Buddy is a living spirit(相棒は生き霊)第六章
注釈
「 」かぎ括弧は会話
( )丸括弧は心の中の会話又は電話等
[ ]角括弧は生き霊の会話
第六章 闇 午前8時(翌日)藤沢中央署
「源〈ミナモト〉さん、おはようございます。」
「おはようございます。神山さん、今日はいつもより溌剌としていますね。」受付の源婦人警官だ。
「そうですか。いつもと変わりませんが。今日も一日張り切っていきましょう。」
[ほんと、今日はおかしいぞ。]
「何を言っているんですか。いつもと変わりませんよ。」
[もしかして、瑠璃と会うのを楽しみにしているんじゃないだろうな。]
「そんなわけないじゃないですか。」
不思議そうな顔をした源が、
「何も話していませんが。」
「いや、独り言です。」と声を出して笑うしかなかった。
神山は、当然山神の声は聞こえないので、普通に声を出すと独り言に聞こえるから気をつけないといけないと肝に銘じていた。
(ついつい声に出してしまいます。)
[早く慣れろ。]
(慣れませんよ。生き霊と話すなんて山神さんが初めてなんですから。)
[そういうわしも、こんな経験は初めてだからな。まあいいとしよう。]
未だぎこちなさが残る会話も、いつしか二人の世界が出来上がりつつあり、自然な間柄になってきていた。
翌朝9時自宅
(一旦仮眠をとってからお昼にお伺いします。山神さんは生き霊だから寝ないですよね。目覚まし時計が壊れているので10時半に起こしてください。)
[そう言えば寝たことがない。分かった。何いーー。上司に頼む部下がいるか。]
神山はさっさと寝入ってしまった。
午前10時30分
[そろそろ起きろ。]
(あっはい。ありがとうございます。やはり、レム睡眠にもならない1時間ぐらいの仮眠が一番きついですね。)
[すまんな。]
(大丈夫です。これも何か意味があると思いますから。)
二人は、急いで支度をした。いや神山だけであった。山神は、パジャマのままである。電車を乗り継ぎ本所吾妻橋駅で降りた。
ここからは山神が案内した。山神も慣れないせいか、急に右だの左だのと言うので凄くぎこちない歩き方であった。周りからはぶちぶち言いながら歩いている為、不審者と思われたかもしれない。
しばらくすると築30年ぐらいの民家に前に着いた。少し錆びついた鉄扉の左手に山神の表札があり、その下にインターフォンがあった。
押すと中から瑠璃の声で「どうぞお入り下さい。」という声がした。門扉を開け、玄関先で立ち止まった神山は、中から瑠璃が出てくるのを待った。
しばらくして、鍵を開ける音がしてドアが開いた。瑠璃から挨拶をし、神山も「お休みのところをご無理申し上げます。」と話した。手土産を渡した後居間へ通された神山は、瑠璃がお茶の用意のため席を外したあと壁にかかる賞状を一つ一つ見ていた。
(やはり山神さんって優秀な刑事さんなんですね。)
[たまたまもあるが、いつも先頭立って走っている成果かもしれん。]
(私にはできないですね。)
[神山には、それができるように私からの計画がある。]
(計画って、なんですか。)
[取り敢えずスーツから手帳を受け取れ。]
瑠璃がお茶を持って部屋に入ってきた。神山の前に差し出し、その横に羊羹が添えられた。「いただきます。」と言い、蓋を開け茶托の底に固定し湯呑みを持ち上げて一口飲んだ。熱いというよりも飲みやすい温度であった。
警察官は寒い夜空での勤務後には喉が渇いているので、ぬるくもなく飲み越しの良い温度で出し、部屋仕事が重なった時は落ち着くために高めの温度で出すようにと言われていた。今日は、駅から10分ほどの距離ではあるが喉は乾いていたので、ここにも山神の教えがあるようだ。
「早速ですが。」と山神の手帳を拝見したいと話し書斎へ案内してもらった。部屋に入ったところで待っていると、クローゼットからグレーのスーツを持ってくると左胸ポケットから一冊の手帳を出して神山に手渡した。
「書斎の椅子に座って拝見しても宜しいでしょうか。」
「どうぞごゆっくり。私は応接に戻っております。ところで、本当は捜査資料と同じなので見せてはいけないのではないかと思ったのですが、お見せすることにしました。」
その理由として、昨日、父が枕元に立ち、思いを彼に託したいと神山の名前を告げたと言う。不思議と思われるかもと言いながら確かに私に話しかけてきたと言った。だから、一応私物ではあるのでいいのではないかと思い、夢の通りお見せしましたと話した。
「そうですか。変に思われてはいけないと思い黙っていたのですが、事故後お見舞いに行った後、私の枕元にも立たれました。だからお墓参りに行けば瑠璃さんとお会いできると思い、その通りになったので今日のことをお願いした次第なんです。」
「父が合わせてくれたんですね。」
「その通りだと思います。」
[神山。ちょっと盛り過ぎじゃないか。]
(・・・)
[無視するな。]
神山は聞こえないふりを通し、瑠璃との会話を楽しんでいた。瑠璃は部屋を出たが扉の外側にいた。
すると部屋の中から神山の独り言が聞こえてきた。瑠璃は、神山が手鏡を出して自分の顔を見ながら話すのを隙間から覗いていた。
「凄い内容の手帳ですね。でも、この脅しはキツイですね。瑠璃さんはご存知なんですか。やはり知らないですよね。天空神社前を通っていたのは千葉へ避難するためであったんですね。」
気配を感じた神山が席を立ち、襖を開けると誰もいなかった。気のせいかと思い机に戻り、手帳を開いて読んでいると、一つの文字が引っかかった。
(山神さん。この意味は何ですか。)
[それはまだ本部も知らない極秘情報だ。]
(調べなくていいんですか。)
[これを解き明かすには危険が伴う。それに神山の身分では調べることができない。]
(確かに。これを調べだすと山神さんの情報が私に漏れていると思われます。下手をすると瑠璃さんに迷惑がかかる可能性もありますね。)
[先ほど、神山に対して計画があると話しただろ。すぐに実行することにする。]
この時、山神が行なおうとしていた計画とは、この手帳を元に二人で事件を解決するための計画であった。
そしてその前段階の計画を進めていた。
[取り敢えず瑠璃に頼み込んで、この手帳を預かって帰れ。]
(分かりました。)
椅子から立ち上がり書斎を出た後、瑠璃の待つ居間に向かった。襖を開けるとテーブルの前で瑠璃が正座して座っていた。
声をかけ、上座に座った。改めて入れ直すという瑠璃の言葉に対し、丁重に断りお茶を飲干した。羊羹を一口で食べた後、「お願いがあります。」と話しかけた。
「変に思うかもしらませんが、私と一緒に捜査に参加してほしいと山神さんが言われているような気がしてなりません。しばらくこの手帳を預からせて頂けませんでしょうか。」
瑠璃は考えるまでもなく二つ返事であった。
それには訳があった。
瑠璃が手鏡を見せて欲しいと言ったので慌てた神山はその理由を聞いたが、
「私は、霊感は強くないですが、もしや、そばに父がいるのではないですか。」
ドキッとした神山は、瑠璃に先ほどの独り言を聞かれたのかもしれないと思い、手鏡は母の形見と一旦は断った。しかしその手鏡が100円ショップのものであることは一目見れば分かるものであった。神山はショックがあってもお父さんと話せる機会を取り上げる権利はないと判断し、見せることにした。
「心して見てください。」と言いながら蓋を開けた。
神山は目を瞑っていたが、瑠璃の不思議がる言葉で目を開けた。見ると普通の鏡である。山神は映っていない。神山の身体に戻ったのだと思い、心の中で(ナイスでしたね。顔が瑠璃さんには見えていませんでしたよ。)と言ったが、返事がない。
しかし鏡を神山に向けると山神の顔が現れた。それを見た瞬間少し後ろに飛んでしまったが、何食わぬ顔でやり過ごした。
「安物なのでお見せするのが恥ずかしかったのですが。」と心して見て下さいと言った言葉と矛盾だらけだが気にせず話をそらした。
瑠璃は、まだ少し疑心暗鬼ではあったが、思い過ごしと考えた。神山はこれ以上、長居出来ないと思いお礼もそこそこに、山神の家をあとにした。
歩き出してしばらくすると、
(危なかったですね。私しか見えないようですね。そうだ、山神さん。一つ聞いてもいいですか。)
[なんだ。]
[この捜査メモを手にした私は、どのように捜査にタッチするのですか。]
[さっき話していただろう 計画がある。]
(それは何ですか。)
[まず、神山を捜査本部に入れる。]
(どうやって入るのですか。)
[その前段階として、私の手帳が暗記できるほど熟読しろ。今日早く帰り、明日一日は手帳だけを読んでおけ。]
(了解しました。)
翌日は朝の6時からパンを齧(かじ)りながら手帳と睨めっこをしていた。一言一句頭に叩き込む気持ちでいた。6時間休まずに暗記するぐらい何度も読み込んだ。
12時になりお昼を取ろうと休憩した。何気なく山神に問いかけたが返事がない。寝ることがないと言っていたのにと思い、何度も呼びかけた。もしや手鏡を開いてしまったかと思ったが、手鏡は上着の中にあり、開けてが映っていない。半径3キロぐらい離れることができると言っていたことを思い出し、探検でもしていると思った。インスタントラーメンを食べ終えると、また、机に向かった。
集中していると山神の声がした。
[神山、すぐに出かけるぞ。]
(三度目のおさらいをしているところですが。)
[今はこっちの方が大事だ。]
(分かりました。服を着替えます。)
[いや、スポーツウェアでいい。そして靴紐はしっかりと結んでおけ。かなり走り込むことになるかもしれないからな。それから荷物は警察手帳とシューズカバーでいい。]
神山は言う通りにしていたが、急にどうしたのかと不思議であった。