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「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第二話
水野係長が、
「教授、身辺調査の件はお詫び申し上げます。お許し下さい。」
「いえいえ、先に無実が証明されてよかったと思っています。」
伊藤さんが小声で、
「聞こえていたのか。」と頭を抱えてすごく恥ずかしそうだった。
その後、班長などの紹介が行われた。
そして水野係長から、
「遺体は世田谷区船橋在住の神崎圭佑〈カンザキ ケイスケ〉、男性、昭和二年五月十五日生まれ、九十四歳と十一ケ月である。また、血液型はA型、現在は無職だが、前職は東京都庁の地域活性化開発推進統括部長であった。
そして、被害者は、現在の東京都知事が都庁の職員時代に一から仕事を教わってきた大先輩であり、それ故に知事の肝いりで本件が本庁扱いとなった。」と説明があった。
その後、捜査方針が述べられたあと、本題に入っていった。
「では最初に検視官の報告から。長内さんお願いします。」
「検視官の長内です。報告書は一応みなさんの机に配布させていただいていますが、前のテレビ画面を見て下さい。」
伊藤さんが、
「何か近代的ですね。ドラマのように写真だらけとは違うのですね。」
「ドラマのように写真だけだと後ろの人は、点ぐらいにしか見えない。それに、ここは本庁だから人数も多いし、部屋も大きいからテレビ画面を使っているのでしょう。」
ふんふんと頷(うなず)きながら、結構感心している様子だ。
「それでは、早速本題に入ります。私たちは、午前七時四十分に奥青梅ダムの提頂部に駆けつけました。発見が早かったため、まだ死後硬直が始まっておらず、死亡後一時間は経っていないと判断致しました。直腸温度からも死亡推定時刻は午前六時から午前七時頃と推定いたします。
そして直接の死因は心臓発作、つまり心筋梗塞ですが、明らかに外部からの圧力によるものと判断致しました。資料三枚目を見て下さい。心臓のあたりに二つの火傷のような擦過痕があります。」
小さすぎてよく見えないな。この違和感は何だろう。
「このあたりにスタンガンと思われる電気ショックがあったと考えられます。今、司法解剖待ちでございますが、年齢を考え即死であったと判断致しました。尚、詳しく分かり次第再度ご報告致します。」
疑問が分かった私は、いてもたってもいられず、手を上げ、
「すみません。前に出て見てもよろしいでしょうか。」
全員が顔を半分うしろに向け、鋭い視線を送ってきた。先ほどの紹介からあまり歓迎されていないと思った。
「どうかされましたか。」
「はい、ちょっと確かめたいことがありまして、前に出てじっくり見たいのですがよろしいでしょうか。」
「どうぞ、構いません。」
前に出て、画面をそばで見ていた。水野係長に虫メガネをお願いした。回りは何やら、ざわざわと、邪魔者って感じの話し声があちこちから聞こえた。
長内検視官にスタンガンの跡の拡大をお願いした。その後、水野係長が戻って来られ虫メガネを渡してくれた。
そして、その火傷の前に近づけ凝視した。
「すみません、長内検視官。この火傷のような跡ですが、左側の中心にある、より黒いシミのようなものは何かお分かりでしょうか。」
「そんなものがありますか。」
「はい、極々小さな穴の跡だと思うのですが。」
「スタンガンの先の部分による火傷の濃淡ではないでしょうか。」
「すみません。ちょっと気になりまして。」
「分かりました。一応、解剖の先生に念入りに調べて頂きます。」
「解剖の先生に、もう一つお願いがありまして。」
「何でしょう。」少し怒りながらの返答であった。
「心臓をよく観察していただきたいと。特に血液に関して調べていただきたいと。」
検視官のプライドを傷つけてしまったかも。回りが、そんなものどうでもいいじゃないかという声があちこちから聞こえ、鋭い眼差しでこちらを見ていた。しかし、この傷は気になるためどうしても話したかった。
「分かりました。それも併せてお伝えいたします。」とそっけなくて、やはり怒っているようだ。
「教授、何か不審な点があるのですか。」
「まだ、分かりませんが、スタンガンによる心臓麻痺で亡くなったようには思えなくて。年齢が年齢なのでスタンガンで死ぬ可能性はあるかもしれません。しかし、即死に近い状態にはならないのではないかと思います。長内検視官、話の途中で申し訳ありません。お続け下さい。」
私は夢中になりすぎて、画面の前で立ったままだった。また、突拍子もない発言だったので、あっけにとられて誰も何も言わなかったためそのまま続けられた。
「では次に、何故早乙女教授をお呼びしたのかと関連します。五枚目にある足の裏の写真を見てください。」
そこには、靴下を脱がされた足の裏が写っていた。
「右足の土踏まずのあたりに四センチほどの傷があります。正確に言いますと少しだけはみ出ていたのですが、この傷の中に六枚目にある名刺がラミネートで加工されて挿入されていました。」
私の名刺だ。綺麗に加工されている。ほぼ傷もないようだ。そうか、それで呼ばれたのか。
「七枚目は、その名刺をラミネートから取り出した写真です。」
「早乙女教授。これでお越し頂いたことをご理解いただけたかと。」
「理解致しました。疑問ですがラミネート加工しないと挿入しにくいでしょうが、何故加工までして差し込む必要があったのでしょう。」
長内検視官が、
「一応、科捜研でラミネートから名刺を取り出し、名刺の指紋を採取したのですが、早乙女教授の指紋しかありませんでした。」
あとで、伊藤さんから、こんなところでと叱られるかもしれないが、私は、立ったままロダンになってしまった。
しかし、今日の伊藤さんは少し違っていた。何やらニコニコとして、自慢話を始めるかのように立ち上がり、
「みなさん、少しだけお待ち下さいませ。早乙女が何かの疑問を持ったようです。」
あとで、伊藤さんから聞いたけれど、前の席の佐々木刑事とその横に座っていた女性の刑事さんが、
(これがあの有名な。
そうそうロダン早乙女だよ。そして、早乙女教授のエンジンがかかった証拠でもあるな。
どのあたりがですか。
いやロダン姿のあの長さは、真相への階段を一段上がった証拠だ。一つの疑問じゃなく、沢山の疑問が湧き上がっていると思う。
でも、私には単なる変人にしか見えませんが。
すぐにあの教授の凄さがわかるから。)
と話していたとのことだった。
伊藤さんに、そんなに長かったかなって聞いたら、あの間(ま)を取り繕うのに大変でした。さすがにあの場で小突けませんからだって。大声で笑うしかなかった。
その後、ある捜査員が不思議な報告をしていた。それは、前の日の夕方から死体が発見される数分前まで犯人らしき人影がないということだ。
それについて水野係長が、
「その件につき、サイバー班から報告がある。」
最後列、前から見て左側に座っていた捜査員が立ち上がり、
「サイバー班の来栖です。今しがた報告があったダムの防犯カメラの件ですが、解析した結果、昨日の午後6時半から朝の午前7時までの約12時間の間、前々日のループ映像ということが分かりました。
というのも当日は気温の低下により、午前六時ごろから八時頃まで、天気が悪く、微量の小雨が降ったはずなのに晴天のままだったからです。そしてご遺体の衣服が少し湿っていました。このことから、検視官の見解と照らし合わせると、発見間際に死体を遺棄し、すぐにループをやめたものと思われます。」
またまた、ロダンになってしまった。
二度目の為、伊藤さんは少しバツが悪かったとのことで、前まで来てみなさんに頭を下げていたとのことだ。
終わった後に私の腕をつかんで席まで連れて行った。ロダンにどっぷり浸かってしまった。
これは、相当腕の立つ犯人だな。死体を車で運んだところで、防犯カメラ用にナンバープレートの偽造と自分を特定させるような格好をしなければいいだけのはず。その方が楽なはずだが、この犯人には、防犯カメラに侵入する方が楽だということだ。それも12時間も。しかし、そこまでの力量がありながら、12時間もループさせるのは奇妙な話だな。それほど長い時間をループさせればすぐに分かってしまうはずなのに。犯人の意図はどこにあるのだろうかと考えていた。
後藤一課長が、
「早乙女教授。佐々木から聞いております。教授がロダンになられると、何かの疑問が生まれているはずだと。」
「そうですね。何点かございます。」
「教授は、確信が持てるまで、お預けされると佐々木から聞いておりますが、是非、共有させて下さい。」
「そうですね。初動捜査が遅れることで、致命的な判断ミスが生じる可能性もあるでしょう。それに、色々な問題点があるほうが、みなさんの選択肢が増えると思いますので。では、
一つ目は、みなさんもお気付きの通り、何故、直ぐに見つかるような場所に遺体を置いたのか。
二つ目は、私の名刺を使ったということは、私と何らかのつながりはあるはずですが、それが名刺とどのような関係があるのか。
三つ目は、その名刺に私しか指紋が無かったこと。つまり、これは私と知り合い、または何かしらの用事で私と名刺交換をした人だが、何故、自分の指紋だけ消し去ったのか。それは犯罪者だからか。
四つ目は、何故、ループ時間を12時間という長時間にしたのか。サイバー班が気付くことを想定して、わざと長くしたのか、それとも、我々が知らない別の意味があるのか、
五つ目は、司法解剖後に付け加わるかもしれない、斑点の謎ですね。
六つ目は、検視官の到着時間の速さです。
この到着時間の速さに関しては、佐々木刑事からお聞きしましたが、西青梅署管内で刃傷沙汰があり、一人が死亡、一人が重症で、近くの病院に搬送されたとの通報があり、その通報により検視官が派遣されたと聞きました。結局、偽通報であったとのこと。しかし、あまりにも偶然すぎます。
以上六点でしょうか。」