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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」前編

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「北匈奴の軌跡 草原の疾風」の第一章から第五章を無料公開しています。(更新中)
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2023年7月の記事一覧

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第四章(2)

三  その年、冬将軍の跳梁は常軌を逸していた。  雪は降り荒び、ものみなを白一色に染め上げた。吐く息すら凍るかというほどの極寒は、何日も居座ったままで、生きとし生けるものを恐怖させた。  二十四時間火を焚き続けても、人間を凍らせないようにするがせいいっぱいで、家畜は一声悲鳴を上げると、斃れていった。 「春さえやって来れば……」 「もう二月の辛抱だ」  人々は暗い顔で天を仰ぎ、語り合った。  だが、春が巡ってきても暖かくならなかった。人々は天を呪った。夏であるはずの季節に至っ

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第四章(1)

第四章 さらに西へ   一    少年は、秘密の場所三つに仕掛けた罠の見回りに遠出した。馬で半日もかかるが、罠に掛かったウサギが、背を丸めて全身をさらす姿を見つけると、馬に乗りづめの苦しさなぞ、吹き飛んでしまう。  その日も二ヵ所で獲物を二匹手に入れた。少年は袋に無造作に放り込むと、思わず拳を振り上げ、 「やったぞ」  と、叫んだ。残る一ヵ所はさらに遠い。そこは少年の部族の縄張りのはずれに近かった。少年はそのあたりで、異民族の男たちが馬で駆けてゆく姿をしばしば見かけた。総じて

「北匈奴の軌跡 草原の疾風」第三章(2)

三    緑洲一帯は、果樹の香りに家畜の臭いが混ざり合い、人々の交わす声々に家畜の鳴き声が交ざって、独特の空気を醸している。 「ここを発つと当分の間、緑洲はないそうです」  ボルテがいろいろ仕込んでくる。鷲亞留は頷くと、緑洲の彼方に視線を投げた。 (水は、どこかから来てどこかへと流れる。緑洲とは、その流れがたまたま地表に顔を出したものであろう。さすれば、この近くに異なる緑洲があってもよさそうなものだが、ここにしか水はないという。やむなく大量の水を携えるとしても、旅を続ける限り