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黄色いマンション 遠い恋

小泉今日子『黄色いマンション 黒い猫』2016年 を読んだ。

図書館にたまたまあった。本来、このような本は所蔵していないのだけど、寄贈されたらしい。お堅い本の中、明るい装丁で目立ったので手に取った。時を超え、懐かしい風景を見た。

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「 彼女はどうだったんだろう?」

ある日突然、彼女は空を飛んでしまった。残念なことに彼女は空の飛び方を知らなかった。

高校を卒業したばかりのユキコちゃん。何年も何年も何年も前の春、とても悲しい出来事があり人々は衝撃を受けました。 

生前、そのアイドル歌手は素直で真面目なイメージ。笑顔を絶やさず丁寧に歌う優等生タイプ。おとなしく控え目で、上品で優しそうな雰囲気がありました。

当時私は、このアイドルに対してなんとなく違和感を持っていました。 

そのアイドルは、実のところ女子中高生の間であまり話題になる人ではありませんでした。ルックスや衣装、曲調や歌詞があまりに少女趣味で、憧れの対象にはならなかったのです。可愛らしい人なので男の子や幼い女の子からは人気があったかもしれませんが、ぱぁっと光を放つような印象がなく、ふんわりと包み込まれた感じがして、私たちにとって引き付けられる存在ではありませんでした。

それでもその歌手は、たくさん新人賞を取り頻繁にランキング番組に出る売れっ子になりました。その事実が巷の女子達の肌感覚と少し異なっていたように思います。その違いになんとなくしっくりこないところがありました。

特に違和感があったのが最後のシングル曲においてでした。その曲で某化粧品会社のCMイメージソング歌手に抜擢されたのですが、作詞に松田聖子、作曲に坂本龍一が据えられていたのです。当代一のビッグネームの起用に唐突な感じがあり、なんとしてでも世間の注目を集めようとレコード会社や芸能事務所が躍起になっている様子がうかがえました。特に聖子ちゃんは当時結婚休業中で、彼女の動向に多くの人が関心を寄せていました。曲紹介がされるたび、聖子ちゃんのことが言及されました。ヒットさせるために彼女の名前を利用してまで話題を作ろうと、なりふり構わない感じがありました。

なのに、イメージ曲を歌う当人はなぜかイメージキャラクターにはならず、テレビCMや店頭ポスターにその顔はありませんでした。若手女優が起用されていました。「同化粧品会社の前回CMの聖子ちゃんや、同時期の他社キャラクターの美穂ちゃんは歌う本人がCMに出ているのに、なぜそのアイドルは姿を出さずに歌だけなのだろう」と思ったものです。芸能事務所はその人を前面に出したいはずなのに。今思うに、世間の女性をターゲットにするにあたり、その人のビジュアルイメージではない方がいいと化粧品会社が判断したからでしょう。

「おはようございます」と、小さな声で言った後は一言もしゃべらず、分厚い眼鏡をはずして鏡に向かい、お化粧を始める。ずっと鏡を見つめて誰かと目を合わせることさえ避けているようだった。

聡明なその人は過大な期待をかけられていること、その状況について行けないこと、また、自身を取り巻く何かしらのからくりに気づき、追い詰められていたのではないかと思うのです。

そのアイドルはずっと「ひずみ」の中にいたような気がするのです。その人の能力や美しさは、もっと違う場所で花開くはずでした。

今はもう静かに思うだけの、淡く光る遠い春。

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「 ただの思い出 」

すぐ近所のレンガ色のマンションにボーイフレンドが住んでいた。田舎から彼のお母さんがやってくることもあって、そんな時も私はよく一緒にいた。

大学生でもあったシンゴくん。最先端のファッションに身を包んだ、カトリック系名門校出身の爽やかな男の子。中学校さえまともに通わずツッパリ仲間に囲まれていた彼女にとって、彼は新鮮な存在だったのでしょう。頭が良く博識で運動神経バツグン、ブリティッシュロックと映画のマニアでした。

膨大なLPコレクションから好きな曲を集めてオリジナルカセットを作ってくれたり、ホラー映画のビデオをせっせとレンタルしてきてくれたり。彼女はそれらの曲をラジオDJで流し、ホラー映画好きを語り、衣装やファッションは彼の影響で一気に弾けていきました。

彼はスパンダー・バレエが大好きで、ステージでは『トゥルー』を歌っていました。

当時、彼女は彼のことを「仲がいい」「彼のコンサートに行った」と言い、彼は彼女について「コンサートに来てくれた」「映画のビデオを貸し借りしている」と言っていました。

貸し借りではなく一緒に観ていたふたり。会えないときもイヤホンでカセットを聴いて彼を近くに感じ、女の子としての幸せをかみしめていた彼女。

その記述を読み、時を超えてそんな彼女に思いをはせると、何とも言えない気持ちがこみ上げてきました。

「彼女との恋愛は社長に厳禁されてますから」と、彼は言っていた。

若いふたり。あふれる想い。青い日々。

理由なんて忘れてしまったけれど、なんとなく彼と私は会わなくなった。

彼女は覚えすぎているぐらい、その理由を忘れてはいないはず。

時が過ぎ、もはやお互い恋心はなくなってしまったとしても。

地方公演で彼の故郷へ行った彼女。なぜ、地名を記すのを避けたのだろう。なぜ、書かなかったのだろう。

広島と。

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