(甘味さん譚)さびれた村【禍話リライト】
廃墟に寝泊まりすることを趣味とする甘味さんから伺った話。
あるとき甘味さんは、とある山中にあるという施設の廃墟に行く計画を立てたのだという。
特にこれといった前情報も入れずに、昼間からその廃墟に向かってみたのだが、甘味さんの表現を使うなら、その廃墟は「昼間の段階でダメだとわかる」ものだった。
建物自体は鬱蒼とした森の中にあるわけではなく、かなり開けた場所にあったし、建物もきちんと残っている。
落書きなどもほとんどないし、窓も割られていなかった。
写真などで見れば、年季が入っているわりには小奇麗でよさそうな廃墟という印象だったのだが。
実際に行ってみると、その場所に着いてからというもの、ずっと何かに見られているような感じが拭えない。
もちろんちゃんと見回って、建物内に誰もいないことは確認済みである。
にもかかわらず、刺すような視線があちこちから向けられているような気がするのだ。
……見られてるよ、やだなあ……
特に、その視線が「足」にずっと向けられているのが気になってならなかった。
外にいても中にいても、自分の足をずっと見られているような気がするのだ。
むろん、廃墟探訪に行くわけであるから、甘味さんとしても露出のあるような服を着ていくはずがない。
ちゃんとしたアウトドア用の服装で来ているし、床を踏み抜いた時のために安全靴も履いている。
にもかかわらず、見られ続けているような感じがするのだ。
当初は嫌だなと思いつつも昼間だったのでそこまで切迫した恐怖は感じず、探索を続けていたというのだが。
奥の方の探索をしているときに、一つだけ細かい傷がたくさんついたドアがあるのに気付いた。
何だろうと思いつつも開けてみると、ものすごい量の靴が乱雑に放置されていた。
それを見た瞬間に、甘味さんは背筋がぞっとした。
最初はここに泊るつもりだったのだが、もうこんなところに泊まれない、と思った。
甘味さん曰く、廃墟で快適に寝泊まりするときにはこの「カン」が何よりも重要で、嫌な予感がする場所に無理に泊ると、何かしらひどく不快な目に遭うというのだ。
甘味さんはその建物からそそくさと退散すると、その日は山を降りたところにある小さな町に泊まることに決めた。
ところが。
あらためて行ってみると、ふもとの町もほとんど限界集落といった様相で、人はほとんどおらず、開いている店すらない。
ちゃんとしたところに泊ろうと思ってはいたのだが、旅館もないのだ。
どうしようかなあ……
人気のない街中で、甘味さんは途方に暮れてしまった。
時間的にも、もう夕方である。
困ったなあ、とは思ったがそこは廃墟寝泊まりマニアの甘味さんである。
法的には無論許されることではないのだが、これだけの限界集落だ。
パッと見たところ、明らかな廃墟があちこちにあった。
とりあえず嫌な予感がするところはやめておこう、という指針にのっとり、いくつかの廃墟にあたりをつけたのだが、一番感じがよかったのが昔写真館だっただろう建物だった。
人が住まなくなってから長いだろうことはうかがい知れたが、もともとの造りが堅牢なのか、それほど荒れている様子もない。
何よりも、入り口のガラス戸をそっと動かしてみると、鍵がかかっておらず簡単に開いたのだ。
うん、ここに泊まるか。
もう夕方だし、街中の廃墟であるため中で煌々と明かりを灯すわけにもいかない。
ざっと中を見回って異常がないことを確認すると、人目につかなそうな部屋に寝袋を出して、さっさと眠ることにしたそうだ。
夜中。
夢うつつ状態の甘味さんの耳に、何やら物音が聞こえてきた。
どうやら、建物の奥の方から写真を撮っているような声が聞こえてくる。
確かにチラッとみた時に奥にスタジオっぽいものがあったのだが、「ちょっと顎引いてね〜」とかなんとか、写真スタジオで撮影をしているような声が聞こえてくるのだ。
とはいえ甘味さんも寝ぼけている。
ああ、写真撮るのか……スタジオだもんね。
最初はぼんやり夢見心地でそう思っていたが、”あれ?”と気づいた。
ここは言うまでもなく廃墟である。
営業中みたいな声が聞こえてきてはならないのだ。
あらためて聞いてみると、奥からお爺さんのような声が聞こえてきている。
どうやら、あまり聞き分けのない客を相手に写真を撮ろうとしているような印象を受けた。
声の方向を見てみると、スタジオらしき部屋は真っ暗で、人の姿はない。
さらに言えば、聞こえてくるのはお爺さんの声ばかりで、撮られる側の人物の声は聞こえないのだ。
どうしよう?!
一瞬動揺したが、冷静に考える。
その日は、とても寒かった。
外で寝られるような陽気ではない。
万一、スタジオに確かめに行って、何かを見てしまい、恐怖におびえることになったら最悪だ。
どうせここから出るという選択肢は存在しないのだ。
それならば。
気配的にこっちにこなさそうだから、いいや。
甘味さんはそう結論し、耳栓で音を遮断して寝たそうだ。
結果的に言えばその予感は当たっていた。
朝起きてから声が聞こえていないことを確認し、奥のスタジオにあらためて行ってみた。
前日はすでに暗くなりかけていたので、異常がないかどうかを確認するため一瞬チラ見をしたくらいだったので、そこがどんな感じになっているか全くわかっていなかったのだそうだ。
朝の光が差し込んでいるなかで見に行ってみると、ちょうど昨夜の声がそっちに向かって話しかけてたな、という壁のところに、一つ写真の入った額縁が立てかけてあった。
小さな女の子が、不服そうな、ギューっとした顔で写っている。
体も動かしているのか、変に捩じれた姿勢だった。
撮られるのに随分抵抗していたんだろうな、というのが明白な写真だった。
これは確かに顎引けって言われるよね。
そう思うと同時に、言いようのない気持ち悪さに全身が包まれた。
こうなると、もう集落全体が嫌になってしまう。
甘味さんはさっさとその写真館を出ると、長居することなくそそくさと帰宅したそうだ。
——————————————————-
この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「禍話X 第5夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
禍話X 第5夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/652441267
(5:49〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。