避けられた男【禍話リライト】
藤野くんが、社会人5年目の時の話である。
ある時同僚と夜に軽く飲んでいる時に、ひょんなことから同窓会の話題になった。
同僚は先日、高校の同窓会に行ってきたらしく、そのことを饒舌に語り始めたのだ。
「高校の時さあ、なんか、クラスのマドンナみたいな子がいてね。その子、すごく可愛いのに意外と結婚してなくて、彼氏もいないらしくてさ。周りの子がどんどん結婚するから焦るのに、恋人ができない、どうしようとか俺の横で言うからさぁ」
「くだらねえ」
藤野くんは同僚の話をそう言って鼻で笑っていたのだが、ふと気づいてしまった。
そういえば、俺、同窓会に呼ばれたことないな……
まあ、クラスの中でもそんなに目立つタイプでもないし、友達が多かった訳でもないけど、実家暮らしで引っ越しもしてないのに連絡の一つもないってのはなんか変じゃないか?
あれ?
おかしいな……クラス会とか、やってないのかな。
気になった藤野くんは、翌日、当時のクラスメイトで一人だけまだ付き合いがあるやつにLINEで連絡をしてみた。
「あのさ、つかぬことを聞くけど、クラス会ってあった?」
「あったけど、俺、お前くらいしか友達いないから断ったよ」
「いつの話?」
「いつって、大学時代から年1くらいのペースでやってるよ」
藤野くんはその返信に軽いショックを受けたという。
あれ?
俺、はぶられるようなことしたかな?
そんなに社交的でもなかったとはいえ、当人の意識からすれば、付かず離れず程度の付き合いはしていたはずだった。
藤野くんはもう少し話を聞こうとその友達にさらにメッセージを送った。
「なんだよ。それなら呼んでくれてもいいのにな。家の住所も変わっていないのに、俺、呼ばれてないよ」
「マジかよ。連絡行ってると思ったわ。幹事に聞いたらお前来ないって言うからさ」
「俺、なんかしたのかな?」
「なんかしたんじゃないの?そんで女子に嫌われてたんじゃないの?」
「女子って久々に聞いたわ」
「あ、そういえば、お前高校時代こっくりさんしてたよな。ドラマの影響だかなんだかで。それでキモがられてたんじゃない?」
「してたね。でもあれ何も起きなかったし、ほとんどの奴らは知らなかったよ」
「ああ、そうか。お前ら先生にバレたり友達に見られたら気まずいから、図書資料室でやってたもんな。お前が図書委員だったから」
「だからほとんどの奴らは知らないと思うよ」
「そこが嫌がられてんじゃない?カルト集団みたいな感じでさ」
「それなら一緒にやってたクラスメイトもハブられてるはずだろ」
「誰とやってたの?」
「RとSとTだな」
「ああ、そうか。じゃあ変だな。そいつら行ってるはずだ。当時のクラスメイトはほとんど出席してるとかで、前回のクラス会の様子がSNSに写真上がってたぞ」
友達はそう言って、SNSへのリンクを送ってきた。
クリックしてみると、「同窓会です、イエイ」と書かれた文とともに写真が何枚か載せられていた。
見ると、確かにそこにRもSもTも写っていたのだ。
何だこれ?
いじめか?
藤野くんはすっかりげんなりしてしまい、その友達とのやり取りもそのまま中断してしまったそうだ。
翌週のことだ。
街中でばったり当時の別のクラスメイトと会った。
そのクラスメイトが先に気づいて、藤野くんに声をかけてきたのだ。
「よう、藤野久しぶり!」
「あ、おう、久しぶり」
思わぬ再会に、ややぎこちなくそう答える。
久しぶりだな、卒業以来一度もあってないもんな……と言ったあと、そのクラスメイトが続ける。
「そういやお前、全然クラス会こないな」
「ああ……呼ばれてねえんだよ。こちとら引っ越してもないのに」
そのことを思い出し嫌な気分になるが、その気持ちは押し殺しつつそう答える。
するとクラスメイトは、ひどく驚いたような反応をした。
「え?マジかよ?!」
「?」
その反応が意外で、怪訝な表情を浮かべたところ、そのクラスメイトが説明をしてくれた。
「いやな、幹事が言うには、お前に連絡がつかないとか言ってたんだよ。住所も電話番号も変わってるとか」
「んなことないよ、両方同じだよ。ちなみに幹事って誰?」
「二人いるんだけど、俺が聞いたのはRの方だな」
「R?!」
「ああ、でもそれはよくないな。いい年していじめかよ。それにお前に会いたいって奴も結構いるんだぞ」
「へえ……そうなんか」
Rが嘘をついてまで自分をのけ者にしていることに多少のショックを受けたが、”自分に会いたがっている奴らがいるらしい”という話を聞き、藤野くんは少し嬉しくなった。
「俺もだけど、女子とかにもいるしさ。よし、じゃあ次に話来たらお前に連絡するわ」
「ああ、頼むわ」
そう言って、そのクラスメイトと連絡先を交換した。
その年の冬だった。
くだんのクラスメイトから、クラス会が開催されるという連絡がきた。
幹事からは連絡はなかったが、そのクラスメイト経由で藤野くんが参加することは幹事に伝えられた。
ただ、正式に参加を伝えた後もRからは連絡がなかった。
クラス会の前日。
藤野くんは幹事であるRから連絡がないことにしこりをおぼえていたものの、それ以上に楽しみな感情が勝っていたという。
”自分に会いたがっている奴らがいる”という事実がうれしかったのだ。
実際、そのクラスメイトの行動は、その言葉が冗談でも社交辞令でもないことを証し立てているようにも思われた。
でも、Rはなんで俺に一言も連絡をくれないんだろうな。
卒業まで仲良くやってたつもりだったが、自分じゃ覚えていない一言で傷つけちまったのかな……
そんなことを考えながら、徒然に高校時代を思い出す。
体育祭や文化祭のこと。
そして、こっくりさんもやっていたこと。
と、その時だ。
急に口の中に、さびた金属のような味が広がった。
正確には、そんな味が広がった記憶がよみがえったのだ。
何だ、今の?!
そのときこっくりさんのことを思い出していたからだろうとその時は思ったのだが、その味は使用感のある十円玉の味だ……と思ったのだそうだ。
軽い吐き気に襲われるが、口に広がった味の記憶はすぐに消え去った。
なんだよ、いったいどういう味覚の間違いなんだ?
とはいえ、それ以降は口に味の記憶がよみがえることはなかったので、藤野くんはそのまま高校時代のことを思い出しつつ眠りについた。
同窓会当日。
久々に登場した藤野くんに、元クラスメイト達は暖かい歓迎の言葉をたくさんかけてくれた。
いきおい藤野くんがそのクラス会の主役のようになる。
久々に会う当時のクラスメイトが次から次に声をかけてくるので、藤野くんは彼ら彼女らと楽しく話をしたそうだ。
ただ。
もうひとりの女子の幹事は、「連絡出来てなくてごめんね」と謝ってきたのだが、Rは藤野くんをあからさまに避けていて、声をかけてこなかった。
それだけでない。
SもTも、遠巻きに藤野くんを気にしているそぶりは見せるが、近づいては来ないのだ。
藤野くんは、なんだろうな?とは思いつつも、他のクラスメイト達との会話が楽しかったため、そこまでは気にしていなかったそうだ。
クラス会は大いに盛り上がった。
その流れで二次会に行こう、と誘われた藤野くんは、二次会にも参加することにした。
誰が二次会に行くのかわかっていなかったのだが、行ってみるとRたちこっくりさんメンバーの三人も来ている。
どうやら他のクラスメイト達が気を遣っていたようだ。
「何があったか知らんが、仲直りしろよ」
そう言われて、一緒のテーブルをその四人で囲むことになったそうだ。
しかし、Rたち三人はやたらとテンションが低く、ほとんど会話にならない。
仕方ないので藤野くんは、本題に切り込むことにした。
こいつらが共通して自分を避けているならば、それはきっとこっくりさんに原因があるのだろう。
全く覚えもないが、そこから聞いてみるしかない。
「……そういや、高校時代さ、俺ら四人でこっくりさんしたねぇ」
藤野くんがそう言うと、Rたちは互いにちらと目くばせしあってから答える。
「……うん、そうね」
ずいぶんテンションが低い。
その話題については、あまり話したくなさそうにしている感じが、ありありと伝わってきた。
藤野くんは酒が入っていることもあり、どうやらそこに避けられている原因がありそうだと理解するや、単刀直入に切り込んだ。
「あのさ、本当に俺がなんかしてたなら謝るよ。何気ない言葉が人を傷つけることもあるし、俺もまだガキだったから、自分が覚えていないそういう言葉で傷つけちゃったのかもなって思ってるんだ。せっかくの機会だから、言ってくれよ」
すると、彼らは再び目くばせしあって、ようやく意を決したように口を開いた。
「……最後にやった時さ」
「え、何?」
「最後にこっくりさんやった時だよ」
「最後?」
思い出そうとするが、いつが最後だったかの記憶すら曖昧で思い出せない。
「最後も何もさ、何にも起きなかったよね?ずっと」
すると、Rの表情がまた沈んだものになり、ポツリとこういった。
「……やっぱり何も覚えてないんだ」
そして三人は下を向く。
どうも尋常な様子ではない。
傷つける一言を言った言わないという、そういう話ではなさそうな雰囲気だ。
「……何があったの?最後に」
背筋が寒くなるような気分をおぼえつつ、藤野くんはそう尋ねる。
「……お前、覚えてないか?毎回こっくりさんをやるたびに、お前が十円玉を処分するって言って引き取ってたこと」
「え?そうだっけ……?」
本当に覚えていない。
確かにこっくりさんをするときは、使った十円玉の処分をしなければいけないはずだが、どうしていたかの記憶は全くなかった。
思い出せないでいる藤野くんの様子を見て、Rがため息をつく。
「やっぱり覚えてないか」
「え、え?全然覚えてない……」
残りの二人も、覚えていないことを責めるというよりは、やっぱりそうなんだ……という、強いていえばあきらめに近いような雰囲気を漂わせる。
「……で、最後の時って?」
藤野くんが聞いてみると、Rが何かを決意したように一つ頷いて、ゆっくりと話し始めた。
「最後の時な。その時も来なかったんだよ、何も。今日も何も起きなかったなって。それで、『いい加減もうやめようか?こっくりさん』って俺が言ったんだよ。そうしたらお前がね、こんなことを言ったんだ。『俺さ、十円玉処分するって言って、実は処分してなかったんだ』って」
「え、待って待って、俺、そんなこと言ったの?」
本当に一切記憶にないことなので、藤野くんとしてはただ驚くばかりだった。
しかしRたちはどうも藤野くんのそうした反応も織り込み済みのようで、「言ったよ」と簡潔に答える。
どうもその様子は、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「え?でもさ、それで、俺、処分してなかった十円はどうしたって?」
「……そうしたらお前がな」
「その前にさ」
Rが説明を続けようとしたところで、Sが話を遮った。
「こっち先に説明したほうがいいと思う。俺ら三人で言ってたんだよ。こっくりさん始めてから何回か経った頃くらいから、そう言えば、藤野のやつ、こっくりさん中ずっと黙ってるよなって。普通声に出していろいろ言うだろ?なのにさ……」
「……え?」
もちろんそのことも記憶にない。
Sは話を続ける。
「俺らさ、飴を舐めながらこっくりさんやってるのかなって言ってたんだ。口、もごもご動かしてるから」
聞いてはいけない。
この話は、絶対に聞いてはだめだ!!
本能に近い何かが藤野くんにそうささやきかける。
なんとなく話の進む先が見えたような気が、藤野くんにはしたという。
聞いてはいけない、しかし、ここまで聞いてしまっては、もう聞かないわけにもいかない。
「え……それじゃあ」
藤野くんが言いかけると、Rが話を引き取って、先程の話の続きを始めた。
「うん、それでな。お前な、『前回の十円玉が』って言い出して、口の中に手を伸ばして」
その瞬間だった。
テーブルに置かれていたグラスが勢いよく地面に落ちて、派手な音を立てた。
そのグラスは端っこにあった訳ではない。
むろん誰も手を触れていない。
何も飲み物を入れていない、乾いたグラスだったので滑るわけもない。
二次会に参加したクラスメイト達全員が驚き、粉々になったグラスを凝視する。
藤野くんも驚愕しつつグラスの破片を見つめていた。
すると。
「この話、やめた方がいいな」
「そうだな」
「じゃあ、俺ら帰るわ」
特に驚くようなそぶりも見せずに、Rたち三人は立ち上がると、お金を置いて帰ってしまった。
ただ、最後まで聞いていないとはいえ、そこまで言われたらそのあと何があったかはだいたい察しがつく。
ってことは、俺、毎回こっくりさんに参加する時、前回使った十円玉を口に含んで参加してたのか……?
そう思うが、全く意味がわからない。
そもそもその話を聞いても、自分にはその記憶が一切ないのだ。
あるとすれば前日に蘇った味の記憶くらいである。
だからしたのかもしれないとは思うが、そう思っても、なぜそんなことをしたのかの理由も思いつかない。
「……あいつら帰っちゃったけど、大丈夫か?」
「あ、うん」
こちらの様子が気になっていたのか、クラスメイト達は聞いてないふりをしつつも耳をそばだてていたようで、藤野くんに気を使っているような様子を見せた。
「でもまあ、こっくりさんとかしてたから、何かしらよくないことがあったんだと思うよ」
内容には深くは触れずに、藤野くんはそうやって話を流した。
他のクラスメイト達も、あまりそこには触れたくないようで「まあそうかもな」などといって話を切り上げようとしていた。
と、そこで何気なく藤野くんは尋ねてみたのだそうだ。
「そういやあいつらって、今何してんの?」
「ああ、あいつらなあ。いや、普通に大学出て就職したんだけど、なんか三人とも最初の会社でしくじっちゃったらしくて」
もちろん三人とも違う会社、職種に就職していたのだが、ほぼ同時期に会社を辞めたのだという。
「しくじりが原因で精神的に病んだみたいなんだわ。急に仕事ができなくなったとかでな。別に職場もストレスフルではないのに、突然イップスみたいになったんだとさ」
「イップス?」
「当たり前の動作ができなくなるっていうかさ……なんか三人とも、字が書けなくなったんだってさ」
「字が?」
「ああ、紙に字を書けなくなったんだと。パソコンで文章は書けるっていうんだから妙な話だけど、まあ、そういうもんなのかもな」
「そうなんだ……」
「まあ、手書きの書類仕事はどんな仕事でもあるじゃんか。なのに手で字を書こうとするとできなくなって、うわーってなって三人とも辞めて、パソコン関係の仕事を今はしてるとか聞いたよ」
三人のその症状がこっくりさんをやっていたことと関係あるのかどうか、藤野くんにはわからない。
しかし、一つだけ確かなことがある。
藤野くん自身には、何の影響も出ていないのだ。
むろん紙に字は書けるし、相変わらず当時のこっくりさんの記憶はほとんどないままだ。
「だからもう、考えないようにしてますよ、思い出さないほうが絶対にいいですから」
そう言いながらも藤野くんは、それ以降、毎回クラス会には参加しているという。
しかし、くだんの三人とはそれ以来、一度も言葉を交わしていない。
「多分お互いその方がいいんだろうなって」
周りも今は、そのことについては何も言わないのだそうだ。
——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第5夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第5夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/652441267
(14:20〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。