『地面師たち』 ハリソン山中とは一体何だったのか
この記事は『地面師たち』についてのネタバレを含みます。
『地面師たち』をご覧になっただろうか。視聴していなくとも、一部のセリフやシーンがSNSでネットミーム化しており、「おおむね、こんな作品だろう」、というイメージが醸成されていることと思う。
そしてそのイメージは概して外れていない。『地面師たち』はまさしくネットミーム的な作品だ。
ごく雑に要約すると、『地面師たち』はめちゃくちゃデカい金額が関わる詐欺事件に関するドラマだ。
物語は、精鋭の集まる詐欺師チーム、騙される側の組織の構成員及び詐欺師の痕跡を追う刑事という3つの視点で展開される。
どの登場人物も演技が真に迫っていて、設定も実話に拠っているだけあり概ねリアリティがあって切実で、騙す側、騙される側の両方に感情移入してしまうパワーがある。
中でも魅力的なのは無論、ダークヒーローであるところの地面師集団である。ピエール瀧が凄みのある関西弁で相手に圧を掛け、綾野剛演じるコミュニケーション力と機に長けた渉外役・辻本がなだめすかす。北村一輝は覚醒剤でラリった危うげな情報屋だ。紅一点の小池栄子は地主のなりすまし役の手配を担当しており、スパイのような百面相であらゆるところに紛れ込む。
まるで和製ミッションインポッシブルの様相なのだが、この中にあって、私に最後に残った感想、それこそ、ハリソン山中とは一体何だったのか?
豊川悦司演じるハリソン山中は、名実ともにチームのリーダーであり、存在感においてチームメンバーの引けをとっていない。物語は、ハリソンが海外の林間で熊に襲われ、猟銃で返り討ちにするシーンで始まる。この男の腹中には、どんな哲学が秘められているのだろう、と思わせる濫觴だ。
しかし、いざ詐欺案件が動き出すと、あまりハリソンが活躍する場面はない。トラブルが生じると、「アドリブでお願いします」と丸投げし、特に采配を振るうでもない。管理職の仕事ってそんなもんだと言えばそうかもしれないが、この男のやっていた頃はつまるところ、要所要所で暴力を振るうことに過ぎなかった。
大体において、ハリソンは人を殺しすぎである。自分で雇ったはずのなりすまし役も殺すし、かつて世話になった地上げ屋も殺す。自分を追い詰めようとする刑事ももちろん殺す。
などとのたまっているが、何あろう、全員ハリソン自身が手にかけているのである。
はっきり言って発覚のリスクも高い無駄な殺しも多く、綾野剛演じる辻本と出会ったときもコールガールを絞め殺しかけるなど、なんで娑婆にいられるんだよ、という体たらく。何のことはない、ハリソンに哲学も屁もなく、単に暴力や人が破滅する様子を見ることに快楽を覚える精神病質型犯罪者なのである。
そんな感じなので仕舞いには裏切りを招き、物語の佳境で地面師チームは窮地に追い込まれる。辻本たちが何とか乗り切るが、その傍らハリソンはわざわざ沖縄まで出向いて裏切り者を始末する。それ、今やらなきゃダメか?
裏切り者に対し、ねっとりと宣告するハリソン。趣向を凝らした拷問でも始まるのかな……と期待して見ていたら、かなりシンプルなリンチが始まって流石に笑ってしまった。そうだよね、「最もプリミティブ」って今言ったもんね。私が悪かったよ。その上、事が済んだ後の建物はなぜか派手に爆破される。フィジカルかつプリミティブが過ぎるだろう。フェティシズムの方向性がハリウッド側に振り切れている。
終わってみると、ハリソン山中はネットミームになるために出てきたようなキャラクターである。いや、ハリソンのハリボテっぷりにも関わらず、私は概してこの作品に満足している。「なんかおかしくないか、騙されてないか」と思いそうな状況であるにも関わらず、社内政治に突き動かされて止むに止まれず詐欺師の術中にハマってしまう日本的組織人のあり方にはリアリティがある。「こういうこと、ありそうだなあ」と思わされる。だって実際にあったことなんだもんね?
『地面師たち』はそういう日本的雰囲気を通奏低音にして、洋画的なバイオレンス・スペクタクルをウワモノとして融合させた作品であり、ハリソンはそのバイオレンス部分を一人で担わされたキャラクターであると言ってよい。
ラストにかけての展開には若干不満がないではない。辻本の父親を死に追いやった詐欺師が実はハリソンだったということが発覚した時に、インテリキャラの辻本が全く寝耳に水の雰囲気だったのにも、「それしかないだろ」という展開なだけに拍子抜けした。「寝首を掻くために付き従っていた」とかじゃないのか。何より、あれだけ好き勝手やったのだから、ハリソンが『模倣犯』の中居くんばりに爆発四散するのでなければ全然カタルシスがない。まあ、原作にも続編があるようだし、その辺を見据えたラストなのだろうが。
この話題ぶりで言えば、恐らく長くかからずに続編が決まるに違いない。その時こそ、ハリソン山中のフィジカルでプリミティブな散り際に期待したい。
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