こんな晩の子【禍話リライト】
大学生のKくんは、夏休みの間、1ヶ月だけ短期のアルバイトで、とある会社の事務仕事を手伝っていたのだという。
家が近かったこともあり、少々なら残業しても大丈夫ですと面接の時に言ったのだが、社員からは「いや、うちは残業誰もしないから」と言われた。
実際に働き始めると、なるほど確かに社員も含め、全員が終業から10分も経たないうちに帰っていく。
ちゃんとしてる会社なんだな、ホワイト企業だ、などと呑気に考えていたのだが。
バイトの最終日。
終業時に、ありがとうございました、とKくんが社員たちに挨拶して回ると、短期バイトだったにも関わらず餞別の品まで用意されていて、かなり大々的に見送られたそうだ。
いい人たちだったなぁ、と家に帰っている途中のこと。
ふと、忘れ物をしたことに気づいた。
すぐに必要なものというわけでもなかったので、普通だったら翌日にでも取りに行けばいいようなものだが、あれだけ大々的に見送られた後で、ひょっこり翌日に顔を出すのも気まずい。
だから、Kくんは会社まで戻ってみたそうだ。
当然社員は全員帰宅してしまっているので、ビルの警備員に事情を説明しようと警備員室のドアをノックすると、出てきた顔見知りの警備員が、「え?戻ってきたの?え〜……」と見るからに嫌そうな反応をする。
面倒なのかな、と思いつつ事情を説明すると、「じゃあ、取りに行こうか」と警備員室から鍵を持って出てきた。
会社のあるフロアは四階だ。
にも関わらず警備員は、まだ電気がついていて稼働すると思しきエレベーターを無視して階段で上に登り始める。
なんでエレベーター使わないんだろう?
疑問に思いつつも、仕方ないので黙ってついていく。
警備員にドアを開けてもらい、忘れ物をとって戻ってきたときに、Kくんは尿意を覚えた。
「あ、すんません、トイレ寄って帰ります」
警備員はオフィスの施錠をすると、「じゃあ階段で帰ってね」と言って、自身も階段でスタスタと下に降りていってしまった。
妙にせかせかした感じが気になりつつも、トイレで用を足しながらぼんやりと“エレベーター使えるよね?“などと考えていると、エレベーターが動くのかどうかがやたらと気になり始めた。
トイレを出て確認してみると、間違いなくエレベーターに電気はついている。
試しにボタンを押してみると、エレベーターが動き始めた。
あ、動く。
エレベーターは四階で止まり、ドアが開く。
じゃあせっかくだからこれで帰ろう……と、エレベーターに乗りこむ。
そして、無意識のうちに、六階のボタンを押してしまったというのだ。
下に向かって動き出すはずが、上に向かってエレベーターが動き出したので、そこで自分が六階を押してしまったことに気づく。
あれ?なんで押しちゃったんだろ?
そうは思うが動き出してしまったものは仕方がない。
エレベーターは六階に向かって上がっていく。
なんで今六階押しちゃったんだろ。
まあいい、仕方ないか……
そう思っているうちにエレベーターはすぐに六階に到着し、ドアが開いた。
フロアは真っ暗である。
しかし。
真っ暗な廊下に、誰かがいた。
え?誰かいるのか?
Kくんは「開」のボタンを押しながら、人影に向かって「乗ります?」と声をかけようとして、言葉を飲み込んだ。
その人影が、やけに小さいことに気づいたのだ。
おそらくは小学校一年生くらいの大きさか。
髪の長さから、女の子だと思われた。
「……どうしたの?」
そう声をかけながら、一歩フロアに足を踏み出す。
すると、女の子の傍から、滲み出るように人が現れた。
女の人だった。
思わずその場で硬直してしまう。
どうやら二人は、親子ではなさそうな雰囲気を漂わせている。
女の人は女の子に耳打ちをしていた。
小さい声だったが、「言えるかな?」と女の子に言っているのが漏れ聞こえてきた。
Kくんは思わず一歩後ずさった。
すると、小さい女の子が「いいます、いいます」と女の人に向かって言い始めた。
「ちゃんと言えるかな?」
女の人は試すような、見守るような、若干笑いを含んだ口調で女の子に念を押すようにそう尋ねた。
……何を言うんだろう?
目の前の光景の異様さはさておき、その時のKくんは好奇心が勝ったのだという。
その瞬間だった。
女の子が、明らかにKくんに向かってこう言い始めた。
「5年前の、今日」
うわ、聞きたくない!!
全身総毛立つような恐怖に襲われたKくんは、そのまま階段を駆け降りて行った。
最後に一階の階段のドアを開けると、何かを察していたようで、警備員がKくんを待っていた。
「ダメだよ、エレベーター使っちゃ」
呆れたような口調でそう言う。
「え、あの、六階……」
「六階ダメだよ」
「なんかごめんなさい……小さい子がいて」
「まあ、ね」
警備員の口がやけに重い。
Kくんは思い切って尋ねてみた。
「なんかあったんすか?5年前の今日とか言っていたから」
すると警備員は首を横に振る。
「いや、特に今日何かあったわけではないと思うんだけどね。ずっと同じこと言ってるから」
……それから半年ほど。
Kくんはエレベーターに乗るたびに、無意識に六階のボタンを押してしまうようになった。
無論そこの会社のあるビルではない。
別のビルである。
六階よりも低いビルなら、最上階を押してしまう。
下に行こうとしても、必ず上の階に行くボタンを最初に押してしまうので、流石に自分がおかしくなったのではないかと思ったKくんは、病院にもかかるようになった。
しかしそこまでしても脳には何の異状も見つからず、無意識に六階を押してしまうという奇妙な状況は続いた。
ところが、半年ほどして、大学卒業とともに、その地域から引っ越したところ、この奇妙な癖は全くぴたりと止んだのだそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第11夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第11夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659636896
(11:50頃〜)
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