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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第二十五話

第十五章 最後の追求
令和3年3月15日(月曜日)午前8時55分から3月22日まで
早乙女准教授室

 研究室のドアを開け、
「伊藤さん、おはよう。」
 
「先生、おはようございます。」いつもの元気な伊藤さんの声が聞こえた。
 
「あれから一か月になりますね。」
 
「そうだね。自首した明子さんと明雄君は素直に供述しているけれど、琢磨さんは、正直にはなれないみたいだね。」
 
「でも、びっくりですね。二朗さんになりすましていたのが、明雄さんと会った工事現場のガードマンの人だとは思いませんでした。先生はいつから分かっておられたのですか。」
 
「それは、工事現場に行ったときに違和感があったんだけれど、確信したのはカフェで話したあとかな。」
 
「どうしてその時に。」
 
「カフェの真向かいにお弁当屋さんがあって、そこであのガードマンがずうっと立っていたので、おかしいなとは思っていたんだ。初めはお弁当を待っているのかと思っていたけれど、お弁当は手に持っていたからそうではないと思った。だから、何か関係はあるのではないかと感じていたよ。」
 
「凡人が天才に追いつくことはないですね。」
 
「いやいや、伊藤さんがいなかったら、私のロダンは完成しないから、伊藤さんあっての私ですよ。」
 
「そう言っていただけると嬉しいです。ところで、その人が明雄君の本当の父親だったのはびっくりですね。」
 
「確かにそうだね。聞くと、一夜の過ちだったらしい。」
 
「ところで、先生は明雄さんの弁護をなさると佐々木刑事からお聞きしました。」
 
「ああ。明子さんから頼まれたから。一応、結衣さんには承諾をもらったので。」
 
「何故、結衣さんの承諾が必要なのですか。」
 
「民事といえども結衣さんの弁護人だったから。厳密には相手方は琢磨さんだったので問題はないと思うけれど。ただ、明雄君は財産の相手方ともとれるから、利益相反すると言われるのも困るからね。」
 
「なにか、妙な取り決めですね。誰を弁護しようがいいと思いますが。でもよかったですね。保釈が決まって。」
 
「ただ、まだ苦慮していることがあって。」
 
「弁護が、ですか。ああっ。あの時にお話しされていた件ですね。」
 
「そう、最後の詰めでね。」
 
 すると、ドアをノックする音がした。失礼します佐々木ですと言ってドアを開けた。
 
 伊藤さんは、アポが無く突然であったので少し驚いていたが、
「お久しぶりです。今日は何事ですか。アポ無し訪問で暇を持て余しているのですか。」
 
 佐々木刑事には、そんな冗談も通じない雰囲気だった。そのことを察したのか、伊藤さんもその後の言葉を全て飲み込んでいた。
 
「先生が懸念されていた通りでした。自筆証書遺言に証拠がありました。」と佐々木刑事が話した。
 
「やっぱりそうですか。でも私は、代理人でもあり利益相反を持ち出され、証拠能力云々と言われると困りますので、これ以上踏み込むことができませんが、あとは宜しくお願いします。」
 
「分かりました。」
 
 頭の上でクエスチョンマークがいくつも回っている伊藤さんが、
「何かあったのですか。」
 
「もう少しだけ我慢してくだいね。」
 
 伊藤さんは、摩訶不思議な顔をしていたが、それ以上は何も聞かなかった。
 
それから、私は明雄君から結衣さんに、保釈の件を報告してほしいということで、結衣さんに電話をした。
 
「結衣さん。明雄君が3月19日に保釈が決まりました。彼の要望で真っ先に結衣さんに伝えて欲しいということで電話しました。」
 
(明子さんには言っていただけましたか。)
 
「いえ、明雄君からの立っての願いで、貴方に最初に連絡してほしいとのことでした。彼としては、貴方のおかげで保釈してもらったと思っていますので。まあ、喜んで貰えると思ったのかもしれませんね。」
 
(ええ、喜んでおります。)
 
「ところで保釈後、結衣さんに会いに行きたいと言っているのですが、いかがでしょうか。」
 
(でも、あのようなことがあった後なので、今、私と会うのはどうでしょう。)
 
「そうですね。これから接見に行きますので、今のお話を伝えておきます。」
 
(あっ、何故、私に逢いたいかをお聞きになられましたか。)
 
「ええ、まあ、遺言書がどうとかこうとか。」
 
 少しの沈黙があった後。
 
(保釈されたら私の携帯に連絡してほしいと伝えてください。)
 
「分かりました。お伝えします。」

佐々木刑事から聞いた、その後の経緯
 
 3月19日午後4時、早乙女から言っていたとおり、保釈後真っ先に結衣に電話をした。そして結衣は、早乙女が以前訪問した建設中の現場に明雄を呼び出した。明雄は会社や家では会いたくないのだと思ったらしい。午後7時。約束の時間に工事現場に入った明雄は、五階のベランダから結衣が呼ぶのが聞こえ、五階へ上がって行った。
 結衣は、部屋の中へ招き寄せ、ほぼ完成した部屋を一緒に回った。その時は、判決で執行猶予が付く犯罪なので、これからは会社のために力になってほしいと言っていた。そのように人を泣かすような言葉を言いながら、最後の誘導先のベランダまで連れて行った。そこで、結衣は、急に激しく明雄を罵り始めた。明雄は言い争うのではなく謝罪の言葉を言い続けていたそうだが、頭をさげて謝っていた明雄の足を掴み、ベランダの柵を跨ぎ、防音テントの外から突き落とそうとした。しばらく足場の柵にしがみついていた明雄だったが、耐えきれず落ちてしまった。
 結衣は、ほっとしたあとベランダから下を見た瞬間、顔が青ざめたそうだ。そこには、転落防止用の安全ネットにくるまれ、ほとんど無傷の明雄がいたからだ。
 二人の言い争うような声を聴いた佐々木刑事が、機転を利かし二階のベランダの下部に巻き付けてあった安全ネットを引き出し、置いてあったトラックの荷台にひっかけて受けとめたらしい。
 
 その明雄の横には、制服警察官の他に、佐々木刑事が悲しげに見上げていたとの事だった。

 #創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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