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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」前編

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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」の第一章から第五章を無料公開しています。(更新中)
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#長編小説

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第一章(1)

第一章 草原の子 一    凹凸に富む砂と土と石塊の荒れ地は、はるか彼方へと続いていた。  目に入るのは、乾き切った硬い砂と土と石のほかは、たまに地面を這う雑草とまばらに生える低木ばかり。  左右を眺めても、振り返っても、母や父の姿はおろか人の姿とてない孤絶の世界であった。  灼けるような暑さ。恐ろしいまでの陽射し。少年は、フードを鼻の頭まで引き下ろした。  あまりの眩しさに眩暈がした。  少年は目を瞑った。どんなに耳を澄ませても、母の声は聞こえてこない。少年は砂漠の真っ只

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第一章(2)

四    探検隊の一行は、荷物満載の大きな車に乗って進んだ。ジュアルとリンは交代で二頭引きの馬車を馭した。替え馬四頭が後ろに続いた。緊急事態の際、各人が馬で移動できるようにするためである。  道中、ジュアルらは時に先導し、時に殿軍を務めた。旅は順調に進んだ。  男三人は、ジュアルらに対して冷たくもなければ、温かくもなかった。要するにいかなる関心も示さなかった。  女の隊員エリーだけが、何かとジュアルとリンに気を使った。ジュアルらに一行の言葉を教えたのもエリーである。ジュアルら

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第二章(1)

第二章 草原を追われて   一    永元元年( 八九) の初め、 耿夔( 字 は定公) は、 車騎将軍竇憲( 字は伯度) の仮司馬となり、北匈奴を伐つことになった。  耿夔は、勇猛な性で若くして知られた。匈奴を憎むこと、蛇蝎のごとし。竇憲の命を受けてつねに奮戦し、寧日なき戦いの日々を誇りにした。  耿夔の密かに見るところ、竇憲の人間性には、はなはだしく問題があった。平時では、とうてい仕えるに値する人物ではない。その長所は、ただに勇猛果敢の一点のみにあり、外戚の立場を利して

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第二章(2)

四    於除鞬の動きをよそに、北単于は、わずかな数の部下とともに北へ北へと落ちた。  これまでの日々、 することなすこと鶍の嘴の食い違いをみせた。 北単于は、 心底、 打ちのめされていた。 ( 南単于は、してやったりと北叟笑んでいるであろう。が、考えまい。すべては、わたしの統率の拙さが招いた結果だ。さて、われらはどうするか)  北単于の小集団は、極寒の草原をあてどもなく彷徨った。逃げ散った羊の群れを掻き寄せてはみたものの、数は知れている。飢えに悩まされた。  北単于は、少し