ひっぱられる道【禍話リライト】

ガラケーの時代の話だというから、今からおよそ20年ほど前の話である。
Iさんは、当時、たぬきが好きだったのだという。
しかし、リアルなたぬきが好きだったわけではなく、デフォルメされたキャラクターとしてのたぬきが好きだったのだ。
形状を聞いてみると、今でいうゆるキャラのようなもので、Iさんは携帯のストラップにそのマスコットをつけていたそうだ。

大学時代のこと。
アパートまでの帰り道は、歩道もあり片側二車線もある広い道なのだが、夜になると街灯も少なく、人通りも車通りもかなり減ってしまう。
うら若き乙女にとっては、少々怖い道であったのだ。
だからIさんは、防犯のため、その道を通る時は友人と電話をしながら帰ることにしていたのだという。

無論、毎度のことなので特に重要な話をするわけではない。
言ってみればどうでもいい電話なのだが、友人も事情をわかっているので、毎日飽きもせず付き合ってくれていた。

その日も、いつもの通り友人に電話をかけながら、その道を帰っていた。
今日もあんなことがあった、こんなことがあったと話しながら、スタスタと歩を進める。
その道の、中ほどあたりまで来た、その時だった。

Iさんの手から、携帯が急に落ちた。

手が滑ったわけではなく、ストラップが引っ張られたような感じがあった。

あれ?
落ちた?

驚いたIさんは、地面に落ちた携帯を拾い上げて、友人に声をかける。

「ごめんごめん!」

慌ててそう声をかけるも、通話は切れていた。

再度友人に架電するが、出ない。

おかしいな、とは思ったが、元々好意で電話に付き合ってくれているだけの友人に、何度も電話をかけるのも失礼だろうと、その日はそのまま家に帰ったそうだ。

翌日。
朝イチにその友人から携帯に電話がかかってきた。

「あ、おはよう」
「昨日大丈夫だった?」

挨拶もそこそこに友人は尋ねてきた。

「落ち込んでたんじゃないの?ゼミがどうこうって言ってたし……それともお酒でも入ってた?」
「え、何が?」

話がつかめず、説明を求めると、友人はこんなことを話してくれた。

ちょうどストラップが引っ張られたように感じたタイミングのことだった。
何か変な音がして、一瞬無音状態になった。
そのあとに、ほとんど間をおかず、Iさんが「ごめんごめん」と言い出した、というのだ。
そんなはずはない。
携帯は、やや後方に引っ張られるように落ちたので、驚きで固まっていた時間も含めれば、拾うまでに7、8秒は要しているはずだ。
ところが、友人は声が途切れたのはほんの一瞬で、そのあとはIさんがずっと喋っていたというのだ。

「あんたずっと喋ってたよ?」
「喋ってないよ。何喋ってた?私」
「うーん……“ごめんごめん“って言ったあと、すごくテンションが高くなってね……

『ここで女が轢き殺されてる』『女が轢き殺されてる』

そう連呼し始めたから、ゾッとして電話を切っちゃった。あれ、あんたの声だったよ。急にテンションが上がったのが怖くって、そのあと電話があったけど出なかったんだ」
「ええ……私、落としたあとみたら電話切れてたよ」
「何それ?気持ちわる!!」


その後、実際に友人と二人で現場検証に向かったそうだ。

「……この辺で落としたんだよね」
「ここ、別に何もないよね?」
「ないね」
「道路沿いではあるけど、轢き殺されはしないよねえ」
「うん、こんなところ渡るやついないだろうし」
「もう少し行けば横断歩道あるしね」
「気持ち悪いなぁ」

当時はネットもそこまで十分普及はしていなかった。
したがってこれ以上調べようがなく、気にはなるものの、この件についてはこれ以上掘り下げることはなかったそうだ。


しばらく年月が経って、Iさんは大学を卒業した。
入れ替わりに妹が同じ大学に通うようになったのだが、夏休みに帰省した妹からこんな話を聞いたのだという。

「お姉ちゃんの住んでた家のあたりで、友達が変な体験しちゃってさぁ」
「え?」
「その子女の子なんだけど、バカな子で鍵をよく落とすんだよね」
「ああ、いるよね、そういう子。合鍵いっぱい作っても合鍵をボロボロ落とす、みたいな」
「そうそう。その子そういう性格だから、スマホを落としちゃったんだけどさ……」

例の道を、その子が別の友人と歩いているときに、当時まだ普及したてだったスマホが道に落ちたのだという。
画面には派手にヒビが入ってしまったのだそうだ。

「うわ、何これ?ひび割れちゃってるよ?!」

暗い道だったので、その場ではしっかり確認せず、家に帰ってからどうなったかみてみよう、ということになり、その子と友人は2人で家へと向かう。

「あんたバカだねえ」
「おかしいなぁ。今はちゃんとカバンに入れてたよ。誰かがカバンに手を突っ込まない限り、落ちないはずなんだけどなぁ」

そんなことを話しつつ家に帰り、スマホを確認すると、あることに気づいた。

「あれ?写真撮ってる」
「いつ?」
「えーっと……落とした時くらいだ。ええ?撮ってないよ、私」
「偶然衝撃で撮っちゃったのかもしれないよ」

写真を確認する。
それは、上から歩道の地面を撮影したものだった。
その時点で、おや、と思う。

もし落ちた時に偶然撮影された、というのであれば、地面がものすごいアップになっているか、あるいは写真自体がブレブレか、あるいはその両方かだろう。

にもかかわらずそれは、どうみても人間が立ったくらいの高さから、ライトを焚いて撮ったような、ちゃんとした写真だったのだ。

そこには、コンクリートの歩道が写っている。

しかし、それだけではなかった。

画像の下の方に、何かが。

人だ。

地面に“気をつけ“のポーズをして、仰向けになっている若い女だった。

顔はよくわからない。

冗談で、わざとカメラから目線を逸らして、含み笑いをしているような表情が窺える。
もちろん、2人とも見たこともない女だった。

「うわ、これ何?!」
「気持ちわる!!」

結局翌日、せっかく買った新しいスマホを泣く泣く解約したそうだ。



「……そういう怖いことがあってね、その子悔しいから徹底的に調べてみたんだって。地域の警察の資料とか、新聞とか使ってね」

妹はそう言う。

その結果、昭和の後半のある時期に、酔っていたのか、それとも別の理由かはわからないが、女がそこでトラックに轢かれていることがわかったそうだ。

事故現場は、妹の友達がスマホを落とした場所であり、そして、Iさんのガラケーが落ちた場所だった。

——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第26夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第26夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/641529209
(8:54〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?