「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 第一話
あらすじ
この話は、ある雑誌記者のインタビューから始まる。それは、主人公の早乙女が教授へ昇進するきっかけになった論文の中の相続に関する争い事を主題とする話である。
それは全く真逆の厳かな自筆証書遺言とシンプルな公正証書遺言に関する相談であり、単なる相続の相談であるはずであった。
早乙女は公正証書遺言に潜む不正を暴いていく。
しかし、これは単なる序章に過ぎなかった。その自筆証書遺言の株の構成に潜む真の狙いを知った早乙女の再逆襲が始まる。
これは、策略と憎悪と猜疑心により、人として生きる上で、重要な羅針盤を壊してしまった人たちを、深層心理の観点から解決へ導いた若き天才心理学者の物語である。
登場人物
早乙女弘樹(サオトメ ヒロキ)・・帝央大学心理学教授
伊藤真奈美(イトウ マナミ)・・・早乙女教授の助手
津野神セリ(ツノカミ セリ)・・・インタビュー記事の雑誌考都の記者
佐々木優(ササキ ユウ)・・・・・葛飾中央署の刑事
橘結衣(タチバナ ユイ)・・・・・佐々木刑事の大学の同級生
(相続の相談者)
記者との絡みは続編のSECOND・CONTACTから必要ですので書いております。少し退屈と思われる方は第四話からでもお楽しみいただけると思います。
第一章 深層心理
令和4年1月12日(水曜日)午後1時
帝央大学研究棟 早乙女教授室
私は今、コロナ禍真只中の大学にいる。戦争以外に影響されたことのないオリンピックが1年延期になった。過去に中止は5回ほどあるが、延期は初めてである。延期が決まった時は、追加費用もかかる中、開催不要論が起こった。政府も東京都も重々承知であろうが開催に踏み切った。評価は後世に委ねるが、アスリートの汗が、感動を呼び起こし、涙を誘ったことは評価できるのではないだろうか。取りも直さず、デモなどによりけが人が出なかったことはよかった。
現在の学校はというと、イレギュラーな方式ではあるが、小・中・高は少しずつ対面式で授業が行われるようになり、大学もかなり対面式にはなってきた。しかし、未だにオンライン授業もあり、学生には無理を強いる状態が続いている。
今、研究棟から眺めるキャンパスに学生の姿はまばらだ。研究棟も外から見ると学生たちの姿が見えず、白い顔に黒縁の眼鏡をかけた、殺風景な建物に見えているだろう。早く学生達の声が飛び交い、笑顔が弾けるキャンパスになってほしいものだ。
このような環境でありながら今日はなぜ大学にいるかというと、本大学において、若くして教授になった私への取材があり、記者を待っている。
当初は他の教授の手前もあり、また私もあまり目立ったことが好きではないことから取材を断っていた。しかし、昨年の冬休み前にわざわざ総長が教授室へ来られた。そして直々に頼まれたため断りづらくなり、コロナ禍の終息がまだ見えない日々が続いていたのと、授業が一部オンラインで行われており、学生からの質問も少なく時間を持て余していることから承諾した。
それに、取材もいい息抜きと思ったからだ。ただ、自分自身の直接取材は初めてなので、立ったり座ったりと落ち着かない。知らない人が見れば寒い冬の動物園で無理やり表に出されて困っているライオンのようだ。
コンコンと、ドアを叩く音がした。ドアの向こう側から、本日インタビューをお願いしております「ツノカミ」と申しますという声がした。
自分の机から立ち上がった助手の伊藤が、
「教授、取材の方がいらっしゃいました。」と声をかけられた。
先に、ここで、本日の主役である私を紹介しよう。
私は早乙女弘樹(サオトメ ヒロキ)今年の6月で39歳になる。現在、帝央大学の臨床心理学の教授である。特に深層心理という学問に傾倒している。
深層心理とは、このあと一般人が聞いたことのない言葉で記者に説明しているが、簡単にいうと人間の奥底にある無意識から表される意識を研究する心理学である。
次に私の性格はと言うと、根暗な立ち位置にいると思われる。というのも、大学内ではあまり賑やかな場所が好きではない。また、学生達との飲み会などに出席したこともない。ほとんどが教授室と講義室の往復で一日が終わってしまう。
つい最近、学生からキャンパスの西側の古い研究棟のことを聞かれたが、その存在を知らないと言うとビックリされた。こんなことを言うとちょっとおかしなやつと言われそうだが、まだ大学内に知らない場所が沢山ある。
そんな私だが、これでもルックス・職歴・収入とそれなりに申し分はないと思っている。だから構内では好かれている方ではないかと自負している。それに女性は嫌いじゃない。
しかし、女性よりも興味があるのがミステリーだ。そもそも若くして教授になったのは、准教授時代に扱った色々な事件をきっかけにそれに関する論文を発表したからだ。その題名は【犯罪に潜む、無意識の中の意識】だ。一度読んでほしいものだ。
自分の話はこれぐらいにして、今しがた応対した私の助手で、いつも傍にいてほしいほど頼りにしている人を紹介したい。
彼女は、准教授時代からの助手で、伊藤真奈美(イトウ マナミ)さんという。気立ては良く、不平不満を一切言わず、仕事を卒なくこなして頂いているのだが、冗談が通じないので一人しょげてしまうことがある。
去年の夏、冗談のつもりで言ったことにこんなことがあった。
「伊藤さん、ちょっと聞いてくれるかな。昨日クーラーだけでは暑いから、リサイクルショップで扇風機を買ってきたんだけど、つけてみると逆に部屋が蒸し風呂になって気絶するかと思ったよ。やっぱり中古はダメだね。」というと、間髪入れずに、
「羽根はございましたか。」と聞いてきた。
「いや無かったよ。」と答えた。
すると伊藤さんはあきれた様子で、机をふきながら目も合わせず、
「中古は関係ないと思います。それって、昔流行った扇風機型電熱機じゃないでしょうか。間違えるような人がおられるのですね。勉強になります。」
けんもほろろだった。彼女には、私が扇風機型電熱機を顔の前においてTシャツを右手で揺らしながら、なかなか涼しくならないなあと、汗をかきながら暑いと言っているシーンが浮かんでいるのだろうと思った。この時初めて、彼女には冗談が通じないということを思い知らされたのであった。
彼女の中の私は変人というレッテルが貼られたようだ。
ところで、今回は、最も悲惨で狡猾な犯人が、私へ挑戦状を渡す前の前哨戦を説明することになる。
伊藤さんがドアを開け、記者が入って来た。
「早乙女教授、初めまして基本はフリーライターですが、雑誌【考都】から参りました、津野神セリ(ツノカミ セリ)と申します。本日は取材に応じていただき、誠にありがとうございます。」
「臨床心理学の教授をしております、早乙女弘樹です。」と名刺を交換した。
名刺を交換しただけであったが、緊張が半端ないぐらい圧倒される感じがした。彼女の雰囲気は、記者というよりは、私の講義を聞きに来た一番前の席で一言も逃さず聞くぞという学生のようであった。
女性の年齢を推測してはいけないが、二十代そこそこのように感じる程かなり若いように見えた。確かに女性を見た目で判断してはいけないが、学生新聞の記者のようだ。だから、何かを吸収したいという学生のような集中力で、圧倒されるような感じであった。
取材なんてされる側には立つことがあまりないからかもしれない。
ところで、私の事はどのように映っているのであろうか。下準備のため私の調査はしているだろうから、ある程度の知識はあるのだろう。
そのようなことを思い描きながら打ち解けるためにも記者の方との会話を探した。
そして私は記者の名刺を眺めながら、
「津野神さんというお名前って珍しいですね。」
「いつも言われます。ただ、本当は漢字で牛の角に神様の神と書きます。そしてそれだけではなく、角と神の間に数字の横一が入って、角一神(ツノイチノカミ)が先祖の改名前の本名になります。」
つまりペンネームか。何故なんだろう。新聞記者の方には何回かお会いしたことはあるが、ペンネームの方はいなかったので、雑誌記者の方はよくあるのだろうかと思った。
気になった私は「いいお名前と思うのですが、なぜペンネームを使われているのですか。」と尋ねた。
すると彼女は、名刺入れを机に置き、私の名刺をその上に置いてこう言った。
「いつもは、ちょっと厳(いか)ついイメージで捉えられるので、そう言って頂くと嬉しいです。ありがとうございます。何故ペンネームかと言いますと、フリーライターをしていると厄介な方の取材で逆恨みされることがよくあります。その際、フリーのため私を守ってくれる会社がありませんので。」
フリーだから通り一辺倒ではやっていけないということか。私には窺い知れないものがあった。
「色々と大変ですね。」
「そうですね。少し名前を変えると身元が分かりにくくなりますので、ちょっとだけの安心です。」
このように苦労をされた方から見れば、教授の仕事って学生に対して一方的に話すだけで、責任もあまりないし恨まれることもないでしょうと、暗に言われているようだった。
「確かに女性なら尚更ですね。ところで、私のような者の記事ってあまり読者受けがしないのではないですか。何か恐れ多いです。」
「いえいえ、39歳の若さでこの帝央大学の教授になられた、今話題の早乙女教授だからこそ、取材する価値があるというものです。」
かなり持ち上げてもらったな。プロの取材って取材相手を高揚させるようにもっていくものなのだと感じた。確かに聞いていて不愉快な感じは一切ないし、お世辞のようにも聞こえないのが不思議であった。
「では、早速ですが、取材をさせて頂いても宜しいでしょうか。」
あっその前に、今お茶をお出しした伊藤さんを助手と紹介した。津野神さんが名刺を出されたので、伊藤さんも慌てて自分の席に戻り、名刺を交換していた。
第二話:https://note.com/glossy_human6092/n/n8fb241a3a162
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第四話:https://note.com/glossy_human6092/n/n431859b2296d
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