巻かれた小屋【禍話リライト】
某県には、車でしか行けないような山奥に、産廃処理場がある。
そこに行くための車しか通らないような山道の途中に、もともとは機材などを置くために作られた、人が3,4人しか入れないような小さい小屋があった。
その小屋には、車かバイクでもなければたどり着くことも困難なのだが、あるときそこで奇怪な事件が起きた。
夜中に街灯もない道を、どうも徒歩でやって来たらしい親子が、その小屋で心中したのだ。
亡くなっていたのは、お母さんとお子さんだったそうだ。
その事故がきっかけとなって、その小屋は使われなくなった。
そんなことがあったのならば、小屋も解体してしまえば良いはずだ。
ところが、なぜか小屋は残されていた。
なぜそんなことがあった小屋が残ってるのかについては、信憑性の不確かな噂が流れている。
事故後、霊能者がお祓いをしたときに、この小屋を覆っておいた方がいいというアドバイスを送った、というのだ。
小屋のかたちを維持したまま、外から見えないようにしたほうがいい……それが霊能者の言葉だった。
それを間に受けたのかどうかわからないが、小屋は残された。
異様な状況で。
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「そこに行きまーす!」
仲間内で飲んでるときに、唐突にRという友人がそんなことを言い出したので、社会人のCさんは咄嗟にリアクションが取れなかった。
「え?なんで?行かないでしょ」
そのときは、社会人同士5人で飲んでいて、怖い話をして盛り上がっていたのだという。
しかしCさんの意向など一切気にすることはなく、Rはどんどん話を進めていく。
ちょうどその場には、一人だけ飲んでいない男がいたので、「こいつに車で連れて行ってもらえばいいよ」などと話を勝手に決めている。
「俺、場所知ってるからさ。先輩から聞いたんだ。行こうぜ」
どうやらRの話では、つい先日、Rの高校時代の先輩がその小屋を見たのだという。
もっともその先輩は、肝試しに行ったわけではない。
その先輩は、バイクでどこにでも行く人で、その日もバイクで遠出していたらしい。
帰り道、夜も更けてきたので近道をしようと思ったその先輩は、普段通り慣れていない道を通って帰ったのだそうだ。
そこで、道に迷ってしまった。
気がついた時には山をだいぶ登ったところで、ライトに看板が照らされて、はたと自分がいる場所に気づいたのだった。
あれ、ここって処理場にしかつかない道じゃん。
戻ろう。
そう思ってバイクをぐるりと旋回させて、元の道を戻ろうとしたその時だ。
バイクのライトに、小屋が照らされた。
もっとも、小屋は道から入った奥にあり、手前には藪があるため、一部が見えただけだったそうだ。
あれ、小屋があるなあ。
なんでこんなとこに小屋が?
その段階では、先輩は小屋の曰くは知らなかった。
だから、何かの話の種になればいいかな、という程度の軽い気持ちで、その小屋の近くまで行って、携帯で全体像を撮ろうと考えたようだ。
藪をかき分けて、二、三歩小屋に近づいた、その時だった。
小屋の中から、誰かが“バンバン“と壁を叩く音が聞こえてきた。
先輩は慌ててバイクに跨ると、一目散に逃げ出したそうだ。
その後、知り合いにその小屋の話をしたところ、前述の小屋の来歴を聞くことができたのだという。
「あそこはやばい」
先輩は真剣な顔で、Rに向かってそう語った。
「それは中にいた誰かがいたずらしたんじゃないんですか?」
当然誰もが思うだろう疑問をRが口にすると、先輩は頭をブンブン勢いよく横に振って否定する。
「違う違う、入れない」
「入れない?」
「ぐるぐる巻きになっているんだ、黄色いロープかなんかで」
「え、マジすか」
「しかも、夜で真っ暗なんだぞ?街灯もない道だから。そんな時間に一人で中に待機しているなんて、やばいだろう?」
「そりゃそうですね」
そんなやりとりをしたそうだ。
「……でさあ、その人も小屋には入ってないんだけど、場所は聞いてるから
行こうよ」
「いや、行かないよ」
Cさんはそう言ったが、残りの面々は、温度差こそあれ肝試しに前向きになっていた。
「まあ、心中があったとはいえ、音がするくらいなんだろ?それくらいなら、なあ……」
などと言い出している。
Cさんは肝試しになど行きたくなかったし、運転手に指名された友人も、「そのために飲まなかったわけじゃないんだけどな」と愚痴る程度には後ろ向きだったのだが、結局多数決で押し切られ、全員でその小屋に行くことになった。
その道中のこと。
「おお?」
Rが妙な声を出した。
Cさんが尋ねる。
「どうしたよ?」
「ああ、さっき言った先輩いるだろ?あの人に行きますって言ったら、電話来てるわ」
そう言ってRは電話に出る。
先輩は声の大きな人で、携帯の受話音量も大きかったため、音漏れがひどく会話の中身は筒抜けだった。
先輩はRに向かって、行くな行くなと言い募っている。
しかし、酔っていることもあり気持ちの大きくなっているRは、先輩の言葉など聞く耳を持っていなかった。
「でも、音がしただけでしょ?大丈夫ですよぉ」
そんなふうにのらりくらりとはぐらかすと、「じゃ、電波が悪くなってきたんで」と電話を切ってしまった。
「何?先輩から連絡が来たの?」
「ああ、こないだ聞いた小屋に行きますって一応メッセージ送ったらさ、あの人、夜の仕事してるんだけど、抜け出してわざわざ電話してくれたみたい。律儀だなぁ」
「いやいや、律儀だなぁじゃないよ。本当にやばいんじゃないの?音は音でも、その場にいた人しかわからないようなやばい気配を感じたんじゃないの?」
「いやあ、音だよ?そんなことないっしょ」
そんなやりとりをしているうちに、車は問題の小屋に着いてしまった。
産廃処理場に行くしかない道なので、この時間になると他に車の一台も通らない。
そして話通り、小屋の周辺には街灯も一切ない。
「車の明かり、つけといてな」
「ああ」
運転手の友人は、照明担当としてその場に残ることになった。
「で、お前らには、これ」
Rは紙袋から人数分の懐中電灯を取り出し、渡してきた。
どうやらRは最初からここに来るつもりで、懐中電灯を用意していたようだ。
下戸の運転手を務める友人が飲まないことを見越した上で、怖い話をする流れに持っていき、満を持してあの話をしたのだろうと思うと、小癪な感じもしたが、こうなっては仕方がない。
諦めてCさんもRについて、藪をかき分けて進んでいく。
しばらくいくと、噂通り小屋があった。
小屋そのものは、長年の風雪により、ひどくボロボロになっていた。
その小屋が、黄色いプラスチック製のようなロープでぐるぐるに巻かれている。
だがそのロープも劣化しているようで、ところどころ欠落している。
それでも解けないのは、おそらくはなんらかの接着剤で小屋に貼り付けているのであろうと思われた。
結果として小屋は黄色いロープで覆われてはいるのだが、小屋にせよロープにせよ、新しくする気はないのが見え見えだった。
ただ、そんな状況ではあるので、当然ドアも開かない。
裏に回ってみると、ロープの欠落したあたりに、誰かが無理やり開けようとしたのか、目の大きさ程度の小さな穴が空いていた。
その穴は、屋内まで続いているようだった。
穴を確認する後輩に、Rが問いかける。
「なんか見えるか?」
「や、こんな小さい穴だからなんも見えませんよ」
「なんもないか」
がっかりしたようにそう言う。
その後、小屋の周りをぐるりと眺め回したのだが、表のドアも開かないし、裏には穴があるものの何にも見えないしで、面白いことは何もない。
そのうち後輩が冗談で、ドアの辺りを叩いて「入ってますか〜?」などと巫山戯ていたが、それに対する反応もない。
「おい、やめろよ」
もう一人の友人が後輩を制する。
「まあ、でも、ぐるぐる巻きは怖いけど、なんもないのか」
その後、皆で小屋の様子を写真に撮ったりもしていたが、トータルで15分も過ぎれば何もやることがなくなり、ただ退屈になる。
「もう、いいでしょ」
そんな話になって、ゾロゾロと車まで戻る。
車に戻ると、運転手は青い顔をして、「残ってる自分が一番怖いぞ」とクレームを入れてきた。
「周りは真っ暗、誰もいないこんな道でたった一人だぞ?誰か早く戻ってこいってずっと思ってたわ。俺一人って、相当怖いから」
「まあ、そうねえ。こんな夜道で真っ暗だしねえ」
そんなやりとりをしていると、友人が「あれ?」と言い出した。
「一人、帰ってきてなくない?」
その場には、運転手を含めて四人の男がいた。
いないのは、言い出しっぺのRだ。
「あの人、なんかあきらめきれないからって言って、問題の穴を一生懸命覗いてましたけど」
後輩がそう言う。
なるほど、Rはあきらめてないんだな。
Cさんは状況を理解する。
そして、いったんドアを閉めていたのだが、窓だけを開けて小屋の方に向かって声をかけた。
「ちょっと、Rくん、いきますよー!」
わざと慇懃に声をかける。
もう小屋にはいきたくないので、車の中から声をかけたのだ。
「ほらほら、行くぞー」
そうCさんが改めて声をかけた、その瞬間だった。
Rが、「あーーー!!」と大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
「え、何々?!」
驚いて全員が車から降りて、Rのところに向かう。
その間もずっと、Rの「あーーー!!」という叫びは小屋の方から聞こえ続けてきていた。
ようやく声のする小屋の裏側まで辿り着くと、Rがうずくまって「あーーーー!!」と叫びながら、目を閉じて両耳をバンバン叩いている。
「おい、何やってんの?!」
「やばいやばい」
慌ててCさんがRの肩を揺さぶるが、反応がない。
改めて思いっきり肩を揺さぶると、ようやく自分たちに気付いたようで、叫ぶのをやめ、少し正気に返ったように見えた。
しかしその場では何があったか確認できないので、みんなでRを担ぐようにして車に戻ると、助手席に放り込んで帰路についた。
車中では、皆が無言だった。
何が起こったのか聞きたかったが、当のRが真っ白な顔をして、歯をガチガチ鳴らすだけで何も喋らなかったからだ。
やがて、車が自分たちの生活エリアに戻ってきたところで、コンビニの駐車場に車を停める。
飲料を買ってきて、飲み物をRに飲ませるが、どうも本調子だとは思えない。
行きの際の勢いはどこへやら、すっかり悄気かえっている。
「何があった?」
Cさんが尋ねるも、白い顔をして紫色の唇をしたRは首を横に振る。
「言っても信じないから、話したくない」
「いや、信じるよ。お前とは付き合い長いけど、普段こんなことにならないだろ?自分じゃわからないと思うけど、お前顔面蒼白だし、大変な状況だよ。何があったか教えてくれよ」
そう重ねて言うと、ようやくRは喋り始めた。
「あの小屋からな、みんなが戻ってるのは見えてたんだ。わかってた。でもさ、諦めきれなくて、残って穴からライトの光入れて、必死に見てたんだ。『なんか見えないかな、親子が心中したって言うから、痕跡くらい残ってないかな』ってさ。でも、見えないもんだな。いろんな角度から光を当ててみたけど、どうにも無理だった。でも、こんなに小屋をぐるぐる巻きにしてるってことは、やばいことは起きてるってことだよなって思って、必死になってたんだ。そしたらさ……いつの間にか俺、思ってることを口に出してたみたいだ」
「……なんて?」
「“亡くなった痕跡とか、何が起きたかくらいは知りたいよな“って」
「そんなこと言ってたのかよ」
「うん。そうしたらさ、目の前の穴がいつの間にかふさがってたんだ。さっきまでは、ライトの明かりが奥に入ってた。床かなんかのごく一部は見えてたんだ。おかしいなと思ってもう一度照らしたらさ……目があった」
「目?!」
「ああ。ぱっちりした目が、小屋の中からこっちを見てるんだ。それだけじゃない。普通、ライトを向けられたらさぁ、まぶしいからぱちぱち瞬きするだろ?でも、しないんだよ。じっとただ目を見開いてるんだ」
「マジかよ……」
「今になって思えば、助けてとか言えばよかったって思うよ。でもその時は、何も言えなかった。ただ、目がじっと見ているのをこっちからも見つめ返して、固まってたんだ」
固まっていたRは、彼の体感では永遠とも言える長い時間、その目と見つめ合っていたという。
無論、そんなに長いはずはないのだが、R自身混乱していたのだろう。
沈黙の見つめ合いは、唐突に中断された。
Rの耳には、高校生くらいの男の子の声に聞こえたと言うのだが、突然その目の主が話しかけてきたのだ。
「中に何があるか知りたいですか?」
軽い調子だった。
その間も、目は一切瞬きをしない。
声は続ける。
「今、僕が立っている左側に中年の女性が倒れていて、首がひどいことになっています。右手にとがったものをもっているので、それでやったんだと思います。で、僕の右側の足元には、小さな女の子……幼稚園から小学校低学年くらいかな……その子が倒れていて、背中がひどいことになっています。そういう状況ですね」
一切瞬きをせず、淡々とRに話しかけてくる。
Rの頭の中には、ある疑問が浮かんでいた。
だが、恐怖で口が動かない。
すると、まるでRの心が読まれたかのように、その声は再びRに向かってこう尋ねてきた。
「やっぱり気になりますか」
Rは反応できなかった。
にもかかわらず、声はRが促したかのように話し続ける。
「じゃあお話しますけど。……僕と、倒れている、二人との、関係は!」
文節ごとに、だんだん声が大きくなっていったと言う。
Rは、これ以上聞いたらおかしくなる!という恐怖に駆られ、目を瞑ってうずくまり、耳を叩きながら「あーーー!!」と叫び続けていたそうだ。
「……お前ら、聞こえなかったか?」
Rは周りを見回しながらそんなことを聞いてくる。
「いやあ……お前の声は聞こえたけど、それ以外聞こえなかったよ」
後輩も頷いて、話を続ける。
「僕、Rさんを連れ帰るときに、何かあったのかなって穴を確認したんです。でも、誰かがのぞいているなんてことはありませんでした」
いらないことを言う奴はどこにでもいるもので、友人の一人が、一連のやりとりを聞いた後、納得したように息をひとつつくと、こんなことを言い出した。
「なるほどねえ。確かに三人くらいならなんとかすれば入れるよね、あの小屋に。ちょうどくらいかな」
「それはお前、今言うことじゃないよ……」
結局沈んだムードが伝染してしまったようで、その日はそのまま解散という運びになった。
Cさんはそのあと、個人的に気になって、くだんの心中について調べたという。
新聞記事を検索して確認してみると、確かに親子がその小屋で死んでいることが確認できた。
ただそれは、お母さんと娘さんの二人で、三人での心中事件ではなかったようだった。
なんだ、男の子、死んでないじゃないか。
そう思いつつ、キーワードを変えて検索していると、一つの事実に行き当たった。
その事件からしばらくして……一年も経たないうちに、その小屋の近くで亡くなった人がいたのだ。
亡くなったのは、高校を出てすぐに社会人になった男性で、職場で挫折を経験したらしく、思いつめる必要はないのにその小屋の近くで命を絶ったらしい。
その男は、包丁で首を切って死んでいた。
親子とは、一切関係がないようだ。
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「……ちなみに、そこに行っても、今、小屋はありませんよ」
取材の最後に、Cさんは突然そんなことを言い始めた。
私は驚いて尋ね返してしまう。
「え、ないの?」
「ええ、地震で倒壊したそうです」
「でもさ、覆わなくていいの?」
するとCさんは、それそれ、いった感じで少し口の端を歪めると、こう言った。
「覆われてはいるんですよ」
Cさんの話によると、もともと小屋のあった雑木林一帯が、今は建設予定地という名目で、板で覆われて中が見えない、中に入れないようにしているのだそうだ。
「もちろん方便だと思います。あんな場所に何か建つはずないし、実際なんの気配もありません。おそらく小屋ではどうしようもなくて、板で覆ってるんでしょうね」
誰かを入れるわけにもいかないし、何かを出すわけにもいかない。
そうするしかない場所が、今も存在しているのだそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「緊急生放送!恐怖の怪奇、心霊スペシャル」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
緊急生放送!恐怖の怪奇、心霊スペシャル
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/646195581
(1:23:17〜)
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