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Buddy is a living spirit(相棒は生き霊)第十二章

注釈
 「 」かぎ括弧は会話
 ( )丸括弧は心の中の会話又は電話等
 [ ]角括弧は生き霊の会話

第十二章 本丸へ登城

[おい、起きろ]

(まだ5時じゃないですか。出勤の定時は8時半のはずですよ)

[バカやろ。みんなはほぼ仮眠室だ。だから机の拭き掃除でもして先輩が部屋に入ってくるのを迎えろ。それが新人の鉄則だ]

(それならそうと昨日に言って欲しかったです)

 神山は歯ブラシを咥えながら、お湯を沸かしパンをトースターに入れて朝食の用意を同時に行い、朝の始まりを済ませると服を着替えてドアを開けた。

 これだけのことを10分ですますと、
[やればできるじゃないか。刑事は事件が解決してものんびりすることなどないと思え。すぐに次がある。世の中にとっては俺たちが暇な方がいいんだがな]

 みなとみらい線の馬車道駅を出ると、そこから歩いて4〜5分のところに目的の場所があり、20階建の高層ビルが目に飛び込んできた。

 神山は、南田に言われた通り詰所で身分を明かし本部に入った。そのままエレベーターで8階へ。チーンという音と共に開いたドアの前に南田がいたので、驚きのあまり少しその場で飛んでしまった。

「すまん。びっくりさせてしまったかな」

「そんなことはございません。正面に人が立っていたのでドキっとしただけでございます」

「君が来たら知らせて欲しいと詰所に頼んでおいたから。ところで、これからは仲間なんだから普通の上司と部下の間柄の会話でいいぞ。敬語はやめておこう。まあ、上司だから丁寧語ぐらいで、な」

「ありがとうございます」

「しかし早い出勤だな」と言いながら捜査第一課まで連れて行った。

「山神さんから刑事の作法を教え込まれていましたから」

「もしかすると、そこまで肩入れするのは君と健太君がダブっているのかもしれないな」

 そもそも神山は、山神の家族のことはほとんど知らないので、このような会話をする情報がない。少し不可思議な顔をしていると、
「神山君は知らないのかな。付き合いは長そうだから知っているはずなんだが」

(山神さん。ピーンチ!)

[ちょっと待て、健太なんて知らんぞ。知らんと言え]

「南田副班長、いくら考えても思い出せないのですが。健太さんという名前は瑠璃さんからも聞いたことがありません。もしや瑠璃さんに亡くなったお兄さんか弟さんがいたのですか」

「親戚にいなかったかな。すまん、誰かの息子と間違えていたかも。班長があんなことになってから、私も心が乱れているからかな。申し訳ない。ところで山神班は奥から三列目で君の机はそこになる」と、入り口からはすぐの列で一番後ろになる席を指差した。

(山神さん。やはり何か疑われているのでしょうか)

[わしにも分からん。近藤の尾行も外れたし、疑いは晴れたと思ったんだが]

 結論は見えないでいたが、気を取り直して拭き掃除をするために雑巾とバケツの場所を聞いた。南田はその場所を伝えると顔を洗ってくると洗面所に向かった。バケツに水を入れるために部屋を出て一緒に洗面所まで歩いたが、その途中で「今日は近藤という刑事がいるんだが・・」と言った瞬間「近藤さんですね」と言ってしまった。当然、南田から知り合いかと聞かれたので、とっさに「山神さんから何度か聞いたような」と誤魔化した。

[神山。俺がなんでもかんでも話していると思われても困るから、捜査本部に関しては知らないと言え。もしも俺の家庭内の事を聞かれたらすぐに伝えるから。いいな]

(分かりました)

 一人部屋に戻ると窓を開けて空気を入れ替え、机の拭き掃除をしていると「今日も眠いわ」と山神班の刑事が三人やってきた。

 山神は、お前に先入観を植え付けないように名前は言わないでおくといって黙った。

 最初に入ってきた男が神山を見て、今日から来る新人さんかと尋ねるので、前所属と階級を告げた。みんな疲れた様子であったが、快く歓迎してくれた、と思っていた。

 みんなが出勤した後、サッパリした顔つきで南田が入ってきた。挨拶は済んだかという言葉に「すんでおります」と近藤が答えた。

「神山君。これから今回の事件のおさらいも込めて説明する。そのあと新しい報告をみんなからしてもらうのでしっかりメモするように」

 大きな返事をした神山は、カバンから手帳とシャーペンを取り出し机の上に置いた。

 一人が前に進み、近藤と名乗ったあとホワイトボードを回転させた。見ると名前や矢印、そして顔写真や現場写真がびっしりと目に飛び込んできた。

 被害者の悲惨な状態の写真にはびっくりした。山神から[被害者の顔をしっかり脳裏に焼き付けろ。体力に限界がやってきた時に思い出せ。]と言われた。

 山神はいつもこのような気持ちで捜査に接しているのかと思うと、刑事は被害者の思いを常に抱えながら日々勤めているのだと思った。この気持ちは神山にも通じていると思いながら(はい)と答えていた。

 近藤が説明し始めた。

 二年前、女子大生を横浜港で溺死殺人をさせた内容を話し始めた。神山にとっては山神の手帳からほぼ完璧に暗記した内容をレクチャーされているだけであった。そして今年になりニノマエから情報を受けて、その証拠を一つ一つ積み上げているところだと説明した。

 神山は白々しく「ニノマエさんというと、もしかしてあの・・」と南田に話した。

 すると神山に顔を向けた近藤が、
「神山。お前偶然にニノマエの奥さんの死体と鉢合わせしたらしいな。俺は偶然なんて信じちゃいない。ニノマエを張っていたんだろ。誰からの情報だ」

「南田副班長にも関連を聞かれましたが、本当に偶然です。そもそも山神さんとは署内でたまに会うぐらいで、瑠璃さんとも事故後付き合うようになったぐらいですから」

「班長から聞いたんじゃないんだろうな。ところで副班長は今は班長代理だ」

「すみません。以後気をつけます。ところであの山神さんですよ。酔っ払っても話すことはありません。当然、瑠璃さんも知りませんので、聞くこともありません」

「そんな偶然があるのか。今回だけそうしておこう」

 なんとかすり抜けたと思った。

[神山。お前と俺は事件に関して、何か関連があると思われているようだ。もしかすると手元に置いて見張っているのかもしれない。一応、計画を少し修正する。今は南田達の信頼を勝ち取る為の行動をとることに専念する]

(分かりました。ここでは真っさらな頭で協力することにします)

 近藤から「神山、何か質問はあるか」と話しかけられた。

 手を上げると話し始めた。

「今回の容疑者勅使河原将道には完璧なアリバイがあるとのことですが、ニノマエさんの証言の裏づけはどうなっているのですか」

「我々が脅迫を受けたあとニノマエにも脅迫が入ったのだが、班長があの事故になったことで、次は自分だと思って口を閉ざしてしまった。しかし班長代理の粘りで聴取できたことで前に進むと思っていた矢先に、奥さんの殺害事件が発生した。そのあと再び口を閉ざし、話したことは誤解だと言い出した。現在は発泡塞がりというところだ」

「ニノマエさんが話した内容を教えていただけませんでしょうか」

「時間はたっぷりあるからな。まず勅使河原の完璧なアリバイというのは、目撃証言ではなく、防犯カメラの存在だ。付け加えると、その防犯カメラの所有は勅使河原とは縁もゆかりもない所だ」

「確かに完璧ですね」

 神山は少し考え込んだあと、
「もしかすると、いま流行りのAIとかではないのですか」

「その可能性があると思い解析してもらったが、現場を映し出したものに間違いがないとの結果だった」

 その後近藤は「録画時間にそこにいるということは、干潮のど真ん中だったので距離を考えると、鑑識としては、逆さ吊りをしたあとその防犯カメラのところまで来ることは不可能と判断した」と報告した。しかし、ニノマエは横浜港の会社の倉庫に忘れ物を取りに行った際、勅使河原の息子を見たと言うことだった。昨年勅使河原が大臣を退任した際に横に秘書の兄と一緒に写っていたのを覚えていたらしい。深夜のこんな場所でと思ったのでよく覚えていたとのことだ」

「あー、あの贈賄事件の疑惑辞任ですね。私も見ました」

 これは山神の手帳の中の一コマの記憶であった。

「しかし、今回の事件で勅使河原将道が疑われていると何故分かったんですか。」

「誰かがSNSで流しているらしい。それを見たニノマエが情報提供をしてきたんだ。」

(まさか山神さんじゃないでしょうね)

[そんな技術があれば、表彰状が倍はある]

(それもそうですね)

[謙遜して話したのに、そんなことはないですよと言えないのか]

(すみません。つい、本音が)

[このやろう]

 その後近藤は「だからニノマエの証言を裏付ける捜査をしている段階だったんだが、一連の事件が発生したために証言を翻し、口を閉ざしてしまったので現在は手詰まりになった」と話した。

(だから、山神さんのことを話した私が気に掛かったんですね。何らかの繋がりを感じたということでしょうか)

[多分そうだろう。異例の抜擢だからな。それに行き詰まっているといえども捜査の素人である神山を引き入れるメリットが分からん]

(その言い方ちょっとショックだな。でも納得ですね)

「近藤さん、どこまで証言の確認をされておられるのですか」

「その時間帯のローラー作戦を行(おこな)っていたところだ」

「その話し方であれば、有効な目撃証言は得られていないのですね。一つ疑問があるのですが、もしも勅使河原将道を見たという証言が取れたとして、ビデオの証拠を覆すことができるのですか」

「難しいだろうな。見たと言うことよりもビデオの方が何倍も証拠能力がある」

 神山は、ビデオという完璧な証拠がありながら、捜査関係者や証人を狙う必要性がどこにあるのかを考えた。

 その考えを聞いた山神が、
[お前のいう通りだ]

(びっくりした。急に心の中の話に入ってくるのはやめて下さいよ。秘密にはできないことは慣れましたけれど、一応、呼びかけて下さい。心臓が縮みました)

[簡単に心臓が縮むもんか。縮んだら死ぬから俺と一緒の生き霊になっていいかもな。いや、死人だから完全な霊か。ははははー]

(性格最低ー)

第十三話(未公開)

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