Buddy is a living spirit(相棒は生き霊)第四章
注釈
「 」かぎ括弧は会話
( )丸括弧は心の中の会話又は電話等
[ ]角括弧は生き霊の会話
第四章 駒 夜勤明け午前6時(翌日) 藤沢中央署駐車場
「篠塚先輩、お疲れ様でした。今日は職質も8回で少なかったですね。それに大事にもならず平穏な一日でした。」と言い、ニコニコしながらパトカーを降りてトランクからカバンを出した。
署に入り今日の残務整理のため交通課の席に着いた。席に着いた途端、[神山、報告が終われば事故係に行きパソコンを開け。]
[ダメですよ。昨日、南田副班長にお願いしているのですから、あと3時間ぐらいで勤務が終わりますから連絡を取ってみます。ということで静かに待っていてください。]
神山はボールペンを持ち書類に書こうとすると何回も落とした。篠塚
「ほぼパトカーだったから手が悴(かじか)むことはないだろう。」と言ったので、トランクからカバンを出す際に車の左側面に指を当ててしまったと答えた。医務室に行くように指示され、湿布するように言われた。「恐縮です。」と言い部屋を出た。
(山神さん、勝手に私の体をいじらないで下さい。さっきは意地悪でボールペンを落とさせたでしょう。)
[人聞きの悪いことを言うんじゃない。]
(先輩が言ったように、今日のようになパトカー勤務で手が悴(かじか)むことってないですからね。)
[・・・]
(また無言ですか、出て下さいよ。本当に都合が悪くなるとダンマリなんだから。このくそジジイ。)
ここまで言っても返事がなかった。この人にはリスペクトできないなと思った。
残務整理が終わり、勤務は終了なので、着替えたあとロッカー室で南田副班長に連絡した。すると現在事故係に来ているということで5分後に署長室に来て欲しいと言われた。
(山神さん、今聞いておられましたか。何かあったんでしょうか。)
[多分俺の推理通りかもな]
私服に着替えていたが、もう一度制服に着替え直し5階の署長室へ向かった。勤務明けの5階までの階段はキツくため息をついた。
[神山、お前、刑事志望だろうが。そんな体力でどうする。我々は寝ずに働いたあとでも犯人追跡では全力疾走だぞ。まあ体を借りている立場上体力強化の為に人肌脱ぐ必要がありそうだな。]
いい人なのか意地悪なのかわからなかった。5階に着いた。署長室は正面の廊下を左に曲がり突き当たりの部屋だ。
ドアの前に着くと脱帽しノックを二回したあと「神山巡査部長参りました、入って宜しいでしょうか。」と告げ許可をもらったあと、ドアノブを回し内開きのドアを開けるとソフアに南田が座っていた。
署長が近寄ってきて県警本部の南田警部補と紹介し「昨日電話で話したそうだね。」と言われた。
直立不動のまま、
「はい。元旦の事故が少し気に掛かり、一応、山神さんの部下の方にと思い、南田さんにお電話致しました。」
「まずは君の上司に報告するのが先だとは思うが。どうかなあ。」
「申し訳ありませんでした。署長のお言葉通りでございます。以後、どんな些細なことでもご報告致します。」
「以後気をつけるように。では座りたまえ。」と言われ、南田の横に座った。
面前に座った署長が、南田警部補に話を促した。
「署長ありがとうございます。」と言い、昨日の要件について話された。
「昨日聞かされた山神班長の事故だが、一つ目の疑問である給油について、給油していないことが分かった。そして二つ目の疑問である、家を出た時間だが、歌番組が始まってしばらくして書斎に入ってしまい、それ以後見ていないとのことだ。
朝起きたら警察から電話があり、急いで救急病院に向かったらしい。石田の供述にあった歌番組を見終わり、除夜の鐘を聞き終わって外出したということはありえないと思われる。
故に二つとも嘘である。結論を言えば、班長は狙われたと思う。神山君には詳細は言えないが、我々、山神班はある殺人事件を担当しており、既に目星をつけ追っているところだ。しかし、その親は超がつくほどの大物であり、班長と私は家族共々脅迫めいた言葉を投げられていた。」
「そうであれば、殺人及び殺人未遂で立件されるのですか。」
[バカやろう。立件はダメだ。こいつを見張るために南田に話してもらったのに、殺人で立件されたら黒幕が鳴りを潜める可能性がある。だから立件は過失運転致死傷罪でするように言ってくれ。]
(そんなことできないですよ。山神さんのご家族をあんな目にあわせた奴を、ある意味許すことになるじゃないですか。)
[構わん、そう言え。]
言おうか言うまいかを迷っていると南田副班長が、
「相手に勘ぐられようとも関係がない。石田を殺人及び殺人未遂で立件することにした。だから再逮捕することになった。」
[南田、やめろ。殺人で立件するな。]
「山神さん。過失運転だなんて奥さんに顔向けできないでしょ。」と声が出てしまった。
署長と南田副班長がキョトンとしていた。そこでその言葉をかき消すために、
「南田副班長は、山神刑事なら必ず殺人罪で立件するなと言われると思われたのですか。」
「そうだ。班長ならそうしたと思う。」
南田副班長は天井に顔を向け、目を瞑(つむ)って自問自答するように呟いた。
「気がついたら怒鳴られると思うが、亡き奥さんのことを考えるとその選択肢は私には無い。」
[神山。選択肢があると伝えろ。]
(なんと言われようと、ここにいる全員の一致した考えですから。)
[この野郎。娘との交際は許さんからな。]
(なんの関係があるんですか。)
[また、邪魔をしてやる。]
(やっぱり邪魔をしていたのですね。)
また返事がない。(このたぬき親父!)
両手で両膝を叩いた署長が、
「神山巡査部長、以上だ。この件はまだご家族には内緒にしていてくれ。」
何故家族と知り合いだと思っているのかと考えていた。
すると、南田副班長が、
「なぜ知っているかという顔つきだな。我々山神班は班長の安否を気にかけている。誰が面会に来たかも把握している。君は二日続けてお見舞いに来ていた。そこでお嬢さんと話しているところも知っている。だからだよ。」
「いえ、ご家族とは今回お会いしたのが初めてですので、お付き合いをしているとかご心配されるようなことはありません。大丈夫でございます。捜査に関わることでもありますので、誰にも口外致しません。」
神山はソフアから立ち上がり、一礼した。
無言のままドアまで行き、ドアを半開きにしたまま声を掛けて出て行った。すると、[この根性無し。]
(なんと言われようと、この回答が正解です。)
理解はしているのか、山神は無言であった。一階のロッカー室に向かい着替えた後、家路についた。山神は、途中のバスの中でも一言も話さなかった。どのような心境なのだろうか。世の中のためには自分たちを犠牲にしても悪者を捕まえたいという気持ちがあのような発言となったのだろう。
「山神さん、南田副班長のお気持ちが分かりますか。」やっぱり返答はない。これは山神が南田副班長の言葉に感謝している証だろう。
家に着いた。ドアを開け暗い部屋の電気をつけた。お風呂に入る気になれずそのままベッドに倒れ込んだ。
けたたましく目覚まし時計がなった。まだ、外は暗い。朝の5時だ。知らず知らずのうちに目覚ましをかけてしまったようだ。まあ、結構な時間寝ていたのだと思い洗面所へ向かった。
案の定、山神が待ち構えていた。
[今日は非番だろ。起きるには早いんじゃないか]
目覚ましが鳴ったのでと言おうとしながら、洗面所の鏡を見て、
「うわ、びっくりした。今日は何ですかその顔。幽霊にも寝不足とかあるのですか。」
[いやー、昨日は徹夜で頑張ったからな。]
「何をですか。」
[お前には言えん。]
「しかし私の体を使う以上は全てを教えて頂かないと協力できませんよ。それに聞いていないことにするにも、理由を聞かない中で知らないふりはできませんから。」
[小僧、中々の策士じゃないか。言わざるを得ないように話しを持っていくのはいいことだ。犯人を落とすにはそれぐらいの策士でないと、海千山千の犯人は落ちないからな。]
[分かった。話してやる。]
(今日はやけに素直だな。あ、聞こえているのか。すみません。返事がない。)
[何を変な顔をしておる。]
(そうか、鏡の中にいる時は私から離れているのか。独り言を言う時は鏡に移せばいいと言うことだな。これは発見だ。山神さんには内緒にしておかないと。)
「いいえ。許可を頂けるとは思いませんでしたので。」
[まあ、確かに何も分からず、この先小僧の体を借りるのも色々と障害があるかもしれないからな。いいか、今からいうことは決して口外しないように。もしも小僧が知っていることを誰かが聞くことになると、情報漏れで捜査員同士が信頼できなくなってしまう。そうなると情報がうまく上に上がらない場合もある。いいな。]
「分かりました。」というと、山神が話し始めた。
[もう二年も前になるが、横浜の磯子区であった殺人事件を覚えているか。]
「確か港の岸壁の海側に足を紐で括(くく)って逆さ吊りにし、溺れさせたという女子大生殺人事件ですね。」
[そうだ。]と言い、話を続けた。
(その事件は覚えている。殺害方法があまりにも残忍であったことだ。確か引き潮の時に頭スレスレに吊るされ、満潮へ向かう中で溺死させたという痛ましい事件だ。そうかもう二年になるのか。)
[その事件に有力なタレコミがあった。その内容が、共生新民党の国会議員の勅使河原将臣(テシガワラ マサオミ)の次男将道(マサミチ)の犯行だというのだ。]
「そのタレコミの真相は。」
[被害者は当時ストーカーにあっていたという情報は掴んでいたが、そのストーカー野郎が誰かは分からないままであった。そのタレコミでは、そのストーカーは将道だと。
すぐさま将道の身辺調査を行うと、出るわ出るわで埃(ほこり)だらけの体であった。ほとんどは将臣が尻拭いをして表沙汰にならなかっただけだった。だから任意で家に事情聴取に行ったのだが、証拠もないのに失敬な奴と追い返された。ただ、親の将臣が余計なことを口走っていた。
二年も経って来るとは本当に失礼な奴らだと言ったんだ。そしてその場に弁護士が同席していたのも不思議な話だ。何の話もしていないのに二年前の殺人事件と勘づいていた。リークした者がいたか、それとも・・]
「それともって何ですか。」
[いや、これは私の推測なので話さないでおく。ただ、この時に弁護士が反社を匂わせるようなことを話したんだ。そして私の町の街灯が一つ消えていると言っていた。確認すると確かに一つ消えていた。]
「それって山神さんの家族を見張っていたということですか。」
[そうだ。たぶん副班長や他の捜査員も調べられているのかもしれない。]
「それじゃ私がやりましたって言っているのと同じです。」
[その通りだ。だから今年から本格的に捜査を開始するところだった。南田が殺人で追及するのであればその方向で捜査を進める。小僧には悪いがこのままで協力してくれ。]
「分かりました。それでは今日はどちらに参りましょうか。」と話した。
すると山神は、千葉の実家の近所まで遠出がしたいと話したため、急いで支度をしてレンタカーの手配もした。