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「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖    第十六話

 二人が出て行ったあと、教授室の戸締りをして大学をあとにした。

 電車を降り、国立の駅を出ると何か気配を感じた。周りを見ても知った人はいなかった。ただ、誰かにつけられているような感じがしたので、一応用心しながら家まで帰った。

 家の玄関を開けるとドアチェーンロックがかかっていた。

 何故と思い、こっそり裏庭に回り中の様子を窺うと驚いた。伊藤さんが台所に立っている。庭から伊藤さんに電話をすると、こっちを向いて少し飛び上がった。
 
 リビングの窓を開け、すみませんすぐに玄関のロックを外しますと言うと奥へ走って行った。玄関に回ると、ドアを開けてお帰りなさいと迎えてくれた。
 
 ドアを閉める時も何か見られているような感じであったため、すぐにドアを閉めた。そして何故いるのか不思議であったので聞いてみた。

 すると、昨日の晩に百合が自宅に来て、合鍵を置いて行ったらしい。そして百合は光一君の実家に帰るのでと言い、お兄ちゃんは即席ラーメンだと思います。よければ食事を作って上げて欲しいと言われたそうだ。だから、6時頃には帰るつもりでビーフシチューを作っていたらしい。

 大学に戻って会議をすると聞いていたので、まさか予定より1時間も早く帰るとは思わなかったそうだ。だから、チェーンロックをしていたとのことだ。

 話を聞いた私は、一息ついているとのことだったので、コーヒーでも淹れましょうと言った。

 そんなことはしていただけませんと言われたが、ほぼ料理はしないけれどコーヒーだけは自分で淹れていると言い、棚からサイフォンを取り出した。

「サイフォンで淹れられるって本格的ですね。」

「いやいや、このサイフォンは私の趣味ではなくて、実家から独立する時に、行きつけのコーヒーショップのマスターから頂いたものなんだ。」

「そうですか。では、かなりの腕前になっておられますね。」

「所詮、素人のモノマネだから。美味しいかどうかは分からないよ。」

「では、お言葉に甘えてあちらでお待ちしております。」

 台所からリビングへ歩く姿は、奈良へ調査に行った際、大阪のホテルで見た髪を下ろした伊藤さんとダブって見えた。あの時の気持ちが蘇るような気がした。

 しかし、本当にこの気持ちを前へ進めていいものだろうか。これは、伊藤さんの助手としての親切ではないのか。なぜか葛藤する自分がいた。

 コーヒーを淹れ終わり、カップに注ぎ盆に乗せて持って行った。カップを差し出すと顔に近づけて香りを嗅いだあと、良い匂いですねと言った。

 コーヒーの談義になって少しは和んだ。

 伊藤さんは、ビーフシチューも完成なのでこの辺で帰りますと言い、鍵をお返し致しますと言われた。どうするべきかと思った。持っていて下さいと言っていいものか、それとも恋人ではないのだから返してもらうべきなのか、迷っていたら伊藤さんのスマホが鳴った。

 百合からであった。電話を取って何か話していた。終わると、すみませんお返しするとお話ししましたが、百合さんが私に返して欲しいとのことで、また、自宅まで来ていただけると言ったらしい。

 何かホッとしていた。ということは自分としては持っていて欲しかったということか。それだけ彼女の存在が大きくなっているのか。自分の深層心理は読み解けないものだ。

 取り敢えず、タクシーで送ると言ったが、今日はこのまま帰りますと言うので駅まで送ることにした。

 歩いていたら伊藤さんがニコッとしながらこちらを向いて、
「教授と私って、百合さんにはどのように映っているのでしょうか。」と言ってきた。

「いや、どうだろう。百合は早とちりするところがあるからなあ。多分、誤解しているのでしょう。」

 誤解ですかと言い、前を向いて無言のまま駅まで歩くことになった。切符を買ってあげて渡したら、ニコッとして「ありがとうございます。では明日の十時教授室で。」と言い、一度も振り向かず改札に入って行った。

 この淋しさは、と思いながら帰った。帰り際の伊藤さんの後ろ姿が自分の深層心理を揺さぶったの確かであった。

 帰ると伊藤さんの作ってくれたビーフシチューを温めた。ふと、鍋の横を見ると何やらメモが置いてあった。見ると日頃外食が多いことを気にかけて、野菜を溶けるぐらい煮込んでいますと書かれてあった。

 食べてみると母の作る市販のビーフシチューとは違った。食べ終わったが、残ったビーフシチューの量から、もしやと思ったが後の祭りだった。残りは明日食べようと冷蔵庫に入れた。

 人の無意識は読めるのにと悔やみながら寝床についた。


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