envy ~サイン入りレコードA to Z (Donuts版) 第55回 envy (前編)
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レコード&昭和プロレス愛好家のゴベと申します。
今回は思い入れの強いバンドを取り上げたため、長文になってしまいました。
前後編に分けて掲載させてください。
第55回 envy (前編)
(2019年2月12日公開記事を再編)
1994年4月20日
三軒茶屋ヘブンスドアへ。
目当てのFIGHT FOR YOUR RIGHTがWRENCHに改名したことを知ったのは、会場に到着してからのことです。
対バンは知らないバンドばかりでしたが、2組のハードコアバンドがカッコよかったので大満足。
楽しかったので、打ち上げにも参加することに。
私が着ていたジ・アンダーテイカー(当時WWFで活躍していたプロレスラー)のTシャツに激しく反応したテッちゃんというヴォーカリストと仲よくなり、彼が在籍するBLIND JUSTICEのライブに通うようになりました。
現在のenvyです。
インターネットなんてものがない時代の情報源は、口コミとチラシでした。フライヤーではありませんよ。チラシです。
フライヤーなんて呼べるような代物ではなくて、コンビニでコピーした手書きのチラシを多くのバンドマンが配っていました。
個人情報なんてダダ漏れ。バンドマンの自宅の電話番号が普通に載ってるんですから。
(携帯電話を持ってる奴なんてほとんどいない時代の話です)
そんなわけで、しょっちゅうバンドマンの家に電話をかけてライブの予定を聞いていました。
連絡先が実家というケースも結構あって、電話をかけたらお母さんが出てびっくり! なんてことも一度や二度ではありません(笑)。
デモテープなんかも、メンバーから直接購入するのが当たり前でしたからね。SWITCH STYLEのデモテープだって、若かりしころの前澤友作氏から300円で買いましたよ。
未だに手元にある多くのデモテープの中で最も聴いたのが、BLIND JUSTICEの2ndデモ。
このテープに収められた8曲はデモとは思えないほどのクオリティで、アルバム感覚で聴いてました。
こちらも、ギタリストのビッチくん(飛田雅弘氏)から購入したものです。
BLIND JUSTICE
『BLIND JUSTICE '94』 cassette
1995年
当時はハードコアやミクスチャーロックバンドのライブで狂ったようにモッシュやステージダイブをくり返す日々を送りつつ、自宅ではさまざまなジャンルの音楽を楽しんでいました。
そのころ、最もライブを観てみたかったのが、Love Tambourinesです。
2月に出た初のフルアルバム『Alive』があまりにも素晴らしく、そのリリースライブが渋谷公会堂であるというので日付を確認すると、なんとBLIND JUSTICEの7インチ発売記念ライブと同日。
Love Tambourinesのライブを観てみたい気持ちは強かったものの、即座に断念して当初の予定通り、BLIND JUSTICEを観に行くことに。
彼らが初めて作った7インチのレコ発です。迷いはありませんでした。
結果的に、このツアーを終えたあとに解散してしまったLove Tambourinesのライブを観るチャンスを逃してしまったことになるのですが、後悔はありません。
BLIND JUSTICE(ということはenvy)がブレイクする瞬間に立ち会えたのですから。
(余談になりますが、元Love TambourinesのEllieさんとお話しさせていただいた際にenvyの話題になったことがありまして、なんとEllieさん、envyを好んで聴いていらっしゃるとのこと。驚いてこのエピソードを伝えました)
単独7インチのレコ発を成功させたBLIND JUSTICEは、続けざまに59 TIMES THE PAINとのスプリット7インチをリリース。
しかし、その直後にドラマーの佐藤宣貴くんが脱退。
BLIND JUSTICE / 59 TIMES THE PAIN
split 7"
河合信賢
- 1995年7月8日 @私が昔住んでいたアパート
「In The Middle Of The Rage」と「You Have A Voice...」を提供したオムニバス・アルバム『FAR EAST HARDCORE』のリリース前後に新ドラマーを加え、envyに改名。
その後、幾度かのメンバーチェンジを経て、深川哲也(vo)、中川学(b)、河合信賢 (g)、飛田雅弘(g)、関大陸(ds)の最強メンバーが揃ったenvyは、国内のみならず海外からも絶大な支持を受けるようになりました。
しかし、残念ながら彼らの飛躍する姿を目撃していません。
2001年から柔術という格闘技を習いはじめ、仕事と練習が生活の中心になっていた私は、ライブを観に行くことが少なくなり、彼らの快進撃を人づてに聞いていただけでした。
2013年某日
長年の格闘生活で抱えた身体の故障が悪化したため、ストラッグルというキックボクシングジムで担当していた柔術クラスを終了させていただいてから数ヶ月経ったころ、一本の電話がありました。envyのテッちゃんです。
「結成20周年記念に制作しているブックレットにディスコグラフィを載せるんだけど、BLIND JUSTICEの2ndデモテープを持っているメンバーがひとりもいないのでネットで調べたら、最初にゴベちゃんのブログが出てきた(笑)。貸してもらえる?」と言うのです。
彼らのライブに顔を出さなくなって10年以上経っているというのに、テッちゃんの口調は昔のままでした。
もちろん、断る理由などありません。デモテープの貸し出しと、20周年ライブを観に行く約束をしました。
2013年6月1日
リキッドルームで、envyの結成20周年ライブ『LAST WISH 20th Anniversary tour INVARIABLE WILL, RECURRING EBBS AND FLOWS』。
1曲目はまさかの「Guilt」。初期の人気曲です。興奮してクラウドサーフ&ダイブを敢行。
リキッドルームのような大箱を余裕で埋められるくらい人気のあるバンドになっていたことは知っていたけれど、それでも感慨深くて泣きそうに。
フロアで暴れている客が2、3人しかいなかったBLIND JUSTICEは、世界中を駆けめぐり、大きな大きな存在になっていました。
バックステージは同窓会みたいな感じで。久々に会うバンドマンたちと祝盃を重ね、打ち上げにも参加。
打ち上げ会場の居酒屋で、テッちゃんと中川くんにサインを入れてもらったのが、こちら。
BLIND JUSTICE
『THE WAYS OF KEEP LIVES』 7"
河合信賢
- 1995年7月8日 @私が昔住んでいたアパート
深川哲也 、中川学
- 2013年6月1日 @恵比寿の居酒屋
BLIND JUSTICEの7インチ。
信賢くんのサインは、この7インチが発売された1995年に書いてもらったものです。当時、住まいが近かった彼が遊びに来てくれたときにお願いしたんですよね。もちろん「ノブ・カタオ」ではありません。
なんで「男」って書いたんだろ? 意味不明(笑)。
たぶん、高田延彦の「男の中の男」みたいなことでしょうね。
そしてもう1枚。
envy / SIXPENCE
split 7"
KATO
- 1997年9月28日 @新宿 Antiknock
深川哲也 、中川学、河合信賢
- 2013年6月1日 @恵比寿の居酒屋
こちらは、テッちゃん、中川くん、信賢くんにサインを入れてもらいました。
よーく見ると、当時ドラムを叩いていたカトーくんのサインも入ってます。リリース直後に他の3人にも頼んだけど「やだよ、知り合いじゃん」とみんなに拒否されました。
カトーくんだけがサインを入れてくれたんですよね。ボールペンで(笑)。
20周年記念のブックレットもいただきました。
envy
『INVARIABLE WILL, RECURRING EBBS AND FOLWS =+TRACE』
ディスコグラフィーのページに、BLIND JUSTICEの2ndデモテープがちゃんと載っていてひと安心。
ビッチくんにテープを渡したのが5月15日。間に合って良かったです。
ということで、このブックレットが完成したのは私のおかげです(自画自賛)。
(後編につづく)
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