楽曲制作
リリック
普段
なかなか言えないようなことを
リリックに落とし込まないと
全くもって意味はない
空が青いねとか
おしりがかゆいなとか
あまりにナンセンス
誰でも言えることだったら
ChatGPTに書かせればいいし
いま隣にいる友達や家族に言えばいい
普段から言えることだったら
インスタライブでもすればいい
俺のリリックのインスピレーションは
俺自身であり
俺の人生
で
自分のラップを聴く度に
ああ
俺の人生ってなんて深いんだろう
とか
俺はなんて深い人間なんだろう
とか思ったりする
それの繰り返し
人間としての俺や
俺の人生
生き様について考え始めたら
あっという間に日は暮れるし
むしろ
日が暮れても
リリックを書き続けることを
楽しいと感じてる
書き続けられる自分に
酔ってる部分もある
自分が好きだから
というか
よっぽど自分が好きじゃない限り
自分の人生を曲にしたりはできないと思う
だから
声高に言うけど
俺は
ナルシストなんだよな
人に聴いてもらいたいとか
そういう承認欲求よりも
ああ
この曲書いてる自分かっけえな
とか
この歌詞のここの言い回しは最高だな
とか
自分で勝手に思って
ニヤニヤしてるだけなんだよ
もちろん
多くの人が聴いてくれたら
それはそれでうれしいし
知名度も上がるし
金も儲かるし
リスナーが歌詞の分析なんかし出したら
あーこれ作った甲斐あったな
とか思うんだろうけど
甲斐を求めて曲作ってるかって言われたら
そんなこともないし
なんだろう
ほんと
俺にとって楽曲制作ってのは
あくまで俺のやり方
一つの表現方法なだけであって
リスナーやファンを増やすこととか
金を稼ぐことは
目的でもゴールでも何でもない
時間
この文章を書くという行為ですら
リリックを考える上で
欠かせないことだと思ってる
つまり
この時間は
決して無駄じゃない
何か思いついたら
まずは文字に残せ
と親父に言われたしな
でも
例えば
クソみたいな飲み会のためだけに
わざわざ家を出たりはしない
俺のことを友達だと思ってくれてるお前らには
申し訳ないけど
俺は常々
お前が俺にとって
歌詞書く時間を惜しんででも
ともに酒を飲み
メシを食らうべき友達かどうか
じっくり考える
もちろん
寝るとかセンズリこくとか
そういう類のものは
必要な浪費だと思うけどな
浪費すべくして生まれてきた時間
というべきか
日本語ラップ
昔は
日本語ラップをダサいと思ってたし
猛烈に軽蔑してた
で
日本語ラップをダサいと思いながら
日本語でラップするのは
少し違うな
という思いがあったから
英語でラップすることにした
でも今は
日本語ラップへの嫌悪感が消えたから
日本語でリリックを書いたりすることも考えてる
表現者として
母語でリリックを書くことの意味はあると思う