ノーリツ「wakaso!」は新規事業で社内を“わかす”——20年ぶり再開の新規事業提案制度を終えて
2021年に創立70周年を迎えた株式会社ノーリツは、神戸市に本社を構える企業です。給湯器やコンロを中心とした湯まわり設備を取り扱っています。
そんなノーリツでは2021年、社内から新規事業のアイデアを募る「wakaso!プロジェクト」をスタート。当社GOB Incubation Partnersがその設計と運営を担当しました。
4ヶ月間のプロジェクトが終わった今、プロジェクト全体を改めて振り返ってもらいました。
話を聞いたのは、wakaso!プロジェクトを運営した、株式会社ノーリツの西畑智宏さん(経営企画部部長)と高原妹さん(同部副参事)、そして実際にwakaso!に参加した横山綾子さん(マーケティング企画部)の3名です。
両利きの経営を目指した「wakaso!プロジェクト」、社員80名が応募
——まずは「wakaso!プロジェクト」立ち上げの背景を教えてください。
西畑智宏さん:ノーリツでは、2020年に国内事業の構造改革の必要性に迫られました。不採算事業だった国内住設システム事業から撤退すると同時に、希望退職を募り800名近い従業員が退職。あらゆるステークホルダーから「次の成長に向けて何をするのか?」という問いを投げかけられていたのです。
国内の世帯数も減少する中、既存事業だけではさらなる成長が見込めないこともあり、新規事業の重要性が増していったのです。
そうした背景があり、2021年に新たな中期経営計画をスタートさせ、打ち手の1つとして「新技術・新ビジネスモデル・新事業の創出」を掲げました。それを受けて、私たち経営企画部主導で「両利きの経営」を目指して新規事業を模索しました。その取り組みの1つが今回の「wakaso!プロジェクト」です。
——社内からアイデアを募る取り組みは今回が初めてですか?
高原妹さん:実は20年ほど前にも社員から新規事業の提案を募集する制度を立ち上げていました。当時、担当部署でそれを運営していたのが現在の腹巻社長だったのです。
ですから、新規事業に対しては腹巻社長としても強い思いがあったと思います。
——では、今回のwakaso!にはその当時の課題や学びも反映されているわけですね。実質的に1回目となる今回は、何名が参加したのですか?
高原さん:1次応募はおよそ80名からアイデアの提案がありました。
できる限りさまざまな職種の社員に参加してもらいたいと思っていましたが、やはり営業系の部署が多かったですね。普段から代理店に対する企画・提案を行っているので、企画書作りに慣れていることが、参加を後押ししたのかもしれません。それでも、少ないながらも総務などのスタッフ部門からの参加があったことには手応えを感じられました。
未経験でも応募しやすい設計を意識
——横山さんは現在マーケティング企画部に所属していますが、wakaso!参加当時は総務課だったんですよね。数少ない「非営業職」の1人だったわけですが、参加のきっかけは何だったのでしょうか?
横山綾子さん:もともと新規事業に興味があって、 企画の仕事にも携わりたいと思っていました。総務の仕事はどちらかというと内向きなので、他の部署の人たちと関わるきっかけがあったら自分ももう少し成長できるかなと期待を込めて。
——事務局としては、横山さんのような人たちを含め、全社員に参加してもらえるように工夫した点はありますか?
高原さん:新規事業の経験がない社員でも応募しやすい環境づくりは意識しました。応募のハードルが高くないことがわかってもらえるように募集要項の記載を工夫したり、新規事業に対してイメージが湧かない部分も多いと思ったので、何回か説明会も開催したりしました。
また新規事業というと難しいので、どちらかというと社員個人の想いを起点にした打ち出し方をしていました。それが世の中の困りごとの解決だったり、ノーリツをこんな会社にしていきたいという期待だったり。参加者それぞれのビジョンを形にできる場を作るよう心がけました。
——「wakaso!」という名称やデザインも親しみやすいですね。
高原さん:そこは、真央さん(*本プロジェクトを担当したGOBの奥平)たちに感謝しています。従業員に親しみを持ってもらうことに加えて、お湯が沸き上がるデザインでノーリツらしさも表現してもらえました。 個人的にもこのデザインが大好きです。
——今回およそ80名からアイデアの応募があったわけですが、その審査はどのように進めていったのですか?
高原さん:まずは経営企画部ですべてに目を通し、審査をしました。GOBさんと協力して、事前にアイデアを審査する観点を設定していたので、それに沿って審査し、最終的には11個に絞りこみました。
西畑さん:正直、想定していた以上の応募数で驚きました。会社として長年取り組んでいなかったので、社員としてもこうした場を求めていたのかもしれません。
——実際アイデアを見て、率直な感想を教えてください。
高原さん:まず感じたのは、みんな考えるのは似たようなことなんだなということです。やはり今の社会の潮流を意識したアイデアが多かったですね。
西畑さん:実は今回wakaso!とは別に、新規事業を作る取り組みとして私たち経営企画部でも部内で新規事業を検討していました。そこで私たちが当初考えていたものと、wakaso!で出てきたアイデアの中には、近いものが多々あった印象です。
高原さん:ですから次回以降アイデアを公募するタイミングがあれば、あらかじめ事業に関するインスピレーションを刺激してあげる取り組みが必要だと感じています。例えば応募をかける前に、新規事業を立ち上げた経験のある方を招いたセミナーを開くのもいいかもしれません。
4ヶ月間でアイデアを事業に育てる「アイデア育成プログラム」
——審査を通過した10名が参加する「アイデア育成プログラム」について教えてください。
高原さん:4ヶ月間、全8回のプログラムを通じて、アイデアを具体化し、ビジネスプランの策定、発表まで進めます。GOBさんの協力を受けながら、もう必死になって、一緒に走り抜けたという感じですね。
——参加者は通常業務と並行して進めることになると思うのですが、実際に参加された横山さんはどういうスケジュールで過ごしていたんですか?
横山さん:私の場合は朝4時か5時に起きて、出社前の7時くらいまで課題をやるという生活でした。その後も仕事の合間に社内の人にヒアリングをしたり、どうしても間に合わなければ夜にもまた。ハードでしたけど、とても充実した時間でした。
高原さん:事務局側から見ていても、想像以上に内容が濃くてハードでしたね。各回のプログラムもかなりインプット量が多くて、次の回までに課題も進めなければならなかったので、「 みんな仕事しながらで間に合う?」と心配していました。でも、私たち自身も本当に学びの多い時間でしたし、参加した社員は確実にスキルアップできたと思います。
横山さん:wakso!のプログラム中も、事務局から社内に向けて定期的に情報発信してくれていたので、同僚たちに「頑張って」と声をかけてもらえる機会も多くて非常にありがたかったです。
——普段の仕事も、家庭のこともある中で、横山さんが最後までやり切れた理由はどこにあったのでしょうか?
横山さん:今振り返ると、仕組みがよくできていたなと思うんです。3人ずつチームを組んで、Slackでお互いの進捗を共有したりして進めていたので、チームの士気を下げないためにも途中で投げ出せないなと思って取り組んでいました。
Slackで通知が来るたびにみんな頑張っているんだなと勇気付けられるので、全体的に士気が高い状態を維持できました。
「既存事業により主体的になれた」「会社への不満を愚痴で終わらせない」——新規事業を考えることで得られる視点
——4ヶ月間を通じて何か横山さん自身の中で変化は生まれましたか。
横山さん:シンプルに、仕事ができる量が増えましたね。また、今回のプログラムで一番重要だった「顧客視点」で物を作っていくように見方が変わっていきました。
私はずっと企画をやりたいと思っていましたが、アウトプットの場がなかったので、本当にいい機会でしたし、「企画に興味ある」くらいのラフな気持ちでもっと多くの人が参加してくれたらと思います。
会社の中でも「この仕事向いていないな」と感じながら仕事をしている人は正直結構いると思うんです。でも本当に向いているかどうかなんて、他の仕事を経験しているわけでもないのでわかりませんよね。本当は、向いているかどうかではなく、自分の仕事をどう捉えるかがより重要だと思います。私の場合は、wakaso!で自ら事業を考えることで、今の会社の事業自体により主体的になれたので、既存の業務にも、また違った視点で向き合えるかもしれません。
——事務局としては、そうした職場に戻ってからの成長も、プロジェクトの狙いの1つとしてあったのでしょうか?
高原さん:まさに「チャレンジする風土の醸成」は、今回の目的の1つでした。wakaso!を通じて経営的な視点をインプットすることで、事業計画を立案する上で重要なポイントや、財務的な視点を取り入れることができると思います。その状態で、社員がそれぞれの舞台に戻った時に、そうした視点を生かした提案が増えていけば素晴らしいですね。
西畑さん:新規事業への思いを「形にしていく」ステップは、一番大事だと思うんです。それを経験していることで、会社への不満を単なる愚痴で終わらせずに、実際に行動して変えていく方向に進められます。その「型」を知っているかどうかが大きな違いを生むと思うので、こうした取り組みは今後社員育成の面でも非常に大事だと考えています。
「アカンかったときにどうするか」“失敗”を会社としてどうフォローする?
——4ヶ月間の「アイデア育成プログラム」、その後の「社内起業プログラム」を通じて、結果的に今回は新規事業の立ち上げまで至るプランは出ませんでした。その辺りの難しさや手応えみたいなものは率直にどう感じていますか?
高原さん:そうですね。 改めて、新規事業を1つ生み出すことの難しさを感じました。
最終審査まで残った2、3のアイデアはとてもセンスを感じましたし、会社としての経営課題ともマッチしていました。ぜひ進めていきたいと思う一方で、収益構造やビジネスモデルがまだ甘いところがあったと思います。そのあたりをもう少し考えていく必要性があるように感じました。
——そうですね。ビジネスモデルに目を向けることは大切だと思います。一方で、あくまでもこの段階では「仮説」が何より重要なので、私たち含めた事務局やノーリツという企業として、収益性やマーケティングを見過ぎないような姿勢も大切にしていけるといいですね。
さて、話は変わりますが、今回wakaso!では、「失敗した時にどうするか」を非常に大切にしていたと聞きました。そういったアフターフォローの面は今後含めてどう考えていますか?
高原さん:腹巻社長にも当初から「アカンかったときにどうするか」については強く念押しされていました。たとえ事業が形にならなくても、通常業務に戻った時にその人を守ってあげられる環境を作らなければいけないと思っています。
——事業化できなかった時に「失敗した人」だと見られてしまうケースはありますよね。
高原さん:正直、これを具体的な制度設計に反映するのは、人事の事情もあるので、非常に難しいところです。
それでも、参加した人がその知見をうまく発揮できるような仕組みを作っていけたらと思っていますし、社内向けにも、チャレンジした人が損をしない風土を醸成していきたいと思っています。
——「失敗」を共有する機会を社内で正式に設けることも重要だと思います。wakaso!で何に取り組んで何を得られたのか、例えば通常業務に活かせることが何なのか、などを共有していくことで、「失敗」ではなく「チャレンジ」だというポジティブな認識に変わっていくように思います。
「非効率な新規事業」を効率的に進めるために、外部の知見が必要だった
——最後に、今回社内でこうした制度を立ち上げたいと思った時に、私たちGOBに声をかけた理由などがあれば、今後に向けて教えていただけますか?
高原さん:まずは、制度設計を進める上で私達の中で知見が乏しいこともあり、タッグを組める外部の企業を探していました。その中でGOBさんに声を掛けたという形ですね。
西畑さん:新規事業の企画は、非効率なことをしないとダメだと思うんです。いろいろなところにヒアリングに行ったり、細かいテストを重ねたり。でも、その非効率なことをしなければならないという前提の中で、それを一番効率よくするためには、やはりその専門家の知見を社外からでも取り入れることが重要だと感じていました。
——ありがとうございます。今回は「社内から新規事業を募集する」という大枠はありながらも、プロジェクトの詳細は、密にお話をしながら設計を進めていったと思います。そのプロセスについてこんなフォローがあればよかったのに、というポイントはありますか?
高原さん:本音で喋りますね。事業を立ち上げるプロジェクトに参画したのは初めての経験なので、他社と比較はできませんけど、対企業とのお付き合いの1つとして見た時に、 私には本当に1つも不満がありません。確かに事業が立ち上がらなかったことは残念ですが、そこまでの進め方については本当に感謝しています。
まずはプロジェクトを立ち上げる前の段階で、かなり密に連携をとってもらえたので、非常に安心感を持って進めることができました。また「アイデア育成プログラム」についても、その当日に熱意を込めてくださるのはもちろんのこと、それ以外のフォローが非常に細やかで感心していました。Slackで参加者との壁打ちに協力していただいたり、「いつでも聞いてきてね」という姿勢でいてもらえたことが、すごく安心しました。
また、変に私たち企業のレベルに合わせないプログラムを提供してもらえたことは非常にありがたかったです。もちろんカスタマイズしていただいた部分は多々あると思いますが、無理にこちらの要望に合わせるのではなく、「事業を作るには絶対にこのレベルが必要だ」という姿勢で型を提供してもらえたことに感謝しています。
——そう言っていただけるとうれしいです。
高原さん:その上で、私がもし参加者だったら、自分の発想が行き詰まった時に、「こういうアイデアはどうですか?」と横やりを入れていただく回数を増やしてもらえたらありがたいかもしれません。もちろん、できる限り参加者からの自発的な発想を大切にしてくださる姿勢は感じていましたが、どうしても自分だけだと思考が進まないことはあると思うので。
横山さん:私も、もう一度やり直せるなら、今度はもう少し早い段階から相談したいなと思いますね。一度相談して、「あ、こんな風に返してもらえるんだ」というのを知るまではやはり聞きづらさもありました。プログラムの終盤にかけてどんどん質問や相談が増えていったので、もっと気楽に相談できる機会があったらうれしかったですね。
——ありがとうございます。私たちとしてもアイデアの行き詰まりを解消できる機会をもう少し提供できたらと考えていました。おっしゃるように、私たちの介入が参加者の自主性を阻害する面もあると思うので、どちらかというと、参加者同士がお互いに壁打ちなどをして行き詰まりを解消できる機会を設けられたらと思っています。
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