黒板の警告【禍話リライト】
こっくりさんが流行っていたころの話だという。
Hさんの学校では、こっくりさんのことを「エンジェル様」と呼んでいた。
とはいえ、呼び方が違うだけでやっていることは同じである。
いずれにせよ「エンジェル様」はその中学校で流行っていたのだが、大きな問題が起こることもなかったので、先生方もほどほどにしておきなさいよ、くらいの対応で、目くじらを立てて怒ってくることはなかったのだった。
そんなある日のこと。
Hさんが登校すると、クラスが何やらざわついている。
何だろうと思って皆の視線の方向をみると、黒板にチョークで次のような文言が書かれていた。
「あしたからエンジェルさまはしないようにしてください」
かなり綺麗な字で書かれているため、慣れている人が書いたのだろうとパッと見た瞬間にHさんは思ったという。
「誰だ?こんなこと書いたの……」
少なくとも、到底生徒が書いたとは思われないような文字、内容だったため、先生が書いたのかな、などと言い合っていたのだが。
先生は教室にやってきて、黒板を見るなりこう言ったのだ。
「何だこれは?!」
「え……書いてあったんです」
「ふうん……俺の字じゃねえなあ」
そう言って首を捻る。
「それにしてもきれいな字だなあ」
先生はその字を見て感心していた。
確かに、背後に見えないマス目でもあるのか、というくらい整った字だった。
その後、皆で黒板消しを使ってその文字を消すことになったのだが、筆圧が強すぎるのか、なかなか消えない。
「まあ、でもいいこというよ。馬鹿なことするなってことだよな」
先生はこの一連の奇妙な騒動を、そう締め括ったのだった。
こんなことを言われたから、というわけではないかもしれないが、ちょうど良い契機になったのは確かだろう。
それから「エンジェル様」をする生徒はいなくなった。
しかし、クラスの一部の女子は諦めきれないようで、「エンジェル様」をやめて「星の王子様」をやってみようか、といい出したのだという。
Hさんも、「星の王子様」に誘われた。
「あれもおなじようなやり方らしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「やってみない?」
「面白そうだね」
「じゃあ、週末にやろう」
そんな約束をした、二日後のことだった。
その日もHさんが登校すると、クラスがやけにざわついていた。
まさか、と黒板を見ると、きれいな字でこう書かれていた。
「ほしのおうじさまにかえたところでやってくるおんなはおなじおんななのでやめてください」
「やってくる女は同じ女?」
書かれている文言の薄気味悪さに、皆一様に固い表情をしている。
単にやめろと言われるだけでなく、「女がやってくる」と言われているのだ。
「気持ち悪いね……」
クラスの女子たちの一部が「星の王子様」をしようとしていることは、他の面々は預かり知らないことだった。
誘われたごく一部の子たちが漏らしたとも考えにくいし、この文字を書いた本人だとは尚更考えにくい。
やってきた先生も、「何だこれ?怖いな……」と言って絶句してしまう。
しかし、直後に気を取り直したように、「女って、どんな女だって話だよなぁ!」などと冗談めかして言っていたのだが、むしろそれで生徒全員が怯えてしまったそうだ。
その文字は黒板消しでは消えなかったので、雑巾で消した。
その日、Hさんたちは5人ほどで放課後教室に残って、テスト勉強をしていた。
真面目に勉強をしていたが、当然朝の黒板の文字のことが話題にもなる。
「ちょっと怖かったよね」
「今日のあれ、いたずらにしてはおかしいよね」
「そもそも字が綺麗すぎて、それも怖くない?」
「でも先生のリアクションみると、先生がやらせでやってるわけじゃなさそう……」
「えー?!生徒には無理じゃない??」
そんなことを話していたそうだ。
その後も、別の話題などで話しながら勉強をしていると、メンバーの一人が「うわ!」と驚いた声を上げた。
「なになに?」
「どうしたの??」
彼女の視線の先を追う。
教室の廊下側の窓の向こう。
廊下に誰かが立っている。
廊下はすでに陽が落ちているため真っ暗になっていて、照明もついていない。
その真っ暗な中に、ぽつんと女が立っているのである。
廊下側の窓はいつの間にか開いていて、そこから自分たちを見ているようだ。
え?
気の強い子が、「だ、誰ですか?!」と言いながら近づいていく。
見たことのない大人の女性だった。
彼女は微動だにせず、じーっと教室内を見つめている。
その女が、まるで睨んでいるような怖い目つきでじっとり見つめ続けているため、近づいていった子も足が止まってしまった。
見かねてHさんたちほかの生徒たちも彼女の元に駆け寄る。
「知ってる人?」
「知らない……」
「あの……何ですか?」
すると女はぐるりと一同を見回した後、こう言った。
「信じてあげたいけど子供は気まぐれだからやっちゃうかもしれない」
なんだ??
全員、頭に一瞬はてなマークが浮かぶ。
しかしすぐに言わんとしていることを理解して、Hさんたちは戦慄した。
もしかして、この女は。
私たちが「星の王子様」をやるんじゃないかと思って、ずっと見つめていたのか?
背筋がぞくっとした。
その瞬間。
女が窓枠を掴んで、教室に身を乗り出して叫んだ。
「女がやってくるから駄目なんだって言ったでしょ!!」
女の手は、チョークの白い粉まみれだった。
Hさんたちは悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
しかし廊下には女がいる。
幸いHさんたちの教室は一階だったので、ベランダ側から外に出てそのまま職員室の方に駆け出していった。
職員室には担任の先生がいた。
駆け込んできたHさんたちに驚いて、先生が尋ねる。
「どうした?!」
「お、女が出た!!」
「何ぃ!!?」
先生も黒板のいたずら書きの件があるので、Hさんたちの言葉に反応してすぐに立ち上がる。
そして先生を伴って教室に戻ったのだが、そこにはもう何者の姿もなかった。
ただ。
女に掴まれた窓枠には、手の形をしたチョークの粉が残っていたという。
チョークの粉の跡を見て、先生も驚いて警察に通報したものの、結局その女が捕まることはなかった。
「もしかすると人間だったのかもしれないですけど……正直、どっちでも関係ないですね。どちらにせよ、とにかくめちゃくちゃ怖かったので」
Hさんはそう語る。
もしかしたらあの女は、ずっと自分たちのことを見ていたのかもしれない……と思うと、卒業から何十年も経った今でも、背筋がゾッとするのだそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第10夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第10夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/658377992
(45:18頃〜)
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