博士がゆく 第6話「研究発表」
背もたれに体重をかけて天井を仰ぐ。
「なんでも知ってるのかあの人は?」
今日は研究室内で研究結果を発表するミーティングの日。博士(ひろし)は半年ぶりに自分の研究結果を発表した。指導教員からすれば、学生が研究発表の経験を積むことや、研究へのフィードバックを得ることを目的としているのだろう。しかし当の学生にとっては公開処刑の場でしかない。
自分の研究を理解しているか。
前回の研究発表からどれだけ実験を進めたか。
自分の実験にコントロールは足りているか。
実験結果の解釈はあっているか。
細心の論文をチェックしているか。
今後の方針をどうするのか。
こんなことを隅から隅までチェックされた。無論、博士の研究発表に対しても数えきれないほどの”フィードバック”があった。
はぁ、と息をはく。
「あんなに指摘されたらやる気なくすよな」
1人取り残された研究室内でつぶやく。ミーティングにはほかの学生も参加するが、発表者以外は荷物をまとめてそそくさと帰る。発表者は大抵、研究発表で受けたダメージを癒すか、受けた指摘をまとめておくために一度研究室に戻ってくる。博士は前者だったが、ダレていても仕方がないので、受けた指摘をノートにまとめ始めることにした。しばらく書き進めてページをめくるとそこにはあいつがいた。
誰だ人のノートに落書きしたやつは。ご丁寧にモノクロ基調で書かれている。博士も細胞くんの登場に、さほど驚かなくなってきた。
「今日はどうしたんだいひろし君?」
ノートに勝手に文字が浮き出てくる。完全にホラーだ。
「研究発表でコテンパンにされたんだ」
空いたスペースに細胞へのメッセージを書き込む博士。
「確かにフィードバックをもらうことで研究が進むのはわかる。でもみんなの前で公開処刑みたいなマネしなくてもよくないか?」
「フィードバックなら個人ミーティングで、指示をくれるだけでいいのに」
「それは違うよひろし君」
真っ向から否定された博士は戸惑ったが、細胞の次のメッセージを待った。
「その恥ずかしい思いをしたという経験こそが君を前へ進めてくれるんだ」
「1対1の個人ミーティングは、最初は緊張していたけれど少しずつ慣れてくるよね」
「そうなると、指導教員が君に求めていることが、ひろし君にも少しずつ分かってくる」
「つまり指導教員の許容範囲がわかってくるから、ひろし君はその範囲でしか行動・実験・勉強をしなくなるんだ」
「指導教員に何か指摘をされても、個人ミーティングなら黙っていればいつか終わるとも思っているでしょ」
博士は何も言えなかった。先生にも家族や授業の準備があるから個人ミーティングには時間制限があることがほとんどだったからだ。一方で研究室全体でやるミーティングにはまとまった時間が確保されていて、時間いっぱい、いろんな指摘をされた。
「研究室の全体ミーティングなら、先生も時間があるからいろんなことを思いつくんだ」
「だから個人ミーティングとは違う指摘もたくさん出てくる」
「それが、ひろし君がコテンパンにされたと感じている理由で、恥ずかしい思いををさせている元凶だよ」
いつもと違った指摘があったのは、別に全体ミーティングで他のメンバーがいるからじゃなかったのか。
「でも恥ずかしい思いをすることは何の関係もないじゃないか」
「まず知っておいてほしいのは、誰もひろし君を辱しめたかいわけではないということ」
「でもひろし君が恥ずかしい思いをしたという経験からは、次はそうなりたくないという強い気持ちが生まれるよね」
「それは次の研究発表を改善するエネルギーになるんだ」
なるほどな。博士はひとりごちた。博士がため込んでいた不満はそんな簡単には消滅しないが、いくらか解消された。
「別に辱しめたくてやっていたわけじゃないのか」
ノートにお礼を書こうと次のページをめくろうとしたが、すでに最後まで使い切ってしまった。ふぅ。博士は1つ息を吐き、荷物をバックパックに詰め込み家路をたどった。
ノートの後付けに文字が浮かび上がる。
「また明日」
ノートには博士のメモがあったおかげで捨てられずに済んだ細胞くん。次回はどんな悩みを解決してくれるかな?
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