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Buddy is a living spirit(相棒は生き霊)第二十五章
注釈
「 」かぎ括弧は会話
( )丸括弧は心の中の会話又は電話等
[ ]角括弧は生き霊の会話
第二十五章 捜査方針
明くる朝、神山は本部の捜査一課の自分の机に座っていた。近藤を含め続々と刑事が入ってきた。最後に南田が入ってくるとその場で起立し頭を下げた。南田は「本日有効な証拠が出なければ勅使河原から手を引く」と告げた。
神山は何としても延長してほしかったが、決め手がないことを考えれば致し方ないと思っただが、山神もこの南田の言葉に反応はなかった。神山の声を聞いているだろうから同じ気持ちであろう。
いつものように神山は近藤と二人で部屋を出て、無言のまま駐車場へ向かった。近藤はドアの開場ボタンを押す神山を見て「お前との捜査もこれで終わりだな」と話した。神山はその意味を尋ねると、神山の出向は勅使河原への繋がりだけで呼んでいるので、勅使河原が捜査線上から消えれば藤沢中央署へ逆戻りになると南田から聞いたと話した。察しがついていたとはいえ、現実を目の当たりにすると少し動揺していた。
近藤には「そうですね。ある意味ど素人を鍛えるほど余裕はありませんものね」と少し卑下して見せた。そういう意味ではないと言い訳していたが、実際特別な要素がなければお呼びが掛かる人材ではないことは神山が一番よく知っている。
近藤から行き先を聞かれると最後に気にかかる場所があるのでそこに行きたいと聞いた。近藤は最後だと思い「今日一日はつきやってやる」と言った。
車は川崎を越えて、東京の大田区にある東海ふ頭公園の駐車場に停まった。近藤は此処がどこかも聞かず、今回もタバコを吸うからと車から出なかった。運転席から降りた神山は海岸まで歩いて行った。海辺に着くと鞄から双眼鏡を出して海を見ていた。ぐるりを見るのではなくほぼ真正面ばかり見ていると、タバコを吸い終わった近藤がいつの間にかそばにおり神山に問いかけた。
「何をしている。探し物でもしているのか」
「もしや遺留品が流れついていないかと思ったんです」
これはかなり無理のある言い訳であった。そもそも遠くの海にどのような遺留品があるというのか。救われたのは、近藤にやる気がなかったことだ。早く今日を終わりたい近藤には、単に時間潰しにしか感じなかったのだろう。
「そろそろ帰るぞ」と言いながらその場から立ち去ろうとしたが、神山はあと10分だけとお願いをしてもう少し残ることにした。すると橋脚のすぐそばに船の模型がただ寄っているのを見つけた。すぐにパソコンを出して位置関係を見ると橋の辺りにあることが分かり「やったー」と声が出てしまった。
神山は一つの仮説を立てノートに書き留めていると、木の影で神山を見つめる一人の男がいた。車に戻ると言っていた近藤である。ポケットからスマホを出し神山を撮影しながら「あのやろう、怪しいやつだと思っていたが、何かを隠しているな」と呟いていた。
神山はパソコンをリュックに直して車に向かった。
同じ頃瑠璃は木更津にいた。神山が東京に向かう途中の川崎のインターを超える頃、千葉に向かう瑠璃も近くを走っていた。偶然にも車は二人の気持ちが交差するかのようにすれ違っていたのである。
その後瑠璃は昨日停めた駐車場から漁港に歩いて行った。有給は昨日まで取るようにと神山に言われていたが、今日まで有給を取り一人で捜査をしていた。
漁港に着くと朝の競りや配送は終わり、漁師やその奥さんらしき人達が網の手入れをしていた。そこに昨日親切に応対していた女性が近寄ってきた。
「昨日の刑事さんだよね。あれから結構当たったんだけれど、ゴムボートを拾ったというのはいなかったね」
「そうですか」と少し落胆していた。
彼女の後ろを歩いていた漁師の水島昭一(ミズシマ ショウイチ)が有益な情報を提供してくれた。
「それは残っていますか」と聞くと「割と頑丈なものばかりだから一年にすればそれなりにはあるかな」
「でもさ、わん(あなた)が言ったようなものは少ないだろう」
「そうだいね(そうだよな)。あんな小さいものはもう一年前になるかな」
「じゃ2年前ぐらいはどうですか」
「確かその前は厳(ガン)ちゃんが拾ったって言ってたかな」
「その人に合わせて下さい」
瑠璃は水島と共に厳ちゃん、本名を正井厳(マサイ イワオ)という3代目の漁師の家に向かった。水島が厳のドアをノックするとトレーナーを着た厳が出てきた。水島から説明を受けた厳は、確か2年ぐらい前に筏(いかだ)が船に当たり、船体に傷が着いたことがあって引き上げたことを話した。
「その筏はまだありますか」と聞くとスノコ代わりに裏庭にあると言うので急いで案内をしてもらった。現物を見るとかなり傷んでおり、被害者の痕跡らしき物も見当たらない。当然と言えば当然である。外に2年近くも放置されていれば致し方ないと思われた。瑠璃は明日までにはこの筏を引き取りたいと言い、厳に了承を貰ってその場を引き上げた。
このことをすぐに神山に報告した。ゴムボートは見つからなかったがちょうど2年ぐらい前に人間一人ぐらいが乗ることのできる小さな筏を海から引き上げた漁師に会い、現物を確認したことを話した。それを聞いた神山は瑠璃の存在を出したくない為、近藤と別行動を取り今から木更津に行くと返事をした。
(ところで瑠璃ちゃん、何故木更津にいるの)
「今日までの猶予と聞いていたので、今日も有給をいただいて木更津に来たんです」
[瑠璃は何だと話している]
(今日も休みを取って木更津にいると。そして証拠らしき筏を発見したと)
[なんだと!神山、まさか知っていたんじゃないだろな]
(さすがに昨日の今日ではさせませんよ)
[ならいいんだが。これからどうするんだ]
(任せてください)
(瑠璃ちゃん・・・)
[瑠璃ちゃんじゃなく、瑠璃さんだろ]
(山神さん、取り敢えず黙っていて下さい。時間がないので)
[ううう]
(瑠璃ちゃんが関わっていることは本部には内緒にしたいので、その漁師さんの携帯と名前をメールしてください)
「戻って住所を聞きましょうか」
(いえ、近所まで行けば電話をしますので何町かだけあればいいです)
「分かりました」と言ったあとメールが送られてきた。真一さんの役にたちましたかと追伸が入っていた。【ありがとう。大切な瑠璃へ】と送った。
[なんて送ったんだ]
(安全運転でって送りました)
[そうか。じゃ瑠璃は先に帰るんだな]
(筏の件は私が突き止めたように本部には伝えます。瑠璃さんの足跡は残しませんので)
[分かった。それで頼む]
急ぎ神山は車に戻ると近藤に「すみません。山神班長の弟さんから連絡がありました。以前、何か刺激になる物があれば班長が目覚めるんじゃないでしょうかとおばあさんと話していたんです。すると『実家に住んでる弟に聞いてみます』とおっしゃってられたんですが、今しがた連絡があり、小さい頃のビデオを見つけたとのことです。このまま取りに行きたいのですがいいでしょうか」
「じゃ俺も行くわ」
「捜査とは関係のないことですので、できれば近藤さんまで巻き添えにはしたくありません。私一人で行きます。もしも千葉に出かけたことが分かれば私のせいにして下さい」
「分かった。4時に馬車道駅前にいるから電話をくれ」
了解と言い残し近藤と別れたあと、アクアラインで木更津に向かった。道中、一旦車を脇に止め瑠璃にメールした。すると【木更津で車を止めて待っていました】とすぐに返信がきた。
そこで電話に切り替え「今からアクアラインで木更津に向かいます。瑠璃ちゃんも出て下さい」と言った。
(はい。今からアクアラインに入ります)
神山も瑠璃も、会えない二人の気持ちをアクアラインが繋いているように、二人の思いが東京湾を渡っていた。
[神山、何か若気(にやけ)ていないか]
(そんなことより、さあ行きますよ)
[そんなことで済ますな。俺にとってはそっちの方が大事だ!]
山神の声が彼方で聞こえるかのように気づかない振りをした。エンジンをかけ車を走らせると同時に瑠璃も出発した。ちょうど真ん中あたりで「瑠璃ちゃん」と声が出た。
[か・み・や・ま!]
第二十六話(未投稿)