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Buddy is a living spirit(相棒は生き霊)第三章

注釈
 「 」かぎ括弧は会話
 ( )丸括弧は心の中の会話又は電話等
 [ ]角括弧は生き霊の会話

第三章 偶然の必然 午前6時 神山の自宅から藤沢中央署

  いつものように、けたたましい目覚まし時計の音で起きた。歯ブラシに歯磨き粉を付けて口に入れ、顔を上げた瞬間、歯ブラシを吹き出してしまった。

[汚い奴だなあ。顔にかかったじゃないか。] 

 びっくりしたのは訳があったのだ。鏡に写った顔が山神であった。恐る恐る顔を上げ、鏡を見直したがやっぱり映っていた。

 すると鏡の山神が、
[左にあるタオルで鏡を拭け。]

  しかし、タオルは右にある。これは鏡から見ると左だ。だから鏡の中から見て話しているということだ。

 「何故鏡の中に映っているんですか。」

 [多分、憑依しても別人格だから、話す時は鏡があると映るのかもしれないな。それに昨日お前から外に出ることが出来たんだが、神山の身体を中心に半径3キロを境にその先にはいけなかった。]

 「じゃそのまま鏡の中に入っていてください。」

 [お前は人殺しか。]

 「いやいや、まだ、死んでいないでしょう。それに鏡の中にいるじゃないですか。」

 [このまま洗面所の鏡に閉じ込めるつもりだろう。]

 「大丈夫ですよ。勤務明けの非番の日に鏡を病室に届けますから。それで、お別れです。」

 [お前は人間として最低な奴だ。目覚めた時には洗いざらいぶちまけてやる。娘の瑠璃にも言ってやる。]

 「誰も信じませんよ、幽霊なんて。いや、生き霊でしたか。」

 うがいをして顔を上げると消えていた。良かったと思い服を着て署まで行くことにした。

 部屋を出てバス停へ向かった。途中、ついてきていないか顔を振ったり体を揺すぶったりしてみたが反応がない。良かったと思いニヤついていた。すると横を通った三人組の女子高生に「オッサンキモい。」と言われ、ふと我に帰った。恥ずかしくて下を向いたまま小走りになった。

 (ところでオッサンとは失敬な女子高生だ。俺はまだ二十九才だぞ。しかし若い若いと思ったが高校を卒業して十一年が経っているのか)と心の中で呟いた。

 すると、聞きたくない言葉が神山の中から聞こえた。
[若僧、二十九歳になるのか。お前もオッサンだ。俺と変わらんわ。ははは]

 「ええ、話してないのに聞こえるんですか。」

 [あゝ、聞こえるぞ。]

(勘弁してくださいよ。)

 藤沢中央署の玄関から

 (山神さん。署内ではあまり話しかけないで下さいね。)と、いつのまにか心で会話できるようになっていた。

 神山は、なぜだという山神に対して、
(当たり前です。話の途中で入られたら病院の時のように相手と会話が成立しないじゃないですか。)

 [分かった。取り敢えず神山に話し掛ける時は、名前かおいと言ってから話をする。]

 (私としては、一生話し掛けてほしくはありませんが。)

 何の返答もない。
(都合が悪いと無視ですか。)

  玄関に立つ警備の警察官に敬礼をして署内に入った。受付で挨拶をしたあと神山は自分のロッカーへ直行した。制服に着替えて先輩である篠塚巡査部長のところへ挨拶に行き、一緒にパトカーに乗車した。

  篠塚は「指示書では、今日は署を左に出て八王子駅の南側約百メートル手前の交差点で、西側を東向きに止まって待機し、歩行者妨害の取り締まりをするという命令だ。」と言った。

 了解の返事をしたあとパトカーを走らせた。

 しばらくすると待機場所に着いた。集中しているのに、おいという山神の声が聞こえた。(勤務中なので出てこないで下さい。)

 [これでも遠慮して今まで我慢していたんだぞ。ありがたく思え。]

 (思えませんよ。)

 [早く昨日の調査をしてくれ。]

 (巡回中にできませんよ。)

 [じゃ、巡回が終わったら調べると約束しろ。]

 (山神さんもご存知の通り、帰っても雑務で忙しいので自分で調べて下さい。朝に話されていたじゃないですか、半径3キロは動けるのでしょ。幽霊だしどこへでも行けるじゃないですか。)

 [ばかやろう、幽霊とはなんだ。まだ死んではおらんと言っただろう。それにお前が署に入った後に試したが、署内ではお前から出ることが出来なかったんだ。何故かは分からんが署内では出ることができないようだ。だから、署に戻ったら交通事故係に行き、私の資料をみてほしい。]

 「それはダメでしょう。」と大声を出してしまった。

  助手席に座っていた篠塚が、
「びっくりするだろう。何も頼んでいないぞ。もしや居眠りをして寝言でも言ったのか。」

 「居眠りなどしておりません。今しがた斜め向こうで赤信号を渡ろうとした学生がいたので、ついつい言葉になってしまいました。」と言い訳をした。

  納得はしたようだったが、「それであればマイクで制止を呼びかけるように。」と注意された。

 気を落ち着かせて、
(分かりましたから、休憩まで待っていて下さい。)

 [分かればいいんだよ。]

(わがままジジイ。)

 [聞こえているぞ。俺に内緒話はできないと思え。]

 (くっそう。さっきは聞こえない振りをしたくせに。なんてご都合主義なんだ。)

藤沢中央署駐車場

  取り締まりを終えて署へ戻って来るとトランクからカバンを取り出し、篠塚と一緒に署に入った。交通課に戻り篠塚と書類のチェックをしたあと休憩に入り、ロビーに降りると弁当屋が来ていた。

 [おう、松っちゃんまだ現役か。懐かしいな。]

 (もしかして山神さんってこちらの署におられたのですか。)

 [そうよ。三十二歳の誕生日前に本部に転勤になって以来だから、二十年ぶりかな。もう忘れているだろうな。]

 「おじさんすみません。神山です。お弁当をお願いします。」

 「神山さんですね。はい、いつもの大盛り弁当650円です。」

 [おじさん。山神さんって覚えているか聞いてみてくれ。]

 (分かりました。)

 「松宮さん。山神さんという刑事さんを覚えていますか。」

「覚えていますよ。カズガミさんだね。本部へ行って以来だからかなり前だ。お知り合いですか。」

 「ある事故で知り合いまして。ところで何故カズガミさんなんですか。」

 「子供が生まれてから奥さんの体調が悪くなって、床に伏せってるって言ってたんですよ。生活費もあるからご飯だけ弁当に入れてきて、おかずだけ買うようになったんです。それからおかずのカズと山神さんのガミでカズガミさんって呼んでました。

  確か娘さんだと思うけれど、愛想が良くて可愛い子だったな。当時はまだよちよち歩きだったような。また、カズガミさんに会いたいね。」

 「お会いしたがっていたとお伝えいたします。」

  その場を離れ休憩室へ向かう途中、
(山神さんって家族を大事になさっていたのですね。幽霊の山神さんからは想像がつきません。)

[何度言えば分かるんだ、幽霊じゃないぞ、神山。ところで下手なことを言ってしまったな。今の松っちゃんの話は忘れろ。ところで早々に食事を済ませて交通捜査課へ行き、石田のその後を聞いてくれ。]

 了解と答え、食事を済ませて交通捜査課に来た。担当の捜査官である佐藤警部補に山神の事故に関し尋ねた。すると、明日に退院の許可が降りた為転院するとのことであった。
 居眠り運転を含め過失致死傷も認めており、明後日には身柄送検になるらしい。礼を言った後その場を離れた。

 離れるといきなり山神が、
[これはまずい。]

 (どうかされたのですか。)

 [いや、このまま送検されると手出しができなくなる。検察が余計なことで動くことはないのでこれで終わってしまう。神山、今からすぐに県警本部の南田副班長に電話を入れ、石田の素性とガソリンをどこで給油したかを調べさせろ。そして石田の奥さんに何時ごろ家を出たかを聞いてくれと頼んで欲しい。]

 (何故ガソリンの給油場所と家を出た時間が必要なのですか。)

 [十中八九、給油は言い訳であって嘘だ。そして家を出た時間も嘘だ。多分私の行動を調べていたか教えてもらったかのどちらかで、あの交差点で衝突事故を起こすつもりだったと思う。]

 (山神さんは何か重要な事件を追いかけているのですか。そしてこの事故は追いかけてくるな、というメッセージだと思われているということですか。)

 [そうだ。]

 (ところで山神さんの推理が当たっているとして、南田副班長にいきなり電話して信用していただけるとは到底思えないのですが。)

 [神山。事故の様子を話した時に石田が居眠りをしているようには見えなかったといったな。]

 (はい。車体を照らした際に顔が見えたのですが、しっかりとこちらを向いているように見えました。)

 [南田にはその通り話して石田は怪しいと匂わせろ。そして年末から三日間荷物が乗ったままの冷凍トラックで初詣に行くのも不自然だと言ってみろ。南田は勘のいいやつだから、それだけで動き出すはずだ。]

 すぐに県警本部に電話を入れると、南田は聞き込みに出ていた。すると山神が携帯を要求すると右手が勝手に動きダイヤルしたので、顔が引き攣った。

(はい、もしもし、)

  観念した神山が、
「南田副班長でしょうか。」

 (そうですが、あなたはどちらの方かな。登録していない番号ということは、少なくとも私は知らない人だと思うのだが。)

「私(わたくし)、藤沢中央署の神村真一と申します。南田副班長にお願いがございます。」

  何だときかれたので、山神の事故の件と伝えた。山神と打ち合わせした通りに石田の洗い直しをお願いした。すると、山神の事故は佐藤警部補が仕切っており、明日にでも送検すると昼前に連絡があったということだった。神山と佐藤警部補のどちらが信頼されるかと言えば佐藤警部補に決まっている。しかし、ここは負けるわけにはいかなかったので、一か八かのハッタリを放った。

「以上が山神警部の事故における疑問です。佐藤警部補はベテランですが、私も交通課に配属されて三年になります。そして何よりも、その現場に居合わせたのは私です。多分山神刑事が抱える事件、つまり南田副班長が追いかけておられる事件と関係があると思います。」

 (君は何か知っているのか。)

 「こう見えても変わった情報網をもっております。」

 感心したように山神が、
[確かに変わった情報網には違いないが。不思議に思うだろ]

 (分かった。取り敢えず調べてみよう。)

 [ええっ。南田よ、神山を信用するのか。]

 (君の情報を元に佐藤さんに掛け合ってみる。ところで君の名前をもう一度聞かせてくれないか。)

 「藤沢中央署交通課の神山真一と申します。たまたま、山神さんとは苗字と名前が逆になっております。」

 (山神班は覚えやすいな。それじゃ、すぐに動く必要があるからこれで失礼する。ところで聞くが、私の携帯番号は誰から。まあいいか、それも変わった情報網だな。ありがとう。)

 [南田の懐に上手く入ったな。小僧それにしてもいい度胸してるじゃないか。ギリギリセーフのハッタリだったな。

 ところで南田は結構義理堅い男だから、へなちょこ刑事誕生へ一つ階段を上がったというところか。]

 分かっていたのかと思った。刑事には推薦が必要だから手柄だけでなく人間関係も大事であった。現役刑事に名前を覚えて貰うことほど早道はない。

(もしかすると山神さんは天使かもしれない。いや、天使じゃなく我が儘な生き霊だ。)と思い直した。

 [お前なあ。俺に内緒話はできないと言っただろ。そのたとえはなんだ。生き霊だけならいざ知らず、我が儘な生き霊とは、恩を仇で返す奴だなあ。]

 (そんなつもりはありません。ありがとうございました。)

 [わかりゃいいんだ。しかし娘の瑠璃のことは許さん。]

(恋愛は自由だし、瑠璃さんも満更ではなさそうでしたよ。そう思いません。瑠璃さんも大人なんですから、山神さんも子離れしないと。また無視ですか。まっいいか。)
 
 そのまま午後の勤務に入り、そして休憩後に夜勤勤務に入った。



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