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立ち上げメンバーから思いを託された、タツヲ焼きの"SEASON2"
シーホース三河のホームゲームでは人気の定番アリーナグルメとなった「タツヲ焼き」。今回は5期生の5人にスポットを当てて、先輩から後輩へと引き継ぎられ年々活動の幅が広くなっていく地域活動を見ていきたいと思います。前回に引き続きライターの山田智子さんに夏〜冬にかけて取材していただきました。この物語は、SEASON3,4と続いていきそうです。
(シーホース三河note事務局)
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「優勝することは本当に難しい。けれど、勝ち続けることはそれ以上に難しい」
取材をしながら、シーホース三河に数々の栄光をもたらしてきた柏木真介選手の言葉がふと頭をよぎった。
ビジネスの世界でも同じことが言えるかもしれない。成功すること自体も簡単ではないけれど、それを何代にも渡って維持していくことは並大抵のことではない。「0を1にする」と「1を10にする」では全く違う能力が必要になるからだろう。
以前にも紹介した、愛知県立高浜高校 地域活動部SBP班とシーホース三河とタレント契約しているマスコットのタツヲによる「Sの絆・タツヲ焼きプロジェクト」。2019-20シーズンの初回販売時に1年生だった4期生が昨春卒業し、新たな段階へと入った。「1→10」へステップアップをした「タツヲ焼き」のSEASON2を追った。
行列解消のために、焼き台を新設
これまでのタツヲ焼きプロジェクトについては、前回の記事をお読みいただきたいのだが、愛知県立高浜高校 地域活動部SBP班は「自分たちだけ良くなるのではなく、自分たちが頑張ることで、みんなと一緒に笑顔になりたい」を活動理念に、タツヲ焼きを含む「Sの絆焼き」プロジェクトに取り組んできた。
この理念を実現するために、高浜高校 地域活動部SBP班は「先輩の取り組み」を「後輩が引き継ぎ」「持続的に発展」させることを大切にしている。先輩たちが築いてきたものに、その代の部員それぞれのカラーを加えて、後輩に渡す。タツヲ焼き“創業メンバー“からのパスを受けた5期生、部長の神本眞衣さん、副部長の平田麻里さん、豊田小春さん、セゴヴィア・ドロティ・ベールさん、竹山忍さんの5人。彼女たち加えたのは、「より多くの地域の方に知ってもらいたい。地域の方と関わって、たくさんの笑顔を届けたい。そのために持続可能な活動にしていきたい」という“色”だった。
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最初に取り組んだのは、先輩たちと計画してきたタツヲ焼きの新しい焼き台を製作すること。どんなに人気のある商品でも、時間が経つにつれて徐々に行列は落ち着いていくものだが、タツヲ焼きは3シーズン目を迎えても、毎試合30分以上の待ちが続いていた。整理券を配布するなどオペレーションの改善を図ってきたが、提供数を増やさない限りは根本的な解決にはならない。そこで2022-23シーズンは前年の収益で新たな金型を増大することにした。
「どんな金型だったらお客さまに喜んでいただけるだろう」と話し合い、新デザインはお客さまと一緒に考えることに。試合会場でアンケートとデザインの公募を実施すると、小さい子どもから大人まで幅広いお客さまからたくさんの力作が寄せられた。
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どのデザインにするか、何度もミーティングを重ねた。決め手となったのは、タツヲの決めポーズでもあるI love youのハンドサイン。「今までの型はタツヲくんの顔だけだったので、ポーズがあった方がいいなと思って」(神本さん)、ハンドサインをしたタツヲを新デザインに決定した。
5期生らしさが表現されたのは、目の部分だ。別の応募者のアイデアを取り入れ、目はウインクさせることに。さらに10個の型のうちの1箇所をハート型にした。見つけたら幸せになれる?レアデザインで、お客さまにより楽しんでもらいたいと考えたのだ。
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「1個だけラッキーなハートの目のタツヲくんがいたら可愛いし、お客さまにも喜んでいただけるんじゃないかという意見が出て。私もあったらいいなと思っていたので採用しました。
実は応募された案の中に、ウインクしているデザインと、目がハートになっているものがあったんです。さまざまなお客さまの意見をできる限り叶えたいという思いもあったので、アイデアを組み合わせてデザインしました。応募してもらった案の良いところをいっぱい集めて出来上がった金型だと思っています」と神本さんは満足げに語る。
平面のイラストを立体にしていく作業は、イラストが得意な竹山さんが中心になって進めた。どこを強調したいのか、どこを深くしてどこを高くしたいのか、平面のイラストを描いたデザイナーに希望をヒアリング。それをもとに種型を作る鬼師に実現可能かを相談し、不可能な箇所があったときは再びデザイナーと話し合い、修正デザイン案を作成する。それを再度、鬼師に見てもらう……と、10往復ほど繰り返しながら、数ミリ単位で調整をしていった。デザイン決定から金型が仕上がるまでは最短で3ヶ月、長い時には半年を要する。タツヲ焼きの新デザインの場合は4ヶ月ほどかかったそうだ。
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2022年12月3日のサンロッカーズ渋谷戦で新デザインが初登場。販売はますます好調で、2022−23シーズンは目標販売数を大きく上回り、過去最高の5922個を達成。100人の子どもたちを試合に招待した。
愛知県外でも販売。富山、横浜BC戦でも大盛況
もう一つ、先輩から引き継いだ宿題がある。4期生が主体となって計画していた3月の千葉ジェッツ戦での販売が新型コロナウイルスの影響で前日に中止が決定。4期生の川上司希さんは「僕たちはコロナ禍もあり、アウェーでの販売や全国の高校との交流があまりできませんでした。ゆくゆくはBリーグのクラブがある県の高校生が運営する○○焼きができて、高校生の力でBリーグ全体、さらには日本のスポーツを盛り上げていけたらいいなと思います」と後輩に思いを託していた。
その考えを受け継ぎ、2023年2月11日の富山グラウジーズ戦で、初の県外での販売を実現。前年の夏に三重県伊勢市で開かれた全国高校生SBP交流フェアに参加していた富山県立滑川高等学校に声をかけ、合同で出展した。
タツヲ焼きは毎回2種類の味を販売している。アウェーではそのうちの一つをその地域にちなんだものにしている。例えば、中止となった千葉J戦では「ピーナツ味」。富山戦では、
滑川高校から富山県にはやわらかくてジューシーな「あんぽ柿」という干し柿があるとの提案を受け、クリームチーズのあんの上にあんぽ柿を細かく切って散らした「あんぽ柿入りクリームチーズ味」を考案した。
これが大好評。事前の告知では、購入は一人2個までとしていたが、あまりの人気に急遽一人1個に変更。この日の入場者数は1573人だったにも関わらず、過去最高の販売数を記録した。実に約3人に1人が購入した計算だった。
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3月22日の横浜ビー・コルセアーズ戦では初めて”惣菜”タツヲ焼きに挑戦した。一緒に販売する横浜市立横浜商業高校のバスケ部メンバーが提案してきたのは、なんとシュウマイ味!しかも横浜商業高校は豚のミンチと玉ねぎで「シュウマイの味」を再現するのではなく、「シュウマイを丸ごと入れる」ことにこだわった。
「これまではスイーツ系ばかりだったので、惣菜系が合うのか少し不安でした。私たちの中ではシュウマイをそのまま入れるのはやめたほうがいいんじゃないかという話も出たんですけど、横浜商業高校さんからシュウマイをそのまま入れたいと強い希望があって。SNSでも『シュウマイ、すごく楽しみ』という声も見られたので、挑戦することに決めました」(神本さん)
醤油を入れるか、グリンピースの有無など、試行錯誤を重ねた。「醤油は入れると焦げやすくなってしまうので、断念しました。少し薄味になってしまうかなと心配したのですが、実際に試食してみたら美味しかったです」。最終的には納得する味に仕上がったと神本さん。
ナイターということもあり、売れ行きが懸念されたが、シュウマイバージョンは即完売。「横浜商業高校との連携もすごくよかったです。接客の合間に、『商業科ってどんなことを学ぶんですか』『福祉科ってどういうことをするんですか』とすごくいっぱい話をしました」と神本さんは声を弾ませながら出張販売を振り返った。
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県外出店で新たな絆を築いた一方、「私たちの代は、地域の方とたくさん関わりたいという思いがあり、オフの期間を中心に地域のいろいろなところに出店したことも大きいと思っています」と神本さんは胸を張る。
高浜市のお祭り、地域のショッピングセンターや公園へ積極的に出店。学校で学んだ福祉の知識や経験を活かして、高齢者福祉施設へも訪問した。タツヲ焼きはシーホース三河のアリーナグルメ以上の存在になり、地域に応援の輪を広げていった。
これはシーホース三河から見ても喜ばしいことだ。オフでチームの動きが少ない時期に、高浜高校がタツヲ焼きを通じてシーホース三河の認知度を拡大してくれる。「地域のために」という同じミッションを持つ両者のシナジー効果は随所に発揮されていった。
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一緒に楽しみたい。ワークショップを初開催
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「販売だけではなく、地域の方に別のアプローチはできないか」と考え、4月22日の横浜ビー・コルセアーズ戦では、初のワークショップ「みんなで笑顔!高浜高校SBPと一緒にタツヲ焼きを作ってみよう」を開催した。
参加者は、タツヲ焼きに入れるクリ-ムを、カスタード、チョコレート、いちご、バニラ、キャラメルの中から最大2種類、トッピングをクッキー、チョコレ-トなどのお菓子から最大2種類から選び、自分だけのオリジナルタツヲ焼きを5個作ることができる。
「一番考えたのは、安全面でした。子どもが火傷したら危ない。小さな子どものために台を用意するべきか、それともトッピングなど別のことをやってもらうか。時間をかけて話し合いました」(神本さん)
シミュレーションを重ねて、当日の段取りを何度も確認した。何十通りもあるオーダーを間違えないよう、お客さまに記入してもらうシートを用意。調理の手順や安全面の注意事項を明記した説明書も用意し、万全の準備で当日を迎えた。
「お客様にも作っていただくことで、一緒に楽しめたのが良かったです」(豊田さん)
「焼くのは結構難しかったり、熱かったりするので、『うまく焼けて、すごいね』と誉めていただくことが多くて嬉しかったです」(ドロティさん)
ホームゲームでのワークショップを経て、1年生からは「障害者施設でワークショップをやってみたい」という声が上がったという。
「もともと福祉に関わったことをやりたいという意見が多くありました。今回のワークショップを参考に、障害者施設でも販売するだけではなく一緒に作りたいという意見が出てきました。叶えてあげたいなと思います」(神本さん)
最終学年になった5期生は、受け取った伝統に、自分たちの個性を加えて発展させるところから、徐々に次の代へと受け継ぐ頼もしい先輩へと成長していた。
伝統とオリジナリティを融合させ、持続可能な活動に
現1年生はこれまでで最多の14人。新入生向けの部活説明会でのプレゼンテーションを工夫したことが功を奏した。
「単純にどんな活動をするかを紹介するだけではつまらないと思ったので、自分たちが実際にSBPに入ってどんなところが楽しかったかをアピールしました。
料理の好きな子はタツヲ焼き作りを担当できるし、人と関わるのが好きな子は販売を通していろいろな人と話ができる。イラストが好きな子の活躍の場もある。そうしたいろいろな楽しさや、自分の力を役立てられる選択肢があることを強調しました」(神本さん)
いろいろなタイプの人に活躍の場がある。適材適所。まさに5期生がそうだった。人と話すことが好きな神本さんと、同じく人と関わることが好きで、お父さんがシーホース三河のファンだという豊田さんは接客を担当している。料理をすることが好きなドロティさんは調理で大活躍。廃棄率を限りなく0に近づけ、卵の値段が倍以上になる中で値上げせずに乗り越えられたのは、彼女の卓越した焼き技術によるところが大きい。イラストが得意な竹山さんは前述のとおり金型製作を任されている。
しかも楽しいだけでは終わっていないのが、彼女たちの優れたところだ。5期生は“ビジネス”としても「革命を起こした」と高浜市・高橋貴博さんは感心する。というのも、これまで高浜市などのサポートを受けてきたアウェー販売にかかる経費をすべてタツヲ焼きを販売した収益でまかなったのだ。細かいところでは、現地の高校生の交通費、タツヲさんの遠足費、担当のシーホース三河スタッフの出張費も収益から捻出した。つまり、事業として完全に独り立ちさせたのだ。
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神本さんは言う。
「自分たちが楽しいことをやるというのは基本ですけど、私たちが目指している笑顔を実現するためには活動を継続・持続しなければいけません。これからも自分たちががんばり、皆さんの応援の輪の中で活動していきたいと思っています」
2024年3月2日大阪エヴェッサ戦で、2023-24シーズンも目標の5000個を達成した。過去最速での達成だ。5000個目を購入した女性ブースターは「タツヲが好きなのと、子どもたちを招待している活動を応援できればという気持ちで購入しています」と話す。
昨年10月から始まった2023-24シーズンは1年生が中心で出店しているが、この日は卒業を間近に控えた3年生も最後の販売に来ていた。
「達成感がすごいです。すごくいい経験をさせてもらったので、将来に活かしたいと思います」(神本さん)
「経験を積むことで楽しさが増していったので、もっともっと部活をやりたかったです」(ドロティさん)
5期生が積み上げたレガシー、そして「もっと」という思いは、後輩たちへと確実に受け継がれていくだろう。
「新しい選手が来ても、元々いた選手が教える。その繰り返しで勝ち続けるチームカルチャーが作られていく」。柏木選手の言葉を体現するように、愛知県立高浜高校 地域活動部SBP班は強固なカルチャーを築きつつある。