人たちも家を出入りしていて、ピリピリした雰囲気も漂っていたため、結局その日は何も聞けなかったし、それ以降も親が話を露骨に嫌がったため、今もってその時何があったのかEくんは知らないままだ。
2、3日後。
熱が下がったEくんは、クリーニング店に行ってみたのだという。
誰も説明してくれなかったので、何があったのかを自分の目で確かめたかったのだ。
Eくんは愕然とした。
クリーニング店のあった小屋は、青いビニールシートで周囲を覆われていて、外観を一切見ることはできなくなっていた。
しかも、その覆い方が奇妙だった。
ビニールシートで建物がきちんと覆われていたわけではなく、慌てて適当に覆った……という感じだったのだ。
それからしばらくして、Eくん一家は引っ越した。
そんなに大した距離ではなく、同じ学区内での引っ越しだった。
引っ越す理由もなかったのだが、その団地からとにかく引っ越したいだけと言わんばかりのあわただしさが印象に残っている。
後々、友人たちに、あのクリーニング店で何が起こったのか聞いてみたが、詳細を知るものは誰もいなかった。
ただ、緊急車両が集まっていたことだけは皆よく覚えていた。
その家の家族がどうなったかについても子どもたちは知らなかったが、少なくともEくんが見かけた男女について知っている人は誰もいなかったそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第28夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第28夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/644100599
(24:53〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。