コンビニのおじさん、時々プレイリスト。2
或る日の朝。
コンビニ
レジカウンター。
僕の顔を見るなり
いつものように
唐突に
店員のおじさんが話しかけて来る。
「あ〜ばっ。」
いつもの如く半ばボーッとしていた僕は
挨拶されたのだと勘違いして
「あっ…おざっす!」と返した。
すると再び
「あ〜ばっ。」
とおじさん。
. . . . . 。
僕はお弁当を選んでいて
横目でおじさんを見ていたのだけど
顎をクイっと上にあげて語尾を伸ばし気味に
「あ〜」
上げた顎を下げながら
「ばっ」
おまけに訴えかけるように大きく目を見開いて
僕を見るその仕草に
何となく「バ〜カ」と言われてるような気がして
朝も早よから
そこはかとなく
僕はイラッとしてしまう。笑
何だってんだ…一体?
長考を重ねること
約2秒
僕の頭の
ちょうど右上辺りに浮かぶ
空白のふきだしに
ピカッと光る電球のイラストが
追加される。
よく分からないけど
これはきっとアレだな
おじさんなりの
「新しい挨拶」の形なんだなと
そう解釈した僕は
できる限り心を込めて、こう返した。
「あばっ!」
するとどうだろう、おじさんの表情が
少し明るくなったではないか!
おおぉぉぉ…。
新しい挨拶がここに成立したのだ。
「そう、ABBA。39年ぶりだってね、再結成。
凄いよね。」
. . . . . 。
思わず僕は口走る。
「そっちっすか!」
「えっ?」
「え?」
「どっち?」
「へ?」
自分で言っておきながら
何で「そっち」というワードが飛び出してきたのかについては
今思い返してみても
自分でもいまいち
よく分からない…。
ただ一つ確かなのは
新しい挨拶など存在しないということだけだ。
発言を訂正する。
「え〜っと、あ〜…そっちとかじゃないですよね、
ABBAっすね、
ABBAのことだったんですね。」
「そう、知ってる?」
「知ってますよ、マニマニマニ〜♪のABBAですよね?」
「え?」
「え?」
「そっち?」
「えっ、どっち?」
. . . . . 。
それから
どっちとか、こっちとか、そっちとか、どれとか、これとか、それとか
少しの間
よく分からない
不毛なやりとりが続いた。
でも、おじさんの言いたいことは
何となく理解できる。
ABBAと言えば、これですよね。↓ ↓ ↓
因みに僕が言ったのはこれ ↓ ↓ ↓
特に思い入れのあるグループではないけれど
好きな曲は幾つかあります。
他にはチキチータとかSOSとかも好きです。
そしてこれが39年ぶりの新曲!↓ ↓ ↓
「因みに今日のTシャツもバンドなの?」
僕は自分の着ているTシャツを確認する。
「はい、そうっすよ。
これはSTONE ROSESっていうイギリスのバンドっす。」
80年代後半から90年代前半頃に巻き起こった「マッドチェスター・ムーヴメント」の主役的存在。ボーカルのイアン・ブラウンはソロでも有名だけど、僕個人的にはギタリストのジョン・スクワイア推し。
好きなギタリストは?と問われたら僕はいつもこの人の名を挙げる。何が?どこが?と訊かれても特にこれと言った理由はないけれど
ただ、好きなんです。
彼の弾くギターは
すごくカッコイイから。
ストーン・ローゼズ解散後
ギタリストのジョンは
新たにThe Seahorsesというバンドを結成。
アルバム1枚で解散してしまったけど
僕はこのアルバムが大好きで
丁度今ぐらいの季節
秋から冬にかけてとか
そのくらいの時期によく聴いています。
ストーン・ローゼズは一度解散はしたものの
ちょいちょい再結成したりする。
企画なのかビジネスなのか?
その辺の大人の事情はよく分からないけれど
再結成してくれるのは
ファンとしては
素直に嬉しいし
折角みんなで集まったんなら
新譜出してほしいなぁ〜と
そう、願わずにはいられない。
と
いつもの如く
こんな風におじさんと会話をしているのですが
少し前のこと
こんな衝撃的なニュースがあったことを
ご存知でしょうか?
ザ・ローリングストーンズのドラマー
チャーリー・ワッツ氏死去。
この突然の訃報に僕はとても驚き、そしてショックを受けたのだけれど、自分がショックを受けること以上に気掛かりなことがあった。
「僕はローリング・ストーンズが好きでね。」
そう、おじさんのことだ。
きっと物凄くショックを受けているに違いない…
もしかしたらショック過ぎて寝込んじゃって
しばらく仕事休んでるかもしれない…
そんなことを思い浮かべながら
いつもよりもなんとなく暗い心持ちで
僕はその日の朝、コンビニを訪れた。
とは言っても
訃報がニュースになった日は
おじさんのいるコンビニには
立ち寄らなかった為
実際は数日経っていたのだけれど。
駐車場に車を停めて
外に出ると
小雨がパラついていた。
ガガガと
一瞬、不穏な音を立てて開く自動ドアを抜けて
僕はゆっくりと店内へと足を踏み入れる。
おじさんは…
いた。
いつものように
カウンターに。
商品をカゴに入れながら
レジ方向をチラ見して確認するも
おじさんは至っていつも通りで
坦々と業務をこなしていた。
僕は思う。
あぁ…きっとショック過ぎるから
あぁやって一心不乱に仕事に集中することで
辛さを紛らわそうとしてるんだなと。
そうだ
きっとそうに違いない…。
一方的なネガティヴ展開を想定しながら
浮かない足取りで僕はレジへと向かう。
商品の入ったカゴをカウンターに置いた途端
会話が始まった。
「あっ来た来た!
ねぇねぇ、この前のyahooニュース見た?
yahooニュース!
見た?」
「えっ…あぁ見ましたよ、チャーリーの…ですよね?」
「えっ?yahooニュースで見たの?」
何故、yahooに拘る…?笑
「いや、僕はテレビで見て知りました。」
おじさんは若干興奮気味に
話を続ける。
「ヤフ…あの日はさ、休憩時間中にyahooニュース見ててさ、すっごい眠かったの、爪切ろうとしてて、だけどさ、そのニュース見てさ、
少し目、覚めたもんね。」
少しかよっ!笑
爪?笑
乗っかるワードを間違えると
だいぶ予想外の方向に話が脱線しそうだったので
僕は慎重に言葉を選んだ。
「いや、でも本当にびっくりしたし、ショックな訃報でした。おじさん、ストーンズ好きって言ってましたもんね?やっぱりショックですか?ちょっと心配してたんですよ。」
「そりゃショックだよ〜でもさ、この前wowowで
ロン・ウッドのドキュメンタリーやっててね。
うっかり見ちゃったの。いやぁ〜面白かったなぁ、
観た?」
「いや、観てないっす。笑」
あんた、ロニー嫌い言うてたやんけ。笑
「でもさ、いっつもスーツ着てんの。」
「え?」
「キースはジャラジャラしてるでしょ?
ミックはピタピタだし
ロンは…アイツは…まぁいいや。」
「. . . . . 。(やっぱり?)笑」
「スティックなんかさ、こう…なんて言うの?
逆手に持っちゃったりしてさ。」
「あぁ、ジャズやってたんですよね?確か。」
「そうそう。なんかさ、ただいつまでもこう…
ただのさ、悪ガキの集まりみたいな奴等と思って見てたんだけどさ、彼だけは違うの、何か彼だけは大人に見えた、パリッとしてて、カッコよかったなぁ。」
「英国紳士みたいな?」
「そうそう、そんな感じ。
なかなかいないよ、あんなカッコイイやつ。」
「そうですね、そう思います、
寂しいですよね…本当に…。」
「. . . . . 。」
「. . . . . 。」
「箸いる?」
「へ?」
笑。
店を出ると
小雨は止んでいた。
見上げた空は
雲一つない快晴とは行かないけど
これから晴れてくるかもしれない
そんな気がした。
車に戻り
エンジンを掛けて
音楽を流した。
ストーンズを聴こう。
彼は音楽を遺したのだから
彼の演奏を聴くことこそ弔いと
ボリュームを上げる。
どうせならと
好きな曲を選択した。
曲が始まり
まさかなと思いながら
僕は
もう一度空を見る。
もし空が晴れたら…
車を発進させようと前方を見据えると
何者かがこちらへと向かい
全力で迫ってくる。
おじさんだ。
僕は窓を開け
「どうしたんすか?」と訊ねる。
「いやぁ、ごめんごめん、申し訳ない!
自分で訊いといてさ
箸入れんの忘れちゃってんの
バカだよね〜。」
. . . . . 。笑
「なんだ〜そうだったんすか
いやぁびっくりしましたよ…
何ごとかと思いましたよ。
でも、ありがとうございます。」
「はい、コレ
朝とお昼の分で箸二つね。」
僕はいつも朝と昼の分で
二食分の買い物をするので
おじさんはいつも箸を
2膳入れてくれる。
そして
おじさんは一瞬
箸をスティックに見立てて
ドラムを叩くような仕草をしてから
それを僕に手渡した。
勿論、逆手持ちで
チャーリー・ワッツみたいに。
「おっイイ曲流れてるね〜」
「この歌好きなんすよ、これが1番とかは決められないですけど。」
「僕もね、そう。たくさんありすぎて決められない。」
「ですよね〜。」
「行ってらっしゃい。」
「はい、行ってきます、じゃあまた。」
5月のGW明けから始まった請負仕事が終わり
今は休暇を取っているけれど
今月半ば頃からまた新たな仕事が始まる予定だ。
僕は現場仕事なので
その都度、色々な道を使うのだけれど
新たな現場もまた同じ方角なので
また暫くの間
おじさんのいる
このコンビニを利用することになると思う。
これからも
よろしくね
おじさん。