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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」前編

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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」の第一章から第五章を無料公開しています。(更新中)
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2023年8月の記事一覧

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第五章(2)

四  ジュアールは、報告に出向くゴリークとともにバランベルの本営への帰路を急いでいた。草原には心なしか春の息吹が感じられる。名もない草の花がほんのわずかであれ、目にとまった。 「いまになっていつもの春が舞い戻っても、もう元には戻れませぬ」  ジュアールは慨嘆した。 「ううむ。東ゴート族を無慈悲に追いつめなくてすんだかもしれぬな。あまりに殺しすぎた。ジュアール、わが軍の次なる動きはどうなる。主上はまだまだ殺し足りぬと言われるであろうか」  物事の終わりは次の始まりである。ゴリ

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第五章(1)

第五章 西走西討   一    フン族の民は、自分たちの先祖のことをわずかしか記憶していない。  文字を持たぬ民には口伝えが残るのみ。それによると、自分たちの先祖は故地を追われて、東方はるか彼方から草原と水を求め、長い歳月をかけて西方への旅を続けてきた。  天山山脈だの、康居だのといった舌を嚙みそうな地名や、さらには、エンバ川、ウラル川、ヴォルガ川などの川名が、フン族の数少ない記憶の一部として残されている。水なくしては生きられないゆえに、大切な名として残ったのであろう。  し