博士がゆく 第4話「わからないことはわからない」
「どう考えてもコントロールが足りない」
博士(ひろし)は指導教員に指示された実験のプロトコルを作成しているが、どう考えても1つコントロールが足りない気がする。
「でも、先生はこのコントロールはいらないって言ってたしな」
1時間ほど前に、ようやく新しい抗原抗体反応の条件検討に成功したウェスタンブロッティング。それをみた指導教員は興奮しながら次のやるべき実験をまくしたてたが、博士はそれを完全に理解することはできなかった。指導教員に圧倒されて、よくわからないままうなづいてしまった部分も実はかなりある。
指導教員の話を聞きながら取っていたメモを見てみるものの、理解していないままとったメモにどれほどの価値があるだろうか。博士はラップトップに視線を戻し、Googleに答えを聞こうとするも、Googleに聞くべき質問も思いつかない。頭を抱えていると、画面のポップアップが急に開いた。
「ん?」
博士がいぶかしげにポップアップを確認すると、そこにはあの青いやつがいた。
どうやってそんなところに入ったのか。ご丁寧にチャット機能がついている。
「やぁ、じゃない。どうやってそんなところに入ったんだ?」
チャットウィンドウに書き込んでみると、返事が返ってきた。
「さっきひろし君がダウンロードした論文に紛れさせてもらったよ」
やり口がウィルスと同じだ。見た目は細胞のくせに。そんなことを考えていたらチャットウィンドウが動いた。
「実験がうまくいったのに浮かない顔をしているね。今日はどうしたんだい?」
「先生に次の実験を指示されたんだけれど、プロトコル作成がうまくいかないんだ」
チャットウィンドウに返事をぱちぱちと打ち込んでいく。
「それはなぜだい?」
「先生が必要ないといった実験コントロールが、なぜ必要ないのか理解できない」
こいつもキーボードを押しているのだろうかと、ふとおかしなことを想像したが、すぐに消した。こいつはウィルスだった。
「そうなんだね。先生にはそのことを聞いてみたかい?」
「ミーティングの時に質問した」
「先生は質問に答えてくれたがちゃんと理解できなかったんだ」
「それでラップトップの前で頭を抱えていたわけか」
かれこれ1時間ほど、その答えを探すために論文を探している。その時にダウンロードした論文にこいつが混じっていたんだな。
「先生に、もう一度説明してもらうよう頼んでみたかい?」
「そんなことできるわけないだろ!」
「なぜだい?」
「一度説明されたことを、もう一度説明するように頼んだら、先生の説明がわかりづらかったみたいじゃないか」
「それに、こんなこともわからないのか、って失望されたくない」
返事を打ち込んでから博士は周りを見渡したが、他のメンバーは授業に出席している。タイミングがよかった。こんなチャット画面を誰かに見られたくはない。
「それは違うよひろし君」
「わからないときはわからないと言っていいんだ」
「わからないことはわからない」
「わからないまま放置したり、わからないまま動きを止めてしまったり、わからないまま実験を進めたりする方がとても危険だよ」
「先生が給湯室にきたときにでもつかまえて、質問してみたらいいんだ」
「失望されないかな?」
「しないさ。ひろし君の先生だって最初は何も知らなかったんだ」
「もし失望されたら、あの先生とは縁を切るべきだ。無知だったころの自分を忘れ、自分の下手な説明を棚に上げ、学生の学ぶ意思を尊重しない先生のもとでは、ひろし君は成長できない」
「僕がほかの先生のパソコンに侵入してひろし君にぴったりの先生を見つけてきてあげるよ」
「それはやめてくれ」
ふっ。と少し笑いがもれて、あわてて周りを確認する。同期や先輩から変な目で見られたくはない。
「わかった」
「先生を見かけたらもう一度聞いてみるよ」
そうチャットに書き込んで、大学から支給されたアンチウィルスソフトを起動する。
「なにをする気だいひろし君?」
博士は答えない。定期的にラップトップのクリーンアップをしておくに越したことはない。ソフトの「クリーンアップ」をクリックして博士は給湯室へ向かった。
画面の細胞くんが少しずつくずれていく。
「そんな~」
アンチウィルスソフトに消されてしまった細胞くん。次回はどんな悩みを解決してくれるかな?
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