目的のない夜
「前向きが良いことってわかってるけど、どこが前なのかわからない時に「前はこっちだ!」って教えてくれる人がいないんだよね」
また花音が訳のわからないことを言い出した。
お前は他人の考えてることを読みとる力はあるのに、なんでそんなにも他人にされるがままでいられるんだ?
***
2年ぶりに会う友人2人が俺の部屋に泊まりにきた。
俺と同じく大学3年の花音と、就職浪人が決まった大学4年の祐一。2人とは日頃から連絡をとってるなんてことはなくて、19歳の春に行ったロンドンでたまたま語学学校で同じ学校だっただけの関係。ロンドンでもずっと一緒にいたわけじゃない。改めて考えると、2年ぶりに再会した今が奇跡ともいえる。
俺の部屋はCDの積まれた山がたくさんある中にベッドがひとつあるだけの、だだっ広い部屋だ。
狭いアパートの通路に似合わず、玄関を開けるとひらけた光景が広がる。訪れた人はみんな広さに驚く。家具が少ないから部屋というよりは「スペース」というかんじがするらしい。
「俊也の部屋、広くね?」
早速つっこんできたのは祐一。こいつは意識が高くて根も真面目な奴で、ロンドンでも遊ぶより勉強のことばっか考えて街頭アンケートを取ったりしていた。そんな動作を思い出しながら俺も真面目に返事する。
「でしょ。あんまり物持たないから余計広く見えるってのもあるけど、ドラム練習の為に音出しても良くて広いところ探したからね。田舎だけどバイクで移動するからいいわと思って」
「さすがドラマー。CD多いね」花音も部屋の感想を言っている。
「俺、コレクターなの。電子が便利ってわかってるけど、やっぱりCD買っちゃう」
俺自身はとにかく洋楽が好きで、British Rockを追いかけてロンドンへ語学留学したような奴だ。好きなバンドへの知識欲で「ロンドンに行ってみる」という選択をしたくらい、アーティストの深堀りをする。音源を集めるアーティスト数は多くないが、好きなアーティストの曲は全曲コンプリートする。
「好きな曲教えてよ。知らない人いるかもしれないし」
花音がリクエストをしてくるが、CDの山にうかつに手を出せないと思っているだけに見える。さすがオタク気質なだけあって他人のテリトリーには気を使うらしい。
「俺知らん人ばっかりやわ。このメンツだとカラオケも行けへん」
祐一はCDラベルを覗き込みながら一人ごちる。
「いや、わかんないよ。意外とカラオケも楽しいかもよ。俺もミスチル好きだし」
さすがにロンドンでカラオケ行く時間はとらなかったな、と思いつつ返事する。
「嘘でしょ」
「さすがにそれは嘘だね」
2人から即座に嘘呼ばわりされた。丁寧な返事だと思ったんだけどな。
「ほんとだって!いいじゃんミスチル」
俺はてきとうに思いついたミスチルの有名な曲を鼻歌で歌いながら来客用の小さい机を出して、来がけに買ってきた缶チューハイとつまみを並べる。
自分の部屋に他人がいるのを見るといつも不思議な気持ちになる。
見慣れた部屋が背景になっていて、見慣れない生き物がいるのだ。
音も違う。
もしそこに居るのが彼女だったら、自分と話しをしているか無言だからまぁわかる。友だちが複数いると自分が喋っていなくても勝手に会話が聞こえてくるところが大きく違う。俺の部屋なのに、俺がいなくても成立する空間。
部屋呑みの話題は3人が出会ったロンドンの思い出からFacebookで見るロンドンで知り合った友人のその後の噂話、そして最近の自分たちの恋愛事情へと流れていく。
「ロンドンに行く前に知り合って、ロンドンでも連絡とってた人と帰国後に付き合えて、今も続いてる」
先陣を切るのは問題なく大学生活を進めている花音だ。
「うわ、いいなそれ」
呻く祐一。
「俺は1ヵ月前から彼女と付き合い始めた」
花音にまぎれて報告をする。こういうのはなるべくさらっと言っておきたい。
「さすがバンドマンはモテるな。おまけに顔もいいし、ずるいわ」
「ひがみがすぎる」
顔なんか”たまたま”だ。俺はドラムで認められたい。
「みんなすごいな、ちゃんと前に進んでるんだな」
祐一が缶チューハイを飲み干して、つぶやく。
「祐一はそんなに何もないの」
追い打ちをかける花音。いじわるだなあお前は。
「ない。無さ過ぎて元カノに連絡とろうかと思った」
「やめとけ」
花音はツッコミもフォローもせず、けたけた笑っている。
「あー2人が前に進んでる間、俺は何してたんやろ。後ろばっかり振り返ってるわ」
祐一は後ろを振り返るジェスチャーをして、もうひと笑いとった。
「ねぇ、なんか音楽かけようよ、俊也」
一通りの近況報告が終わるころ、缶チューハイ1本で完全に酔っ払った花音から音楽リクエストがきた。
「俺が好きなのって、古いの多いよ。」
「古いのいいじゃん。俺なんか過去ばっか振り返ってるぜ」
「元カノのことはもう考えるな」
3人でげらげら笑いながら、流すCDの選曲を考える。知らない誰かが作った音楽ライブラリのプレイリストに逃げたりはしない。その場に合った曲を考えて流す楽しみだってあるじゃないか。
「んー…花音と祐一が楽しめそうなやつか。あるかな。ちょっとかけてみるわ。」
2つのバンドのアコースティックライブ音源をそれぞれ1番だけ流す。祐一はぼんやりと斜め上を見つめていて、花音はゆったりと横揺れをして楽しんでいる。
「最初のと後に流したやつ、どっちが好き?」
「どっちもいいけど、1曲目のほうが好きかなぁ。ボーカルの声質がいい」
少し悩んだ気配の後、花音が選ぶ。
「The Kooksか。わかるわ。俺もこのライブ音源聴いて、アコギ始めよって思ったもん」
「なんだそのロマンチックなエピソード。ずるいわ。俺カスタネットしかできないのに」
ここぞとばかりに祐一は茶化してくる。
「カスタネットは難しいぞ。細かく刻むのとか」
俺があえて真顔で返すと
「冗談だから。ドラマーのビート目線怖いわ。いきなり刻むな。ビートを。」
楽器未経験者の祐一にしては良い返しだな、と俺はぼんやり思う。
「The Kooksといえば Lily Allenだなあ」
急に話を始める花音。いい感じに酔いが回っている。
「なんで?」
「Lily AllenがThe Kooksのボーカルは嫌いだけど曲はいいって言いながらカバーしてたのを聞いたことある」
「なにそれ、裏ではめっちゃ仲良しっぽい」
「どうだろうね。Lilyくらいの毒舌キャラになったらどんな気持ちなんだろう。楽しいのかな。」
「おまえ強い女好きだよな。NIRVANAよりgarbageだもんな」
「うん!ずっとゾクゾクして、目の前の風景がどうでもよくなる感じ、ほんと最高。初めて出会ったgarbageのアルバムが[Bleed Like Me]なのもアタリだったわ」
「さすが強い女」
祐一が茶化す。
「ちがうよー!逆だって。自信が足りてないからだよ。ロンドンのホームステイ先でも「You need to have more confidence」って言われた」
「ロンドン!あれ楽しかったな」
ロンドンは俺らの共通の思い出トリガーになってるから、連携を重んじる祐一は秒で乗る。
「ハイドパークのまわり散歩したい」
花音も酔っ払った赤い頰でにやつく。
「天気のいい日限定でな」
もちろん俺も乗る。
「なつい」
「戻りたい」
3人が好き勝手に思いを馳せて、会話が途切れる。
「garbage以外に最近好きなガレージサウンド無いの?」
俺は試しに花音に話を振ってみた。
「えー、新しくはないけど、The killsはごりごりのガレージで好きだよ」
「The killersじゃなくて?」
珍しく俺の知らないバンドが出てきた。
「違うよ、The killersもいいけどね。The killsは男女二人組。男がかっこよすぎてデビューしてすぐケイトモスと付き合っちゃて、音楽よりもパパラッチで先に有名になっちゃった」
「やば!やっぱバンドマンモテるな。俺も音楽始めよっかな」
新しい缶チューハイを開けながら祐一がいう。
「いいじゃん!やりなよ!」
と俺が乗っかると、
「おう、やるわ」
と絶対やらないパターンの笑顔で答えてきた。
「あとね、ガレージではないけど、最近だとHAIMが好き」
「確かにあれはガレージじゃないな、ポップだな」
俺は同意する。祐一は全くわからないようで、無言で先を促す。
「最初は偶然PV見かけただけなんだけど、直感で「わたし、これは掘り下げる必要ある!」って思ったんだよ。そしたらガールズ姉妹バンドだけどボーカルの子が持ってるギターがSGでさぁ!そのビジュアル見たら惚れざるをえないんだよ」
「あれ、花音ってアコギじゃないの?」
俺は自分の部屋のアコギに目をやって尋ねる。
「ちがう...父親がオーダーして作ったSGが主力...」
「マジかよ!いいじゃん、ギターを作っちゃうタイプの父親」
俺は思わず自分の父親を思い出して羨む。ギター好きの父親だったらバンドにも理解がありそうだ。
「今から遺産でどのギターをもらいたいか、弟と話してる」
「まさかの物騒」
祐一が目を丸くする。
「まあ、わたしも弟も見捨てられた子どもだから。それはさておき、バンドでコピーするとしたらPanic! at the Discoまたやりたい!!超楽しかったよ」
花音が明るめに笑って話を切り替える。
「あと、弾いて楽しかったのはParamore の Ain't it funかなあ。リリース時のインタビューで「私たちはこれをこの夏のヒット曲にする」って宣言してたエピソードも含めて好き。謙遜より夢を語って、実現してほしい」
「パトロンのおじさんみたいな事言いだしたな、でもちょっとわかる」
「I have a dream!!」
花音はにこにこしながらsmallpoolsの[Dreaming]を口ずさむ。
「あー、またロンドン行きてぇな」
音楽話に飽きた祐一がごちる。
「わたし来年行くよ」
花音がさらっと持ち出してくる。
「え!なんで!???」
驚いて花音を見る。
「単純に久しぶりに行きたいなっていうだけなんだけど。あとは、ユーロスターっていう新幹線に乗ってみたくて!ロンドンから電車でフランス行けるって、なんかドキドキしない?日本って島国だからさ、飛行機に乗らないと海外には行けない!っていう思い込みあるじゃん。でもヨーロッパの他の国はちがう。そういうの体感したいんだよね」
「おぉ…」
行動力に圧倒されていると、花音は続ける。
「そんでね、そんなこと考えてる時にPatti Smithの「Just Kids」っていう本を読んだらRobert Mapplethorpeの写真を見てみたくなったのね。検索したら見事パリで展示される予定があるって情報がでてきたから、「これは行くしかない!」って決めた。」
「ロバート?誰それ?」
祐一が首をひねる。
「エロいやつじゃん」
ロバートメイプルソープといえば、Patti Smithの元カレでエロい写真が有名な写真家だ。
「そうそれ。理由が欲しかったんだよね、ロンドンに行きたいのはいいとして、パリに1泊する理由が」
「言い訳好きだなぁ」
「ほっとけ」
言いながら笑う花音は本当に楽しそうで、人生に影なんて一つもなさそうに見える。こんな能天気で行動力がある奴でも悩むことがあるんだろうか。
「俊也は新しいバンド、どうやって探してる?わたしすぐマンネリ化しちゃうんだよね」
花音が話を振ってきた。
「んー、ベタだけどサマソニの出演バンドかなあ」
「あー!なるほど、確かに!」
「俺さあ、毎年一緒にサマソニに行く友達がいるんだけど、そいつが去年のサマソニに女の子2人連れて来たんだよ。2人は姉妹で、昔からの地元の幼なじみらしいんだけど、妹の方は読モやってるとか言っててさあ。女の子たちはフェスなのにめっちゃ高いヒール履いててびびったんだけど、やっぱ読モやるだけあってかわいいんだわ」
「それはめちゃいいやつ。夏の恋してぇ」
祐一は今日は非モテ不幸キャラでいくと決めたらしい。
「しかもな、かわいいのにUKロックとか好きなんだよ。最高だろ」
「「最高。」」
「その子超短いデニムパンツとか履いてない?」
出た。花音の男みたいな目線。こいつは男より男の気持ちがわかることがあるから怖い。
「履いてるよ。写真見る?」
「「見るーーーー!!!」」
草むらに座るギャル系女子2人の写真を見せる。
「年子の姉妹らしい。ヒールえぐいよね」
「たしかに、これはガッツがいる格好だわ」
花音にも女子目線が残ってたようで安心する。
「ええなぁ、俺もそういう夏過ごしたいわー。この3年間過去ばっかり振り返ってたわ」
「祐一には Bad Romanceを授けよう。」
「GAGA!??」
「いいじゃん、LADY GAGA。見た目はどっちかっていうとギャルだよ」
「物理的距離も立場も遠すぎるわ。頼むからもうちょっと身近にしてくれ」
「GAGA様ってサマソニ出ることあるかな?ちなみに今までサマソニで見たベストアクトって誰?」
花音が音楽の話に戻す。祐一いじりに秒で飽きたのかお前は。
「むずいな。んー、Foster the Peopleは良かったな。覚えてる。」
「うわ!それ観てたの!?羨ましい!1st albumとかもう全曲磨かれててほんとすごいよね」
花音が目を輝かせてくる。
「そう。あれは良かった。あとはなんだろ、The CardigansとThe 1975かなあ」
「The Cardigans良かった!!!わたしも観た。暗い曲のイメージあるけど、明るい曲のはちゃめちゃな可愛さも良いんだよねぇ...。The 1975は見そびれたの。良かったのか、そうかあ…」
言いながら花音はうっとりしている。
「花音は良かったライブって誰?」
「いっぱいあるけど、ロンドンで俊也が教えてくれて好きになった、KT Tunstallのライブめっちゃ良かったよ」
「マジか!」
「場所がBillboard Tokyoだったってのも良かった。あの人完全に一人でその場で音作ってライブにするんだよ。初めて観たスタイルだったからびっくりした!楽器があんなにおもちゃに見えたこと、ないよ。」
「おぉ、そんで?」
俺は先を促す。
「MCでは自分のコピーをやってる子に遭遇したから覗いたんだけど、そのコピーやってる子はKTのこと見ても何も反応しなくて「わたしのこと知らないのにコピーしてるのか!」って笑い話してた」
「まあ顔が売りの人じゃないしな」
「そう。めっちゃ豪快で元気のいいおばちゃんだったよー。すんごいパワフル」
「そうか、俺も今度行きたいな。あの人の曲はたまにJ-popでも通用しそうなのあるよね」
「わかるー!」
2人で盛り上がっていると祐一が置いてかれている。
「男の子ってみんなCarly Rae Jepsenが好きだと思ってるんだけど」
メジャー感性の祐一に花音がジャブを入れる。
「まあだいたい好きなんちゃう。可愛いし」
「だよね!そう思って、カラオケで[Call me maybe]歌うようにしてる」
「なんやそれあざといな」
「洋楽ってカラオケで歌うとみんなが萎えるから避けなきゃいけないのがしんどいんだけど、この曲は例外じゃん?」
「まあ確かに」
「だからいいの。ふふふ」
わたしの予想は当たっているようだ、とでも言いたげに花音はにこにこしている。
少し気持ちが戻ってきた祐一は頑張って話を合わせにきた。
「俺はライブとか全然行かないけど、Bruno MarsやEd Sheeranなら観たいぞ」
「Bruno Marsって何年か前に幕張でライブしてたよね。Instagramが写真とうっとりしたコメントで埋まってたー。めっちゃ良かったみたいだね」
花音のアンテナは広い。俺はハマった人以外には疎いから、花音のそういうところは素直に尊敬する。
「何やってもカッコいいからすごいよな。俺の中で最もカッコいい黒人やわ」
祐一が珍しく洋楽を絶賛している。俺はそんな会話を聞きながらアコギを片手にEd Sheeran [Sing]のさわりを弾いてみる。
「お!エドきた!」
2人とも喜んでくれる。こういうために音楽ってあるのかな、と思いながらゆるい弾き語りをして、今日の部屋呑みは終わりにする。
久しぶりの再会でも難しい話はしない。
お互いの性格は知ってるけど、背景はあんまり知らない。
それくらいがちょうどいいのかもしれない。
今、予定を合わせて3人で集まっていることに3人とも喜んでいる。ただ、それだけだ。
***
この小説に出てきた曲を集めたプレイリストを作りました。
目的なく集まった部屋呑みとかで流してあげてください。
音楽ネタで興奮する姿の見えるTwitterもやっています。