怪我人トイレ【禍話リライト】
学校のトイレにまつわる話だ。
今では社会人のNくんが中学校2年生の時、クラスに胃腸の弱い同級生がいた。
授業中でもおなかが痛くなって、頻繁にトイレに行く。
生まれつきの病気らしく、最初こそからかうような奴はいたものの、あるときクラスのムードメーカー的なヤンキーがぴしゃりとからかう奴らを叱ったため、誰もいじらなくなったそうだ。
「お前らだめだぞ。自分じゃどうしようもないことで苦しんでいる奴をバカにするのは良くない」
普段ふざけ切った男にそんな正論を言われると、胸に響くものがあるようで、皆、そうだよな悪いよな……と納得し、それ以降は自然とクラスのなかに見守るようなムードが醸成されたそうだ。
その2年生の時期ももう終わりに向かいつつあった、ある冬の日のことだった。
いつものように、その同級生が授業中に手を挙げた。
薬は飲んでいるのだが、その日は外気温の影響か、はたまた体調の問題か、普段と比較しても回数が多かったそうである。
その時は、国語の授業の最中だった。
先生は彼が手を上げるのを確認すると、こう言った。
「ああ、行ってこい」
先生も生徒も、皆これには慣れている。
Nくんも、あいつも大変だよなあ……と内心思っていたそうだ。
ところが、その日に限って、彼がいつもより早く教室に戻ってくる。
あれ、今日はそうでもなかったのかな……と思っていると、どうも様子がおかしい。
「先生、ちょっといいですか」
戻ってきた彼が先生に話しかけた。
先生も授業を止める。
「どうしたんだ?」
国語を担当していたのは、O先生という男の先生だった。
きっちりした先生で、生徒からも信頼されていたという。
O先生の問いかけに、彼が答える。
「あの、今この時間って、トイレに行ってるの俺くらいですよね?」
「ん?……ああ、授業中だし多分そうだと思うぞ」
「ですよね……あの、僕、トイレに行ったんですよ。普段なら、授業中だから人がいることはほとんどないんですが、今日に限って個室がふさがってて、しかたないから外で待ってたんですが、個室の中にいる奴が、なんか苦しんでいるような声が聞こえてきたんですよ。多分、怪我をしているんじゃないかなって思ったんです。おなかが痛いとかとは違う痛がり方で。それで僕、『大丈夫?』って声をかけたんですよ、でも中の人は、簡単に済む感じじゃないというか、切迫しているというか、かなりの怪我をしてるんじゃないかという感じの声で、『いてててて……』って言うだけで返事をしてくれないんです。だから僕も、もう少し声を張り上げて、『ほんとに大丈夫?どこのクラス?先生呼んでこようか?』って聞いてみました。そうしたらようやくその人が答えてくれたんですが……『ヒロちゃん呼んできて、ヒロちゃん』っていうんですよ。でも、僕、そんなふうに呼ばれている人が全然思い当たらなくて。『誰それ?どういう状況かわかんないけど、とりあえず先生呼んでくるから』ってトイレを出たんです。でもその人、僕の背中に向かって、『いや、ヒロちゃん呼んできて、ヒロちゃん』って言ってきたんです。そんなこと言われても、自分の記憶の引き出しに”ヒロちゃん”なんて人はいないですし……先生、行ってきてもらえませんか?」
うん、うんと頷きながら話を聞いていたO先生は、「わかった、行ってくるから」と言って、教室を出ていったそうだ。
先生が出て行ったあと、教室はざわざわし始めた。
Nくんも彼に尋ねたという。
「だけどさあ、お前以外に今トイレに行ってる奴なんているのかなぁ?」
「そうなんだけどね、今までこんなことなかったんだけど」
そんな話をクラスの皆でしばらくしていたのだが、一向に先生が戻ってこない。
「……あれ、O先生帰ってこないな」
「でも待ってろって言われたからなぁ」
あまりざわざわしていても叱られるので、皆お喋りをやめて静かに座っていたという。
と、その時だ。
その学校の教室は廊下側にも曇りガラスの窓があるのだが、廊下側の一番後ろに座っている生徒が、「あれ?ん?」と何かを訝しむような声を出し、カラカラと窓を開けた。
続けて、驚いたような声を出す。
「どうしたんですか?!」
その声に驚き、皆が一斉に振り向くと、廊下から声が聞こえてきた。
「ちょっと悪いけどな、この時間自習しといてくんないか?俺はまたトイレ行ってみるから」
O先生の声だった。
そのまま先生はトイレに戻ったらしい。
廊下をトイレに向かって歩いていく音がわずかに聞こえてきた。
今の先生だったよな?
やっぱり、めんどくさいことになってるんじゃないかな……
そうは思ったが、先生の自習しておけという声は聞こえたので、皆、机に向き直ったそうだ。
ところが。
「おい、寒いから閉めてくれよ」
誰かがその廊下側の一番後ろの席に座っている同級生に声をかけた。
その声につられてNくんが再び振り返ると、彼は、窓も閉めずにただ茫然とそこに立ち尽くしている。
……どうしたんだ?
「だからほら、窓閉めて……おい、どうした?」
前の席に座っていた男子生徒が立ち上がって、戸惑った声を上げる。
窓を開けた同級生は、小刻みに震えていたのだ。
「おい、ちょっと、どうした?!」
周囲の問いかけにも彼は答えず、静かに泣いていた。
「うううう……」
「おい、どうしたんだよ?!」
彼は人前で泣くようなタイプではない。
普段は昼休みに外でサッカーをしているような、活発で明るい男子なのだ。
前の席の男子生徒が窓を閉めると、周りの生徒たちが一斉に彼に問いかける。
「どうしたどうした?!」
すると彼は、ゆっくりとその問いかけに答えた。
「みんなは曇りガラスだから見えなかったと思うけど……今さあ……今さあ……」
なかなか言葉が出てこないようだった。
「O先生が来たんだろ?」
「……でもおかしくて……人の気配があったから開けたら窓の向こうにO先生がいたんだけど……」
「自習しろって言ってたろ?」
「いや……それはいいんだけど……先生が長袖を肘にまでまくってたんだ。でさ……その……まくってる部分までさ……血だらけだったんだ」
「え?」
「両手の袖を肘までまくってさ……両手とも……」
「それ、どう考えてもやばいじゃん!?騒ぐべきじゃん!!」
「……なのに、先生、普通の感じで、俺にトイレで問題起きてるから自習してくれって……俺これ、誰かに言おうと思ったけど……言えなかったから。あれが見えてたの俺だけだから、他の人にも言えずにどうしようって……で、パニクって……こうなっちゃったんだ」
「いやいや、それ早く言わないと!!」
「先生もパニクっておかしくなってるのかも……」
すると、ムードメーカー的なヤンキーが、「待ってろお前ら」と言って、クラスを飛び出て、隣のクラスの先生を呼びに行った。
好奇心半分で、Nくんも後を追う。
ヤンキーの彼は、隣のクラスの数学の先生に手短に事情を話していた。
「トイレで緊急事態が起きてるみたいで、O先生が!!」
数学の先生と三人でトイレに向かう。
ところが。
トイレには、誰もいなかった。
「……あれ?」
誰もいないだけでなく、個室のなかにも、ほかの場所にも、血の跡はない。
「……何にもないぞ?」
「え?!」
しかし、O先生がいないのは間違いない。
どこに行ったんだ?と職員室にまで探しに行くが、職員室にも戻っていない。
するとそこに数学の先生がやってきて、「おいおい、O先生の車ないぞ!」と叫ぶように言った。
ええ?!
あとで聞いたところによると、その時たまたま職員室のベランダにいた先生が、O先生の姿を見ていたのだという。
O先生は室内履きのスリッパで車に乗ると、そのまま外に走って行ってしまった。
それっきり、O先生は行方不明になった。
結局、警察が探してもO先生の足取りはつかめず、国語の担当は別の先生に変わったそうだ。
そして。
卒業して何年もたって、同窓会でNくんは新しい事実を知ったという。
酔っぱらった副担任が、「もういいかな……」という前置きで話してくれたのだ。
O先生の下の名前は、”ヒロシ”など、”ヒロちゃん”と呼ばれるような名前ではない。
ところが、O先生が小学生の時に、とある番組のキャラクターに似ているということで、”ヒロちゃん”というあだ名がついたそうだ。
「それで、O先生の卒業した小学校には、不幸な出来事があって卒業できなかった子がいるらしくてな……そのこととO先生の失踪に関係があるのかは、わからないけどな」
副担任はそう言ってから、話過ぎたと思ったのか、「このことは他のやつには言うなよ」と口止めをしてきたそうだ。
O先生の行方は、いまだにわかっていない。
——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「緊急生放送!恐怖の怪奇、心霊スペシャル」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
緊急生放送!恐怖の怪奇、心霊スペシャル
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/646195581
(4:28〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。