ココデス【禍話リライト】

廃墟に寝泊まりすることを趣味にしている甘味さんが、知り合いに聞いた話だ。

Tというその知り合いは、廃ビルに行くのが好きなのだという。
甘味さんからすれば、好き好んで都会の廃ビルに行く理由がよく分からない。
老朽化していて危ないし、石綿などが使われていることもあり、健康にもよくない。
さらに言えば、そもそも甘味さんは都市の中にあるものには興味がないので、誘われてもついて行くことはなかったという。

あるとき、Tは、街中にあるとある廃ビルにまつわる心霊的な噂話を耳にした。
夜にそのビルの前を通ると、5階に女の姿が見えるのだという。
窓枠ごと窓がなくなっているため、女の姿は外からでもよく見える。
そして女は、なぜかそのフロアをうろうろ彷徨っているのだそうだ。
あまりにもよく見えるし、かつ実在感もあるため、警察に通報した人もいるらしいが、お決まりのパターンというかなんというか、外から姿を目視できたとしても、問題のフロアに乗り込むと女の姿はない。
そんなことが何度かあったため、もう通報があっても警察が直接乗り込んでくることはなくなった……そんな噂だ。

Tはお化けなど一切信じない。
おそらくやばい人が入り込んでいるのがうわさになっただけだろう。
自分がその風説の真相を暴露してやるんだ、そんな気持ちでくだんの廃ビルに向かったそうだ。
もし誰かがいて鉢合わせした時のことを考えると一人では心許ないので、友達と共に廃ビルの中を探索する。
噂のある5階に到着し、この辺りかなと駐車場の真上あたりの場所に行ってみると、妙なことに気づいた。

一箇所だけ、窓枠に真新しい金網が取り付けられている窓があったのだ。

「ん?下の階にはなかったよね?」
「ひょっとしてここから飛び降りた奴がいたのかも……」

そんなことを言いつつ、懐中電灯の灯りを下に向けると、灰の塊のようなものが落ちていた。

「これ、線香の跡じゃない?」
「あ、本当だ。昔誰か線香あげてたんだな」
「マジかよ、すご」
「……え、なにこれ?」

周囲の地面を照らしていたTの友達が驚いた声を上げる。
見ると、地面に赤い塗料で矢印が書かれていて、カタカナで「ココデス」と書かれていた。

「……いたずら?」
「それにしてはちゃんとしているような気もするけどなあ」
「“ココデス“って何?」
「さあ……ここだけ金網が不自然にあるから、ここから飛び降りたんだって意味だろうけど」
「何してんの?!」

後ろから急に懐中電灯で照らされて、二人はびっくりして思わず飛び上がってしまった。
近づいてきたのは、初老の警備員さんだった。

「何してんの?」
「あ、いや」
「話し声がしてるから来たんだよ、俺。来たくないのに……」

本当にいやそうな声音でそんなことを言う。
話せば分かりそうな、味のある警備員さんだな、とTは咄嗟に思った。

「すいません、あのですね、僕ら肝試し目的ではなく、風情のあるビルを……」
「いやいや」

そう言って警備員さんはしかめ面をする。

「俺からしたら同じだから。お兄ちゃんたちやめてよ。来たくないの、ここに。普段は下の詰め所で待機してるの。だからやめて。とにかく早く出よう」
「ごめんなさい、あの、帰りますけど……この金網って?」

Tが尋ねると、警備員さんは心底嫌そうな顔をしてあっさりと教えてくれる。

「ああ、そこから飛び降りたよ」
「やっぱり、飛び降りでしたか」
「ああ、飛び降りた飛び降りた。こんなとこにつけても意味ないんだけどさぁ。ここにしか金網なんてついてないから。でもビルのオーナーがつけろって言うからつけたんだよ」
「あの、ひょっとしてですけど、これ、一回金網付けた後、またもう一回付けたんじゃないですか?」

金網の真新しさが、なんとなく線香や「ココデス」の文字の掠れ具合などから推察される古さとバランスが取れていない気がしたのだ。
すると警備員さんは、ほう、と感心するような表情を見せる。

「兄ちゃん、目がいいね。実はね、ここに一回金網付けた後、無理やり金網外してここから飛び降りたやつがいるんだよ。最初に飛び降りたやつの恋人かなんからしいけど」
「マジですか?!」
「さ、わかったら早く降りよう」
「や、もう帰りますけど……ちなみに“ココデス“って何ですか?」

すると警備員さんは少し考えてからこんなことを言い始めた。

「うーん……君らさ、女が出るって噂知ってるでしょ?」
「はい、まあ、一応は」
「あれさ、最初飛び降りたのが男で、次飛び降りたのが女なんだよ。まあ、二人の関係は正確にわからないんだけど、その女がねぇ……」
「……その女が、どうしたんですか?」
「いや、なんて言うかねぇ。自殺なんてしちゃいけないって話なんだけどさ。階数はわかってるし、こんなに露骨に金網がついてるんだけど、どうやらその女は、自分の飛び降りた場所がわからないらしくて、このフロアをぐるぐる回るんだよね」
「ええ?!そういうことなんですか?」
「でさあ、前任者が声を聞いちゃってね。

『どこから飛び降りたんだっけ
 どこから飛び降りたんだっけ』

ってね。で、気づいたら消えてるってことがあったんだってさ。その声が耳に残ったみたいでね。その人、すっかり病んじゃって、辞める直前に“ココデス“って書いたらしいんだよ。幽霊に向けて」
「マジですか……」
「でも幽霊はわからないらしくてね。相変わらずぐるぐる……あ、やばいやばい」

警備員さんは時計を見て焦った声を出す。

「どうしたんですか?」
「日によってはそろそろ出るから」
「ええ?!」

警備員さんが、日の出の時間について語るくらいごく自然にそんなことを言い出したので、改めてTとその友達はゾッとしたそうだ。

「日によっては出るからね。あー、やばいやばい。噂だと、普通の感じでは出てこないらしいから。見ていいものじゃないから、帰ろう」

警備員さんに促されて、下に降りたTたちは、申し訳ないことをしたからと改めて警備員さんに謝罪したあと、お菓子を買ってきて、一緒にお茶を飲んで帰ったそうだ。
警備員さんは不法侵入については大目に見てくれたが、もう二度とここに来ないでよ、と念を押されたそうだ。

噂では、いまだにそのビルでは、日によってフロアをぐるぐる回る女が出てくるという。
どうやら出てくる日に法則性はあるようなのだが、誰もその法則については知らないのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第1夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

禍話X 第1夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/648918046
(32:00〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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