みちびきの家【禍話リライト】
ライターをしているCさんは、雑誌の取材で近隣にある心霊スポットに行くことになった。
埋め草的な記事で、写真などはさほど必要なかったが、行くとリアルな雰囲気が出てきて、文章でも伝わるようになるからと編集に口説かれて、近所にあるその心霊スポットに行ったのだという。
そこは、編集部に出入りしているバイトのDくんが見つけてきたスポットだったのだが、家族が失踪しているという曰くのある家だった。
失踪したまま長いこと空き家になっているのだが、戻ってくるかもしれないからと親戚が言って、家をそのままにしているのだという。
その家に住んでいたのは、両親と中学生の息子さんという3人家族だった。
その家の大黒柱たるお父さんは、よくわからないカウンセリングのような仕事をしていたらしい。
話によれば、とある有名企業の専属カウンセラーのような肩書きだったそうだが、実際のところカウンセリングというよりは風水占いのようなことをしていたようだ。
そういう意味では怪しい仕事ではあるのだが、それでもきちんと生活はできていたし、地域社会にも溶け込んでいたのだという。
そんなある日のことだった。
急にその家の中学生になる息子の姿が見えなくなった。
流石に心配になった近所の人が、両親に尋ねてみたところ、どうにも要領を得ない答えが返ってきたそうだ。
「連れて行かれたけど、大丈夫なんです」
両親は異口同音にそう答えたという。
最初にその話を聞いた時は、裏社会に属するような話かと近所の人たちも思っていたのだが、よくよく聞いてみるとどうやら違うらしい、ということになった。
「次元が違うけど、家の中にいるから」
心配で声をかけてくる近所の人たちに、そんなふうにも言っていたというのだ。
そうなると近所の人たちも、何も言えなくなる。
あまりに浮世離れしたその様子に、(やはりあの家族は何かおかしいんじゃないだろうか……)と思ったようだった。
しばらくすると、旦那さんの姿を見かけなくなった。
どうかされたんですか、と奥さんに聞いてみると、「家の中にいると声がするので、家にはいるはずです」などと訳のわからないことを答える。
そして、微笑みを浮かべながら、
「あの人はすごい力を持ってるから、息子を連れて戻ってくるつもりなんじゃないかな」
などと言っていたそうだ。
流石にこれは異常事態だということで、近所の人が警察に通報した。
しかし、警察が来ても、のらりくらりと応対するだけで、よくわからないことを言い募るばかりだった。
当人も失踪届を出さないと言い張るので、それではまた後日……といったん警察が引き下がった、その翌日のことだった。
ついに奥さんがいなくなったのだ。
その日の夜。
その家から、ものすごい絶叫が聞こえたと近隣に住む住人たちは語る。
警察に通報し、家に踏み込んだのだが、もぬけのからで誰の姿も見えなかったそうだ。
そして。
その夜に周辺に響き渡った「絶叫」について、奇妙な話が広まった。
聞いた人の話によると、問題の「絶叫」は、家族3人分だったというのだ。
その段階で既にいなくなっていた、息子や旦那さんの声も混ざっていた……そんなふうに皆が口を揃えるのだった。
無論失踪事件ということで、親戚が警察に届けは出したが何の手がかりもない。
そんな家だった。
「……とまあ、ここまで噂としてDが仕入れてきたのよ。実際行ってみて、できたら周辺に住んでる人にも話を聞いてみない?」
フリーライターのCさんとしては、この話を持ちかけられて、断ることなど選択肢のうちに入らなかった。
じゃあ取材自体は昼間ですね……というと、話を仕入れてきたDくんから追加の情報がもたらされる。
「聞いた話では、そのお父さんが除霊の真似事みたいな感じでいい加減な儀式をして、ヤバいものに触れちゃったみたいですよ」
「ヤバいもの?」
「詳しくは分かんないですけどね。オカルトなんで、まあ、それ系です」
「本当かよ、怖いなあ……」
当日。
昼間の2時に編集部に集合して即出発、という予定だったのだが、車や機材に関するトラブルが多発して、結局出発は大いに遅れて4時を大幅に回った時刻になってしまった。
住宅地の一角にあるその家に着いたのは、夕方の5時に近い時間帯のことだったという。
時期的にまだ明るさも残っていたこともあり、Dさんとしては、“まあ今までのこともネタになるしいいんじゃないかな“程度の気分だったという。
無論敷地に立ち入る許可などは得ていないので、3人で周りをぐるりと回って写真を撮る。
「……まあ、普通の家だね」
「ですね」
「特になんか変なこともなかったですねえ」
「一応ネタ作りのため、一人ずつ家の周りを一周しようか」
「そうしますか。ちょっと薄暗くなってきたし、雰囲気も出てきましたしね」
編集の提案に、流石に何の収穫もないことに若干焦りもあったCさんはすぐに飛びついた。
バイトのDくんも頷いている。
彼が取ってきた情報でもあるので、何となく責任のようなものを感じているのかもな、とCさんは思っていたという。
最初に家の周りを一周してきたのはCさんだった。
家の様子を伺いつつ一周したものの、全く変わった様子は見られなかった。
「やっぱり何もないですねえ」
「そうですか。でも暗くなって雰囲気出てきましたねえ」
「うん、雰囲気は結構怖いよ」
「じゃあ行ってきます」
二人目のDくんが角を曲がって視界から消えた。
先ほどのCさんは5分くらいで一周してきたので、おおよそそのくらいの時間で戻ってくるだろうと思っていたのだが。
20分経っても、Dくんは戻ってこない。
その家の周囲を囲む道は無論一本道ではないので、逸れて別の道を進むことはできるのだが、普通はそんなことをするわけがない。
「どうしたんだ、あいつ?」
編集が訝しげな声を出す。
「さあ……迷うような道でもないんですけどね」
「土地勘もないからなあ、変なとこに行ったりはしないと思うんだけど」
「まあ、あちこちに曲がり角があるから、どこかに潜んで脅かそうとしてるんじゃないですか?」
「あいつが言い出しっぺみたいなもんだし、なんかネタを提供しようとしてるのかもな」
「面白くないですけどね」
その後、Cさんと編集が二人で20分ほど手分けして探したのだが、Dくんは見当たらない。
おかしいな、と思い始めたその時だった。
遠くから、悲鳴が聞こえてきた。
Dくんの声のようだ。
どこから聞こえてくるのかはっきりわからないので、何となく悲鳴のする方向に向かって走っていくと、ちょうど大通りに差し掛かったところで編集と合流できた。
「これDか?!」
「そうっぽいですね」
「なんか叫んでるけど……」
編集がそう言ったところで、Cさんは“おかしい“と思った。
周りには、人が住んでいる家がいくつかある。
なのに、誰も外に出てこないのだ。
明かりがついているから、家に人がいることは間違いない。
なのに出てこないというのは、あまりにも奇妙なことに感じられた。
後に改めてこのことを考えてみると、周りの住民には当たり前のことだったのかもしれないとCくんは思っているという。
考えていても仕方がないので、二人は声の方向に駆けていく。
すると、路地のようなところから飛び出てきたDくんとばったりと出会した。
Dくんは、汗をびっしょりかいている。
「大丈夫?!」
二人が心配して声をかけるも、Dくんの様子は明らかにおかしい。
はあはあ息を切らせながら、しきりに後ろを気にしている。
「どうしたの??何でお前裸足なの??」
「落ち着けよ、後ろから誰も追いかけてきてないから!」
「ほんと?ほんと?」
パニックのあまりタメ口になっているDくんは、目を見開いて何度も背後を確認する。
Cさんもそちらを見てみるが、薄暗い道が続いているだけで誰の姿も見えない。
「いや、いないと思うよ」
「とりあえずこれじゃ取材にならんから、帰ろう」
編集の一言で車に戻る。
だがDくんは車に戻っても雰囲気がおかしいままだった。
そのまま編集部に向かったが、編集部の部屋に入ってもDくんの様子は変わらない。
窓からちらちらと、外を警戒するような様子を見せている。
「すいません、申し訳ないですけど、朝までみんなでここにいませんか?」
「いや、まあ、いいけど……何があったの?」
そこでようやく、何があったのかをDくんが語り始めた。
Dくんは、最初の角を曲がったところで急に頭がぼーっとし始めたのだという。
ただ、当人はその時点では異変に気づいていなかった。
家の周りを回って写真を撮ったり異変を見つけるんだ……としか考えていなかったという。
後から考えると、酔っ払った時のようにふわっとした気分になっていて、脳に霞がかかったようになっていたこともあり、正常な判断力は失われてしまっていた。
そのためか、気がついたら曲がってはいけない角を曲がって、全く関係のない道に入ってしまったのだという。
この段階でも十分にわけがわからない状況になっているのだが、Dくんの話はここからさらに訳のわからないものになっていく。
そのままふらふらと道を歩いていたDくんだったが、気がつくと履いていたスニーカーが片方脱げていた。
酔っ払っているような状況で歩いていたので足を引きずっていたのだろうが、そんなに簡単に靴が脱げるものなのかは疑わしくもある。
もっとも当のDくんはその時すでに陶然とした状態だったので、ただ
あれ、靴が片方ないや
と思っただけだったそうだ。
ただ、脱げた理由が何であれ、普通靴が脱げていたのであれば、脱げた靴の行方を探すはずだ。
そしてそれは当然、自分がこれまで進んできた方向にあるはずなのであって、前に向かって靴を蹴ったり放り投げたりしていない限り、これから向かう方向に靴があることはあり得ない。
にもかかわらず。
あー、靴履かなきゃ……
そう思いつつも、なぜかDくんはひたすら前に進んで行ったそうだ。
しばらく進んでいくうちに、いつの間にかもう片方の靴も脱げてしまったようで、Dくんは裸足になってしまった。
困ったなあ。
靴履かなきゃ……
ただ、何の確信があるのか、その時のDくんは、後ろも振り返らず、知らない道を何度も角を曲がりながら進んで行ったという。
やがて、ふと見ると電信柱の下に自分の靴が片方だけ落ちていた。
「ああ、あったあった」
何度も角を曲がったとはいえ、元の場所に戻ったわけではないとDくんは言う。
それならば大いに状況がおかしいのだが、その時の彼はそのことを疑問に思わない。
よかった〜。
ホッとしつつスニーカーを履く。
とすると、もう一つはこの先にあるのかな?
そんなことを思いつつ、そのまま歩いて行くと、今度は電信柱の下に、自分のものではない革靴が置いてあった。
ああ、これか。
後から考えると、靴のサイズも違う。
サイズの合わない靴をスニーカーとは反対側の足に履いてみる。
なんか座りが悪いなぁ。
落ち着かない……
そう思いつつしばらく進むと、革靴がもう一つ電信柱の下に置いてあった。
ああ、これこれ。
今度はスニーカーを脱いで、革靴を履く。
なんか違う気がするな……と思いつつ、再びDくんは前に進んでいく。
すると今度は、電信柱の下に女性が履くようなサンダルが片方だけ置かれていた。
Dくんは革靴を片方脱いで、サンダルを履く。
やっぱりこれだったかな?
しばらくいくと、もう片方のサンダルが落ちていた。
両足に女性用のサンダル履いてから歩き出すと、サイズも小さいのでひどく歩きにくい。
やっぱ違うな、俺の靴じゃないな……
もう少し進むと、電信柱の下に、また別の靴が落ちている。
中学生が履くスクールシューズのようなものだった。
これかな?
片方だけサンダルを脱いで靴を履き、さらに進む。
だが、次の角を曲がると、少し先が行き止まりになっていた。
行き止まりになっているところの壁の真ん前には、子供用のスニーカーが置かれている。
例のごとく靴を履き替えようとするのだが、今度はサイズが小さすぎて、足を入れようとしても入らない。
あれ?入んないじゃん。
そこで初めて、Dくんは自分が変になっていたことに気づいたという。
なんで??
全部おかしいじゃん!!
何これ?!
足元を見てみると、自分が履いているものもおかしい。
女物のサンダルと中学生の履くような学生靴。
そして無理やり足を子供用のスニーカーに突っ込んでいるのだ。
家の周りを回るはずだったのに、俺、何してんの?
そう思ったDくんは、思っていたことをそのまま声に出してしまっていたようだ。
「ここどこ?!え、え??ここどこ??」
その瞬間、背後に異様な気配を感じた。
振り返ると自分の後ろ2メートルくらいの場所、路地の入り口に誰かが立っている。
小さな女の子だ。
電灯の微かな明かりにも、彼女が裸足であることがわかる。
女の子はすごく嬉しそうな様子で、Dくんに問いかけてきた。
「そこがどこだか、知りたい?」
ええ?!
驚いたDくんは反射的に返事をしてしまう。
「はい!!」
女の子は顔面を大きく歪めるようにして笑うと、心の底から楽しくて仕方がないと言わんばかりの様子でこう言った。
「袋小路」
Dくんは絶叫して、女の子を突き飛ばして逃げ出した。
しかし女の子は嬉しそうに笑いながら、後ろを追いかけてくる。
「帰れるの?帰れるの?」
「助けて!!助けてー!!!」
叫びながらガムシャラに走っていると、やがて二人と行き合った……。
これが、Dくんの話だった。
結局Dくんの履いて行った靴は、その日はどこにも見当たらなかったそうだ。
ところが、である。
問題の家を正面から撮影した写真がなかったため、フリーのカメラマンに依頼して、撮影に行かせた時のことだった。
問題の家の門のところに、Dくんのスニーカーが靴紐で門扉と結び付けられて、吊り下げられていたのだという。
その家の話は、最終的に雑誌には掲載しなかったそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第9夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第9夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/657211743
(39:50頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。