(忌魅恐)元カノがあきらめてくれない話【禍話リライト】

私はサバイバルゲームが趣味なのですが、少し離れた場所に手頃ないいところがあると聞いて、下見に行ったんです。
かなり山の中にある廃墟で、もちろん当時の私たちは許可を取ることなどしていませんでした。
今だとBB弾でも自然に還る素材のもので作られていますが、当時はそんなものもありませんでしたので、そうしたことも含めて、勝手に廃墟やら空き地に入り込んでサバイバルゲームをする連中のことが問題視され始めていました。
そういうわけで、街中に近い、馴染みのところではどんどんとサバイバルゲームができなくなってしまっていたので、新しくゲームができる場所を私たちは探し求めていたのでした。

そこは、ラブホテルの廃墟でした。
そういう部屋数の多い建物の廃墟は作りからして隠れる場所が多くて、ゲームをするとめっぽう面白いんです。
ただ、ガラスが散乱していたり、床に穴が空いていたりなど、危険も多分にありましたので、実際にゲームをする前にその廃墟に下見に行こうということになったのです。

前日、私は仕事だったのですが、残業もなく定時に家に帰ることができました。
しかし、お恥ずかしい話ではありますが、下見だけだというのにワクワクしすぎてしまい、興奮してその夜は眠れませんでした。
当時は仕事ばかりで余暇がほとんどない生活でしたので、サバイバルゲームは私の生活の唯一の潤いだったのです。
昼に仲間たちと待ち合わせてその場所に向かいましたが、仲間たちにさんざん揶揄われたことをよく覚えています。

「お前、なんか疲れてるな?」
「笑われると思うけど、ワクワクして寝られなかったんだよね」
「おいおい、子供じゃないんだから」
「ちょっと遠いとこだよ。寝てないんだったら車の中で寝ときな、1時間くらいかかるから」

そう言われたので、「じゃあ悪いけど……」と言って、私は、後部座席でうつらうつら、船を漕ぎ始めたのです。

変な夢を見ました。

夢の中で、私はお姉さんとお風呂に入っています。
私にお姉さんはいません。
しかし、小さい子供のころの姿に戻った私は、自分が「お姉さん」だと認識している誰かと、どこかのホテルか何かのお風呂に入っているのです。
私は洗い場で体を洗っていて、お姉さんは浴槽でお湯に浸かっている……そんなシチュエーションでした。
髪の長い、綺麗なお姉さんです。
彼女は、目を閉じてうっとりしていて、気持ちよさそうなのが伝わってきます。
私は体を洗いつつその様子を横目でチラチラと見ながら、つくづくお姉ちゃんの髪の毛は綺麗な黒髪だな、などと思っていました。
そのうちに体を洗い終わり、じゃあ自分も湯船に入ろうかな……と思ったところで、妙なことに気づきます。
お姉さんの髪が、先ほどよりも伸びているのです。
今やお姉さんの髪の毛は、湯船の底の方まで垂れ下がっています。

「お姉ちゃん、髪、伸びてるよ」

そう声をかけるのですが、お姉さんはずっとうっとりした表情で目を瞑ったまま、言葉を発しません。
風呂の中には入浴剤でも入っているのか、よく見えないのですが、底の方まで髪の毛が垂れていることはわかります。

「ねえ、お姉ちゃん、髪伸びてるって」

そう言いながら髪の毛を見ると、先端が今にも排水口に吸い込まれようとしています。

「ねえ、髪の毛汚くなっちゃうよ」

そうやって声をかけますが、相変わらず反応はありません。
仕方がないので自分が髪の毛を引き上げようと、髪の毛を掴んだその瞬間でした。

「触っちゃダメって言ったでしょう?」

穏やかではありますが、はっきりとした毅然とした口調で、お姉さんがそう言いました。
私は反射的に大声で謝りました。

「ごめんなさーい!!」


……そこで私は、目を覚ましたのです。
同乗していた仲間が、驚いたような表情で私の顔をじっと見つめています。

「なんだお前?ごめんなさいって急に」

助手席に座っている仲間と運転手に同時にそう言われ、混乱していた私はようやく我に返りました。

「え?ん?あ、ごめん。あれ?変な夢見ててさ」
「夢かよ。急にごめんなさいって、何かと思ったわ」
「疲れてんじゃないの?仕事で」
「そうなのかなぁ」

結局2人には、自分が見た夢の話はしませんでした。


しばらく走ると、車は目的の廃ホテルに到着しました。
廃墟のラブホテルと聞いていましたが、想像していたよりもはるかに巨大です。

「すごい広いな」

そう感想を漏らすと、この場所の情報を仕入れてきた仲間が得意げに応えます。

「広いだろ?バブルの時に作られたそうなんだが、辺鄙なとこだから立ち行かなくなって潰れたらしいよ」
「へえ……そうなんだ」
「ま、中に入ってどんな部屋か見ておこうや」

そういうわけで、私たちはホテルに入りました。
廃業してからまだそこまで間がないせいか、侵入者により多少荒らされてこそいるものの、比較的綺麗な状態を保っています。
ただ一点、私にはどうしても気になることがありました。

各部屋に備え付けられている風呂の作りが、夢で見たものと完全に同じだったのです。
あれ、と思いました。
ラブホテルとしては珍しい作りのお風呂でもありませんでしたので、以前似たようなものを目にしていただけなのだろうと思いましたが、それにしてもあまりの偶然に、良い気分はしません。
私が微妙な表情をしていることに気づいたのでしょう。
仲間の1人が声をかけてきます。

「どうしたんだ?変な顔して」
「や、ごめん。なんでもない」

とりあえずそう答えます。
見間違いか勘違いか記憶違いか、いずれにせよそんなところだろうと思ったのです。
いや、正確に言うなら、思い込みたかったのだろう、と思います。

その後私たちは別の部屋を覗いてみましたが、やはりどう見ても風呂は完全に同じ作りです。

何これ?気持ち悪いなあ……
大体なんなんだ?あの「お姉さん」って……

夢に出てきた「お姉さん」の顔貌を思い出してみましたが、自分の記憶の中に全く一致する人がいません。
芸能人というわけでもなさそうです。
そんなことを考えているうちに、だんだん怖くなってきました。
仲間たちは呑気に廃墟を品評しあっています。

「ああ、でもこれ、あちこちに隠れられるし、床も丈夫そうだしいいねえ」

もうすっかり、ここでサバイバルゲームをするつもりになっているようです。
私としては、正直この段階でかなり乗り気ではなくなっているのですが、「不気味な夢を見たからここは嫌だ」とは言えません。
なんとかしてうまいこと、この場所を諦めるような方向に話を持っていけないかと思案しておりましたが、なかなかそうは良いアイデアも浮かびません。
そんな時でした。

「お、地下にも部屋があるぞ」
「地下の部屋って、ゴージャスなんじゃないの?」

どうやらそのホテルは、地下に少し広めのVIPルームがあるようでした。

「風呂は同じ作りっぽいな」

そう言いながら、仲間の1人が風呂場を覗き込みます。

「うわぁ!!」

覗き込んだ仲間が、驚いたような声を上げました。

「なんだ?変な声出すなよ」

もう1人の仲間が嗜めます。

「不法投棄だ、不法投棄」

不法投棄?

その言葉に興味が湧いて、私は風呂場を覗き込んでみました。

黒いゴミ袋が、浴槽の中にいくつか、乱雑に放り込まれています。
ただのゴミの不法投棄だと言えばそれまでなのですが、それでも私は心からゾッとしました。
変な話で恐縮なのですが、夢の中で見た、お姉さんが浴槽に入っている姿と、同じ感じのように見えたのです。

「……これ、何?」
「ここだけだよな、こんな黒いゴミ袋」
「なんだよこれ?」

仲間は、黒いゴミ袋に触りながら喋り続けます。

「これ新しいな」

そして彼は、ゴミ袋のうちの一つを持ち上げました。

「ずいぶん軽いな」
「へえ、何入ってんのかね?」

そう言いながらゴム袋の結び目を解いて、中を覗き込んだ彼は、再び「うわ!」と声を上げました。

「何?」
「髪の毛入ってるよ」
「髪の毛?」
「切った髪の毛が大量に入ってるよ。これ、全部がそうかはわからないけど……」

そう言いながら彼は手近にあった他のゴミ袋も二つほど開けて、中を確認します。

「うん、これもだ。上に置かれてるのは髪の毛でパンパン。人間の髪の毛だよ、これ」

私は話されている内容がにわかに受け入れ難く、目の前がクラクラして何も喋れません。
仲間2人はそんな私の様子に気づかないようで、お構いなしに喋り続けます。

「髪の毛ってことは、どっかの美容院が不法投棄してんのかね?」
「バカだな。美容院なら捨てられるだろ」
「っていうかさ、まさかこのゴミ袋の中全部髪の毛ってこと?」
「何それ、キモ。でもそうかもな」
「やばくない?上の階の部屋にはなかったから、わざわざ地下のここまで持ってきた奴がいるってことでしょ?それも気持ち悪い話だよ」
「やべえな……ここ、やめとこうか。変な奴が出入りしてるなら」

相変わらず夢のことは話しておりませんが、2人は2人でこの廃墟になんとなく嫌なものを感じているようで、「帰ろう帰ろう」と言い出します。
私は、一も二もなくそれに賛成しました。

地下から一階に上がってきて、再び出口を目指して歩みを進めていた時です。

「途中まで良かったけど、ダメだよね、ここ」
「下見に来といて良かったよ」

などと話していると、前方から誰かがやってくるような足音が聞こえてきました。
同時に、何かをぶつぶつ言っているような声も聞こえてきます。

「誰か来るよ」

小声でそう言うと、私たちは手近な部屋の物陰に隠れました。
声は中年男性のもののようで、どうやら1人で何事かを喋りながら歩いているようです。
だんだんと何を言っているかが、耳に届くようになりました。

「あーあ、ナツミがあんなにしつこいとは思わなかったんだよなぁ」

私たちは小声で話し合います。

「おっさんの声だな」
「なんか言ってるよ?」

「ナツミがあんなしつこいとは思わなかったんだよなあ」

その中年男性の声と同時に、ガサガサという音が聞こえてきます。
ビニール袋の音のように思われました。
そのことに気づくと同時に、私たちは黙って様子を伺うことに集中し始めました。
やってきたのはどうやら私たちのような探訪者ではなく、例の地下にゴミ袋を放り込んでいる不審者その人のようだ、と合点したからです。
男は1人で喋り続けます。

「ああ、なんかなあ。別に金を借りてたわけでもないしさあ、ちゃんと別れたと思ったんだけどなぁ。ナツミがあんなしつこいとは思わなかったなぁ。髪の綺麗な女だったな。ちゃんときっぱり切れたと思ったんだけどなぁ。これからお互い別の人生を歩むって話も、ちゃんとしたのにな」

ビニール袋が擦れる音を立てつつ、男はどんどんこちらに近づいてきます。
やがて、声が部屋の前を通り過ぎました。
私は頭を引っ込めて、見つからないよう身を縮こまらせていました。
もう1人の仲間も、どうやら同様だったようです。
ただ1人、剛毅な奴がいて、彼はその男が通り過ぎて地下に降りていく様子を目で追っていたようでした。
男の声が完全に地下に降りきったと思しきタイミングで、口を開きます。

「おい、音を立てないで逃げるぞ」
「え、どんな奴だったの?」
「長い髪の男だったよ……そいつが、小さい子供用のハサミで髪切りながら歩いてた」
「ええ?!どういうこと?」
「さあ……どういうことかよくわかんないけど、間違いなくやばいわな。普通の精神じゃないことは確かだ。片方裸足だったし、もう片方も裸足に近いボロボロの靴履いててさ……」
「やばいやばい」
「逃げよう、逃げよう?」

小声でそう言い合うと、私たちは、できる限り静かに、しかし早足でホテルの出口に向かいます。
歩きながら、仲間の1人が疑問を口にしました。

「でもさあ、ここ山奥だろ。どうやって来たんだろ?そんな奴がさあ」
「うーん、近くに住んでんじゃないの?」
「世捨て人みたいな生活ってこと?」

ちょうどそのタイミングで、私たちは外に飛び出しました。
そして全員同じタイミングで悲鳴を上げたのです。

自分たちが乗ってきた車の横に、知らない車が停めてあったからです。

「あいつ……車で来たんだ」
「じゃあ気づかれてるじゃん。俺らがいたのわかってるじゃん!」
「やばいな……あいつ、戻ってくるかもしれない。早く帰ろう」

皆が一斉に車に乗り込んで、「行こう、行こう!」と口々に叫びます。

と、その時でした。

運転手が、隣に停まっている車の方をチラリと見て、絶叫しました。

「人乗ってる!!人乗ってる!!」

運転手の視線の先。
隣の車の助手席に、女の人が座っていました。
女性でしたが、坊主に近い、ものすごく髪の短い人でした。
彼女は、こちらを見てにっこり笑っています。

私は彼女の顔を見て、すぐにわかりました。

ああ、夢の中のお姉さんだ。
髪型は違うけど夢の中のお姉さんだ。

しばしうっとりしたのですが、すぐに我に返ります。

なぜ夢の中の登場人物が、短髪になって車の助手席にいるのか。

すると、助手席の女が両手を口の横にもってきました。
まるで山びこをするかのようにして、嬉しそうに笑いながら、こちらに向かって大声で呼びかけてきます。

私たちは車を急発進させると、そのまま逃げていきました。

そんな事件があってからというもの、私たちは正式な会場で、お金を払ってサバイバルゲームをするようになったのです。


【編集部によるメモ】
ご投稿いただいた海野氏のお話には、大いに謎が残った。
編集子は、海野氏に、助手席に乗っていた女は何と言ったのかを尋ねた。
海野氏は女の言葉をはっきり覚えていたが、あまりそれを口に出したくないのだと躊躇われたあと、編集子にそっと教えてくださった。
女は心の底から嬉しそうな様子で、

「あの人ね、記憶がぐちゃぐちゃになってるの」

と言っていたそうだ。
その女が生きているのか死んでいるのかは、定かではない。
少なくとも営業中のラブホテル時代には、女性が殺されるような事件はなかったし、廃墟となった後も少なくとも判明している事件はない。
しかし、海野氏は、その女性が此岸の存在ではないことを確信していらっしゃるようだった。

そのラブホテル廃墟は、現在すでに取り壊されており、もうこの世には存在しない。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第6夜×忌魅恐」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

禍話X 第6夜×忌魅恐
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/653652669
(1:37:00頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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