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7.大田の若者達とDIT | 대전의 젊은이들


大田のまちなかを歩く

대전의 젊은이들과 함께 고기를 먹다.
デジョンの若者達と肉を食べる。
 
大田。
「おや、韓国語を喋るようになりましたね。以前会った時は全くでしたけど。」
2018年に福岡の全国まちづくり会議で会って以来6年ぶりのユン先生は、相変わらずの明るい雰囲気で我々を迎えてくれた。

忠南大学のユン教授。6年ぶりのリアル再会。気さくな先生だが、大統領と対話したことがあるほどの実力、影響力の持ち主。

大田(デジョン)に来るのは初めてだ。韓国第五の広域市で、人口150万人、行政機関が集中する日本で言えば筑波のような都市だ。ソウルからKTXに乗ると1時間ほどで辿り着いた。Google mapで見ると比較的新しい計画都市にも見えたが、駅の周辺の中心市街地は古く、歩いて動ける範囲にコンパクトな街があり、やはり中心は市場になっている。韓国の各都市には必ず市場がある。

マンションと低層住宅が混在する風景は大田など地方都市の風景の典型のようだ。
大田駅近くの中央市場ではお年寄りが楽しくランチする風景が

ユン先生は韓国で主に若者のセルフリノベーションによるまちづくりを先導する人の1人だ。彼はそれを、「ハンドメイド・アーバニズム」と言う。ソウルのような大都市とは違う手段で地方都市の街中を再生させようという意図だ。
一緒にまちなかを歩く。アンティークインテリアのカフェ、セレクトにこだわった本屋などいずれも30代の若手達が経営する店は魅力的だ。カフェはもちろんのこと、本屋の存在は結構重要だと思う。

アンティーク雑貨ショップ
アンティークのカフェで。DITT代表のチェ・アラム氏

彼と一緒に街を歩くと色んな人に「やあ」と声をかけられる。地方都市ならではという感じもするし、ドラマの1シーンのような感じもする。
本屋で本達を眺めているなかなか魅力的で時間を忘れそうだ。韓国語なのですぐに頭に飛び込んでくるわけではないが、多様なジャンルの面白そうな本が並んでいる。よく見ると日本の雑誌や小説も多くあるようだ。

街のほ本屋さんの若い店長に話しを聞く。日本の小説もよく読むとか。

「日本の小説は好きで良く読みましたね。ここにもほら沢山あるでしょう。」
お喋りをしているとお客さんが増えてきたが、皆若い人達だ。日本も韓国も同じだなと思うのは、大衆に売れる本だけを置く本屋はもはやなくなり、セレクトのいい本屋はのみが残る。なぜか。ネットでは出てこない品揃えがあるからだ。
大田について書かれた本がありますかと聞くと1冊紹介してくれた。そのエッセイを1冊買うと、ユン先生が酒の本をプレゼントしてくれた。好きでしょう?と。

ドゥ・イット・トゥゲザー

車で少し郊外に移動すると、セルフビルドでゲストハウス、アートスペースを作る若者達が快く迎えてくれた。いずれの空間もとてもセンスがよく、とてもセルフビルドとは思えない。これを1人で作るのはなかなか骨が折れる。そこでユン先生達が考えたのがDIT(ドゥ・イット・トゥゲザー)だ。要は個々の事業を推進する際に、学生なども含め作業の担い手を集めてします。そこで一気に施工するのが。後日彼のインスタを見ると、ストーリーズにDITのプロセスが動画で次々とアップされていた。


ゲストハウスを経営するイさんとユンさん
「spece 2u」はイさんとユンさんが経営する=이윤からついた名称だ
ベットルームもリビングもハイクオリティだ。

イさんとユンさんが経営するゲストハウス「spece2u」は実に魅力的な部屋だった。帰る間際にゲストが書くノートに日本語でメッセージを残してくれと言うので、サラサラと書き、最後に「ありがとう」と韓国語で書こうと思ったら、文字を間違えた。

감자함니다

一緒に行ったそうるzソウル在住の村上さんもメッセージを書く

「あはは、それだと、『ジャガイモします』という意味になっちゃいますね(笑)」
とユン先生が爆笑しながら嬉しそうに写真に収める。彼らには日本から来た「ジャガイモアジョシ」として記憶に残ったことだろう。

イベントルームとゲストハウスを経営する、キム・ウリ氏


アートが好きな彼のセンスで作られたゲストルーム。
イベントスペースは心地よい天井高と規模だ。
ウイスキー、ちょっと飲みますか?彼らも酒好きなようだ。

プルコギを食べながら

街中に戻り、皆で地元老舗のプルコギと焼酎を頂く。実に美味い。これが本場のプルコギなのか。
「今日はソウルまで帰ればいいんでしょ?」
と初日のキムさんと同じことを言われる。そうなのだ、帰れればいいのだ。いや、泊まっても良かったのだが。

地元の老舗(確か60年ぐらいと言っていたような)で皆でプルコギ、そして焼酎

韓国では酒の席で最後に年長者が人事挨拶し、皆んなで合唱する合言葉を言う慣習がある。
何の話をしたのか、サッパリ忘れてしまったが、とにかく笑いの多い飲み会に満足し、ソウルへの帰途についた。

後日ユン教授からメッセージが届いた。

「皆んな楽しかったみたい。韓国人と日本人、もっと交流しないとね。」

その通りだ。我々は様々なものが「近く」そしてちょっと「違う」。だからこそ互いに参考にできることが多いはずなのだ。

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