ナッジ研究者がお答えします⑦:提案を笑われました
「職場でナッジを提案しましたが、上司は全く聞く耳を持ってくれず、“ナッジ?変な名前だ“と笑われました。どうすれば、わかってもらえるでしょうか?」(A県庁Sさん)
ご質問ありがとうございます。まずは大変な思いをしましたね。実はSさんの気持ちは多くの行動経済学者が共感できるんです。行動経済学はなかなか認められてこなかった歴史があります(詳しくはノーベル賞経済学賞受賞者Rセイラーの「行動経済学の逆襲」にて)。そもそも行動経済学はなかなかわかってもらえない運命にある学問なのかもしれませんね。
その上で、お答えします。お話しを聞く限り、その上司はバイアスが強そうなタイプのイメージですね。さて、人間が物事を判断する際には、利用可能な情報を過度に重視し、現状維持を愛するといった性向があります。このため、革新的な提案は原則として却下されやすいです。
具体的に言うと、①今まで慣れ親しんだ価値観を捨て②新しい情報を受け入れる、というプロセスは、人間心理にとって、本能に反することなのかもしれないのです。特に①は保有効果(一度手に入れると、その価値を2倍以上高く評価する心理)も相まって一筋縄ではいきません。「考えを変えたくない心理」が2倍以上だとしたら、それを押し返すためのパワーはもっと強くないといけません。
相手が理性的であれば、論理的説得によって考えも変わるかもしれません。しかし、バイアスが強い相手だと、一度却下した内容を再度認めるのは難しいです。ここはナッジを使ったアプローチを考えていきます。
例えば相手が権力バイアスが強いのであれば「ナッジの提唱者はノーベル賞受賞」「政府も推奨」といった情報を前面に出すのがよいでしょう。
現状維持バイアスが強い場合、「よくわからない理論なので、まずは却下してみよう」という可能性が強いので、ワンポイントナッジ講座的な欄を作り、「実は今まであなたもナッジを使っていました」と歩み寄るのもよいでしょう。
最後に、私が相手のことを笑ってしまった過去をお話しします。
40年前、祖母は写真に写った自分の眼が赤く光るのが嫌で、マジックで自分の瞳を黒く塗りました。私は「写真に加工するなんて」と笑いました。
35年前、近所の床屋さんが骨とう品のコレクションと提灯の製作を始めました。私は「床屋さんなのにおかしいよ」と笑いました。
25年前、友達と行ったバーが禁煙なのを見て、友達がバーテンダーに笑いながら言いました。「こんな殿様商法してたら、すぐにつぶれるよ」
今、私は笑ったことを反省しています。
時代を先取りしている人は、それに気付かない人に笑われることもあります。私は、自分の常識に反したことを目の当たりにしても、頭ごなしに笑うことだけはしないようにしています。
Sさんを笑った上司も、笑ったことを10年後に反省するかもしれません。
※ちなみに近所の床屋さんは、青森のディープスポットとして人気です。
参考になりましたら、嬉しいです。
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