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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」前編

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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」の第一章から第五章を無料公開しています。(更新中)
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#北匈奴

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第一章(1)

第一章 草原の子 一    凹凸に富む砂と土と石塊の荒れ地は、はるか彼方へと続いていた。  目に入るのは、乾き切った硬い砂と土と石のほかは、たまに地面を這う雑草とまばらに生える低木ばかり。  左右を眺めても、振り返っても、母や父の姿はおろか人の姿とてない孤絶の世界であった。  灼けるような暑さ。恐ろしいまでの陽射し。少年は、フードを鼻の頭まで引き下ろした。  あまりの眩しさに眩暈がした。  少年は目を瞑った。どんなに耳を澄ませても、母の声は聞こえてこない。少年は砂漠の真っ只

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第三章(1)

第三章 草原を西へ   一    匈奴は文字を持たない。 それゆえ、『 後漢書』( 中国古代史書) のなかに、「元興元年、北単于は再び使いを敦煌に送り、遣子入侍を乞う」とする自分たちに関する記述のあるのを知らない。遣子入侍の候補となった本人も、むろんこれを知らない。  このとき、後漢朝へ送られそうになったのは、北単于の二子息のうち、弟の方であった。  名を鷲亞留と言った。  長じてからの鷲亞留は目立つことを避け、北単于の後を継いだ兄鷲亜羅を背後から支えることに懸命になった。