(甘味さん譚)マネキンの上【禍話リライト】
廃墟に泊まり歩くことが趣味の女性「甘味さん」の体験談である。
廃墟に行くと、稀に人の生活感が見られることがある。
例えばホームレスなどがその廃墟を棲家にしているようなケースで、そういう場合大抵は、彼・彼女がねぐらにしている一部屋だけが妙に生活感に溢れていて、他の場所はそうでもない……ということが多いのだそうだ。
甘味さんもそういう場所に入り込んでしまうことはあり、それで慌てて引き返すことがあるのだそうだが、慎重に行動しているため、廃墟で人に会うこと自体は滅多にないそうだ。
そんな甘味さんが、廃墟で「やばい人」に会った時の話である。
例の如く甘味さんは下調べをしっかりとして、とある廃墟に泊まりに向かった。
そこは山の中に打ち捨てられた、何棟もある元セミナーハウス廃墟なのだが、内部は放置されて長いのでそれなりの経年劣化はあるものの、かなり良い状態だったそうだ。
ここ、いいなあ……
一通り見て回って、その廃墟が気に入った甘味さんは、一泊した後に帰るつもりだった予定を変更して、もう一泊することにしたのだという。
その日の昼のことだった。
廃墟の目の前に、車がやってきた。
あれ?
甘味さん曰く、その廃墟に来るためには途中から舗装されていない道を通らねばならない。
その道中は、舗装されていないだけでなく、岩や植物が鬱蒼と茂っていて、車は間違いなく傷だらけになってしまうだろうという悪路だった。
にもかかわらず、どうやらその運転手は、車があちこち擦るのも厭わず無理やりやってきたようだ。
廃墟内から様子を伺ってみると、運転手は男性で、何かを必死に探しているらしい。
身なりもきちんとしている、中年の普通の人であるように見えた。
なので甘味さんとしても、そこまで警戒するでもなく廃墟内をぶらついていたのだが、ふとしたところでその男性とばったり出会してしまった。
「あ、こんにちわ」
慌てることなく甘味さんは男性に挨拶する。
彼女としては慣れたものだった。
男性は少し驚くようなそぶりを見せたものの、つられて挨拶を返してくる。
「私、廃墟写真撮るのが趣味で、さっき来たところなんですけど、どうされました?」
甘味さんが適当なことを言ってその場を取り繕うと、男性は真剣な表情でこんなことを聞いてくる。
「どこかにマネキンの上半身だけが置いてある部屋がありませんでしたか?」
そんなものは見た覚えがない。
そもそもこの廃墟には、残置物も廃棄物もほとんどないのだ。
「いや、ないですねぇ」
「上半身だけなんですよ」
男性はずいぶん熱心に食いついてくる。
……知らないけどな。
少し鼻白みつつ、甘味さんは答える。
「なかったですよ」
「……そうかぁ」
その答えを聞いて、男性は肩を落としていた。
そのあと男性とは別れ、甘味さんは相変わらず廃墟内をぶらついていたのだが、男性はまだ必死に探し続けていた。
そのうち、1時間ほど時間が経ったのだが、まだ彼は探し続けている。
頑張るなぁ。
そう思った甘味さんは、男性に再び声をかけてみた。
「あの、つかぬことを伺いますが、その部屋に何か忘れ物でもされたんですか?」
「あ、いや息子がね……」
あ、自分じゃないんだ。
甘味さんがそんなふうに思っていると、男性は言葉を続ける。
「息子が、ここに肝試しに来たらしいんですよ」
男性の話によると、こんなことがあったそうだ。
息子さんたちは以前、夜にこの廃墟に肝試しに来た。
その時、曖昧な話なのだが、一階ではなく、階段を登ったどこかの部屋に、髪の長いかつらをつけた、おそらく女性のマネキンの上半身が、畳の上に立てて置かれていたという。
「なんだ、びっくりさせるなよ!」
驚いた息子さんが、照れ隠しもあって大声でそう言って、軽く足でそのマネキンを小突いたところ、マネキンは倒れてしまった。
慌てて元に戻そうとしたのだが、いくらそのマネキンを立てようとしても、どうしても立たない。
倒れてしまうのだ。
よくみると切断面も綺麗に切れていなくて、無理やり切られたようでガタガタになっている。
どうやら元々、そのマネキンは神がかったバランスで立っていたようだ。
それを崩してしまったので、マネキンはもう立たなくなってしまったのだ。
……まあいいや。
息子さんたちは諦めて帰った、というのだが。
「……それからうちは不幸続きでねえ。息子は上半身がちょっと……」
それだけ言って男性は黙ってしまう。
うわ、怖いな……
聞かなければよかったと後悔しつつ、「へえ、そんなことがあったんですねぇ」と表面上平静を装って返答する。
……でも、前日見回った限りではなかったよな。
そう思った甘味さんは、差し出がましいとは思いつつも、「私もかなり見回ったけど、そんな部屋ないですよ」とあらためて伝えた。
「そうですか……でも、探してみます」
男性はそう言うと甘味さんに会釈して、廃墟探索に戻って行った。
仕方がないので一旦外に出て、甘味さんは廃墟を見上げる。
これでは廃墟内でのんびり過ごすことなどできない。
この人帰るまでどっかで時間潰そうかな。
それにしても頑張ってんなぁ……こんな車で来て。
そう思いつつ男性が運転してきた車を見る。
車の側面には、登ってきた時についたのだろう傷がたくさんついている。
随分傷ついてるなぁ。
無理やり登ってきたんだろうな。
ひど……
そう思っていた、その瞬間。
甘味さんはあることに気づいた。
車の後部座席に、長い髪の上半身だけのマネキンが置かれていたのだ。
ゾッとした甘味さんは、荷物を掴むと一目散に一番近いコンビニまで逃げたそうだ。
そしてそのまま、その廃墟には戻らなかった。
彼は頭のおかしい人だったのか、それとも幽霊だったのか。
甘味さんには答えはわからないが、いずれにせよ知ったところでどうにもならないので、知りたいとも思わないそうだ。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第25夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第25夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/640255119
(14:51〜)
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