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TOKYO=善意と悪意のサブスク状態


「東京の人って、退勤ラッシュで人にぶつかったくらいでは絶対謝らないですよね」

何気ない会話で出てきた話題が、今も若干ひっかかっている。


Xには、「都会は疲れる。東京の人は冷たい。住むところじゃない。地方に移住したい」というような愚痴が万年蔓延っていて、最近のスレッズに至っては、極めて釣りに近い「夫婦でFIRE、のんびり田舎暮らし」的アカウントを目にする機会も増えてきた。

たしかにその感覚は正しい。東京を離れたら生きるのが楽になったという人はこれまでもこれからもごまんといるだろう。東京には人を疲れさせる一面がある。それは間違いない。逃げたかったら早く逃げた方がいい。

ただし、「東京の人」という実態のあやしい存在を持ち出しては新鮮味の失われた言い回しで都会批判を唱える人たちに対しては、もうその話飽きたよ、と言いたくなるような、若干距離を置きたくなるような生理的感覚も一方で私のなかにはある。

純粋な東京生まれの人の実数は決して多くない。全国から東京に人が集まってきている。その人たちは、地元ではそうではなかったのに、東京に来ると急に冷たくなるのだろうか? だとしたら、東京という環境が人をそうさせていると言えるはずだが、東京って本当にそんなに病んだ都市なのか?


私は、ある一定数が感じる「東京の人の冷たさ」は、「決まったメンバー間での等価交換のしづらさ」に由来するのではないかと考えている。たしかに東京では、長期で家を留守にするときはお隣さん同士で家の様子を見張っておきましょうねとか、長年可愛がってきた君をかならず昇進させてあげようだとか、天塩にかけて育てたんだから介護は頼んだよとか、そういった類の約束が成立しづらい傾向にある。人間関係をうまくやっている人は別として、コミュニティとそこでのコミュニケーションからうっかり外れてしまった人は、等価交換の輪からも外れてしまいやすい。人によっては、その状況が極度の寂しさを覚えさせることだろうし、物理的に貧困などに陥るケースもあるだろう。都会での孤独死なんかは、等価交換の輪から外れた先に待ち受けている課題なんじゃないかと思う。20代の若者の孤独死も増えていると聞く。

特定の人間を捕まえておいて、お互いに贈与をし合いながら適度に借りを返し合うこと。そうしながら孤独から逃れること。その契約関係に自ら巻き込まれにいくのに現状一番手っ取り早い手段は、家庭を築き家父長制に組み込まれることかもしれない。だから、「夫婦でFIRE、のんびり田舎暮らし」とはある意味ではその真骨頂、象徴的な例といえる(異性愛者の金持ち以外は詰むシステムだが)。


東京という街ではその結びつきを作りづらい。それは事実だ。なにしろ、人が多すぎて磁力が弱まる。とはいえ、東京=決まったメンバー間で等価交換がしづらい=善意がどこにも流通していない、という等式は成立しないと思う。東京=冷たいというのも同じく、ちょっと違うと感じる。

例1:退勤ラッシュで人にぶつかったのに謝らない。これは状況上やむを得ないことも多いので悪意とは呼べないかもしれないけれども、少なくとも一般的に見ればマイナスの行為だ。でも東京の人は、歩きスマホなどをしていて自分も同じことをやってしまう場合もあるよなと、すぐに許し忘却する。〇〇さんが謝らなかったらしいと噂になることはまずない。

例2:駅で泥酔した人が階段から転げ落ちた。正直めんどくさいなかかわりたくないなという思いがよぎるけれど、放ってもおけないので声をかけてみる。そこで善意をはたらかせたとして、自分が得をする可能性、のちのち相手からなにかが返ってくる可能性はゼロに近い。けれども介抱する。

(地方でもこのようなことは起こるだろうが、人口密度の関係で遭遇数が段違いであるし、完全に匿名の存在としての相互の関わりは都会限定の事象)


最近私は東京のそういうところを、東京が人をそうさせることを、「善意と悪意のサブスク状態」と呼ぶのにハマっている。

等価交換ができないことをマイナスに捉えて嘆き、東京暮らしのストレスを抱え込んだまま孤独死することもできるが、別の言葉に言い換えて乗りきっていくこともできるんじゃないかという提言だ。

等価交換されずにありあまった(善意と悪意の)エネルギーは、じつは各所にプールされていて、放出の仕方次第では、東京は豊かになると思う。見方を変えれば、ダウンロード「し放題」のボーナスシティだから。

だったらさ、なるべく善意を積極的にサブスクに出そうじゃん。出して、強欲に他のものもインストールしていこう。善意は返ってこないかもしれないし、悪意は十倍返しされるかもしれないけれど、でも循環はしていくじゃん。

サブスクだと理解していれば、それが嫌じゃなければ、リスクをある程度受け入れる覚悟があれば、サブスクのシステムを使いこなせれば、東京は可能性に溢れた住みやすい街である。

(大阪で知らん人にもアメちゃんを配りまくるおばさまは、善意と悪意のサブスク界の頂点)

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