つれこみ宿【禍話リライト】

とある都市の街中に存在する、元つれこみ旅館の廃墟に関する話である。
そこは昭和の時代に、その街の繁華街の中にあったものなのだが、新駅の開業に伴い繁華街がすべてそちらに移ってしまい、周辺は空洞化が進んでいった。
それでもその3階建の旅館は、最後まで移転もせずに頑張って営業を続けていたのだが、最終的には時代の荒波に飲まれてしまい、廃業を余儀なくされてしまったのだそうだ。
もともと古い建物で、営業しているころから老朽化していたようで、廃業後は見るからに風化していて、肝試しが好きなヤンチャな若者たちですら、立ち入りを躊躇するような有様だったという。

そんな、誰も足を踏み入れない建物の3階の窓に、男女の影が映る。

そういう噂が流れ始めた。
もちろん、それが男女であるかどうかなど、正確なところはわからないらしい。
ただ、二人組の影ではあるのだが、元連れ込み旅館なので、男女だと言われていたのだ。
無論通報を受けた警察が建物に立ち入ったこともあるのだが、その男女の影が映ったという窓辺には床に分厚く埃が積もっていて、到底人が立っていたようにも見えない。

もしこんな場所に人が立っていたのであれば、わかるだろう。
どうもおかしいな……

警官もそう言って匙を投げる始末だった。

そのうち、その廃墟の前の道は、夜に人が通らないようになった。
仮にそこを通っても、上を見上げたりはしない。
そんな状況が、数十年にわたって続いていたそうだ。


その廃墟の噂を聞いたRくんたちは、大学時代にそこに肝試しに行ったという。
部活の先輩と後輩、計4人で向かったそうだ。
建物はドアなども壊れていて、簡単に中に入ることができた。
中に入った後、Rくんたちは別れて内部を散策することにしたという。

だが、その建物は噂以上にひどい状況になっていた。
内部は埃っぽく、ゴミなども投棄されている。
ハウスダストアレルギー持ちのRくんは、マスクを準備せずに行ってしまったので、激しくせき込んでしまう。
上に行けば行くほど埃などはひどく、荒れ果てているということだったので、Rくんは早々に探索を断念した。

「俺は一階でいいや」
「じゃあ俺も残るよ」

同級生がそう言ってくれたので、Rくんは一階の入り口付近で待機することにした。
先輩のSと後輩は平気なようで、「じゃあ、俺ら上行くわ」と言って階段を上っていった。

「大丈夫?」

残った同級生は、咳き込むRくんを心配して声をかけてくれる。
彼は自分のカバンから自販機で購入した水を取り出し、「飲んだほうがいいよ」と言って手渡してくれた。
それを飲むことで、ようやくRくんも呼吸が落ち着いてきたのだという。

ところが。
上の階に上っていったS先輩と後輩の二人が、いくら待っていても戻ってこない。
もっとも上からは床を踏み締めるギシギシ音が聞こえてくるため、二人が熱心に探索をしている様子が窺えた。

「よく行けるねえ……」
「熱心だな」
「ホームレスとか、やばい人とかもいるかもしれないってのにね」
「まあ、男二人で行ったからいいんだろうけどさ」

そんなことを話しているうちに、ようやく二人が戻ってくる。
何かありましたか、と問うと、Sは首を横にふる。

「特に何もなかったな。古びてて雰囲気があるってだけで」
「そうでしたか」
「じゃ、帰りましょう」

そう言ってRくんがドアを開けようとした時だった。

「あ、携帯落としてきちゃった」

Sがそう言って照れ笑いを浮かべる。

「えー」

驚きと疑問の混じった声を上げると、Sはわざとらしく「あー」と言いつつ頭をゲンコツでコンコン叩く。
ずいぶんとべたな仕草だ。

Sは上の階に一緒に行った後輩に向き直って、話し始める。

「ほらほら、俺さっきさ、3階でおしっこしたくてトイレ行ったじゃん?あの時落としたわ。ズボン降ろしたときに音してたんだよなー」
「先輩、廃墟でトイレ行ったんすか」

Rくんが呆れ声を上げる。
廃墟になってずいぶん時が経っているのだ。
当然もう水も流れていないだろう。
しかしSは真面目くさった様子で答える。

「そりゃ、トイレ行かなきゃダメだろ」
「まあよくわかんない理屈ですけど、それなら近所に公園もコンビニもあるじゃないですか」
「でも我慢できなくてさぁ。とりあえず取りに戻ってくるわ」

そう言ってSは再びトントンと階段を上がっていった。

そこでふと、Rくんは妙なことに気づいた。

Sと行動をともにしていた後輩が、きょとんとした顔をしているのだ。

「どうした?」
「あの……トイレなんか行ってないですよ」
「え?」
「は?」
「だから、トイレなんて行ってないんですよ」

後輩によれば、各階にトイレがあることはあったというのだが、大広間と客室にしか探索に向かっておらず、トイレなど一回も入っていない、というのだ。

「はぁ?」
「ずっと俺ら二人でいたから、さっきは急にあんなこと言い出して驚いちゃって。何言ってんだこの人はって思ったんですよ」
「ホントに?」
「はい」
「え……だとしたら、そういう嘘をつくメリットは何なん?」
「さぁ……」

しばらくすると、行きと同じく軽快な足音を響かせてSが下りてきた。

「あーあったあった、しくじったしくじったぁ」

そんなSに向かって、よせばいいのに同級生がこう言ったのだ。

「先輩、こいつ、一緒にトイレ行ってないって言ってましたよ?」

するとSは、心の底から驚いた、という顔をしてこんなことを言い出した。

「行ったよぉ、何言ってんだお前?行ったじゃん、外で待っててもらったじゃん」

芝居がかった物言いだった。
後輩は、相変わらずきょとんとしている。

「え、は、ああ……」

その表情からも、戸惑っていることが如実にわかる。
どう考えても嘘をついていない後輩の表情に比べると、Sの表情はふざけているようなにやけ面で、どうやら嘘をついているのはこちらだろうと容易に察せられた。
だが、だとしたらなぜSはそんな嘘をついているのだろう。
それに、後輩の怯えっぷりも尋常ではない。

「まあまあ、もういいじゃないですか」

Rくんはそう言って話を強引に打ち切ると、外に出た。
他の面々もゾロゾロそれについてくる。
結局、外に出たところで、解散ということになった。


その夜のこと。
家に帰った時間は、すでに3時を回っていた。
すぐに自室で眠りについたのだが、夢を見たという。

夢の中で、Rくんは個室トイレの中にいた。
明晰夢だったそうで、自分が夢を見ていることをRくんはすぐに理解した。

なにこれ?

夢だとわかっているので、冷静に考える。

トイレの夢を見ること自体は、Rくんにもある。
寝る前に尿意を我慢したまま寝てしまうと、そういう夢を見てしまうのだ。
だが、その日はそうだったわけではない。
現に夢の中でも用を足したいという気持ちは微塵も浮かんでこない。

うーん、おしっこ行きたいわけでもないし、おかしいなぁ。
それにこんなに考えてるのに、夢から覚めないぞ。
変だなあ。

そう思いつつ、個室から出ようとロックを外し、ドアを開ける。

すると。

個室の目の前に、Sが立っていた。

Sは満面の笑みを浮かべて、

「ここここ!ここに来たんだよ、俺!」

と言った。

Rくんは絶叫して目が覚めたという。
気がつくと、脇汗で寝衣がびちゃびちゃになっていた。

おいおい、怖すぎるんですけど……

そう思った瞬間、携帯に着信があった。
一緒に廃墟に行った後輩からだった。

「すいません、こんな時間に」

まだ明け方というにも早い時間帯だった。
時計を確認したRくんは呼吸を落ち着け、「どうした?」と応答する。

「あの、笑われるかもしれないですけど……」

こんな夢を見ちゃって、と後輩が今自分の見ていた夢と全く同じような夢を見たことを報告してきた。
実はこの電話に出ている時に、もう一人の同級生からもメッセージでほぼ同じ内容の夢を見たという連絡が来ていたのだが、三人ともに、個室トイレにいて、夢だと自覚してからトイレのドアを開けると、Sが立っていて「ここここ」と言われたのだ。
細部には若干の違いはあるものの、基本的には同じパターンの夢であった。

ダメだ、怖すぎる。
Sさんは大丈夫なのか?

そんな話になり、一人で連絡をしたり会いに行くのは怖いので、仕方ないから三人で、翌日の昼間にSの部屋まで様子を見に行ったそうだ。

ところが。
予想に反してピンピンとしていたSは、しかし、昨日の肝試しのことを全然覚えていないのだという。
そして少し元気がない。
どうしましたかと尋ねると、朝起きて見てみたら携帯がバッキバキに割れているんだ、と肩を落とす。

「壊した記憶ないんだけどなぁ。どこかで落としたのかなぁ……みんな知らない?」

Sの携帯は、センサーが反応しないくらいガラス面に蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。

「どこに落としたか記憶にないんだけどな……みんな知ってる?」
「いや知りませんけど……その携帯は変えたほうがいいですよ」

Rくんたちはそう言ったそうだ。


後日。
事情を全て聞いたSが携帯を変えに行った時のこと。
新しい機種にデータを移すかどうか、という話になった。
Sはまめな性格で、頻繁に携帯のバックアップをとっていて、写真も全てクラウドにアップしているのでいらない、と答えた。
クラウドにアップした写真は消すという設定になっているので、携帯には写真データなどないはずなのだ。
ところが。

「あれ?写真データありますよ」

そう言って写真の画面を見せてきた。
サムネイルが真っ暗な、数十分にわたる動画で、日付と時間はその肝試しの最中のものであることがわかった。
無論、当人には全く記憶がない。

「あー、そのデータはいらないです」

結局中身を確認することなく、そのデータは削除したそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第23夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第23夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/637654617
(33:08〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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