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「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖    第九話

第四章 新たな事件
令和4年4月14日(木曜日)午前7時
自宅から大学へ

「百合、行くぞ。光一君も来てるぞ。」

「ごめん、ちょっと髪が。先に出ていいよ。」

 玄関で、光一君にあとは宜しくと言って外へ出た。

 何年振りかの賑やかな日々であった。一人に慣れていたが、妹がいる生活に馴染むといなくなることを考えて寂しく思う自分がそこにいた。

 大学に着くと、いつも通りの風景が目に入った。桜も葉桜になり暖かい風が頬にあたると季節の移り変わりを実感できる。

 教授室のドアを開け挨拶した。
「伊藤さん、おはよう。」

「教授、おはようございます。」

 今日の授業は二限目だから昨日準備していないので、今から準備するよというと、そうですねといい、本棚から本日の講義に必要な資料をチョイスしてくれていた。

 彼女ぐらいになると、講義内容を見ただけで、どのような資料が必要なのかが分かっている。
だから、彼女を講師に推薦した。

「教授、今日の資料です。あと、アメリカのDr.サイスの論文が届いていますがどうしましょうか。」

「その論文なら、先週、私のパソコンにメールが届いていたので、全て読んだあと意見書をDr.サイスに送りました。それは伊藤さんが読んでみたらどうかな。かなり的を射た論文とは思ったよ。」

「ええ、この英語の論文をそんな短期間で全部読まれたのですか。千ページは超えていますが。」

「前にも行ったと思うけど、私の脳はカメラアイ、つまり瞬間記憶能力だからでしょう。」

「それは、以前お聞きしました。でも教授は、記憶するだけではなく、瞬時に読解できているのが凡人には理解できないです。」

「カメラアイのバージョンアップ版かな。」

「ところで、かなりということはどういうことですか。」

「そうだね。まずは、私の意見書の内容を話す前に、伊藤さんが読んで意見を聞かせてくれないかなあ。」

「私が読んで理解するには、二、三ヶ月は最低でもかかります。そのころにはまた別の論文が出ているかもしれません。」

「じゃ、二百三十三ページから三百八十五ページまででいいよ。私の意見もそこに集約されているから。」

「分かりました。頑張ります。」
 
 そう話しているうちに二限目の10分前になり、そろそろ行きますと言い、部屋を出た。そして、研究棟から中央棟の三階の大講義室へ。

 ドアを開け、みんなの顔を見た。何か新入生を見ているようだった。
「みなさんおはようございます。今年から、普通の授業へ順々に移行するようです。よかったですね。」

 前の席の女性三人組が、はいと大きな声で返事をした。みなさんには大変な苦労をかけましたと言い、こうして間近に顔を見ることができ、喜んでいますと話した。そしてまだ余談は許しませんが、何とかこのウィルスに打ち勝ちましょうとも話した。

 その後1時間半の講義が終わり、終礼のチャイムが鳴った。あっという間に終わってしまった。

 本を整理していると一人の学生が教壇まで来て尋ねた。
「教授、篠山唯彦と申します。一つ質問しても宜しいでしょうか。」

「どうぞ構いませんよ。この講義室は、午後まで使用しないはずなので。」

「教授は、無意識の言動やそぶりに注目されていますが、それは本当に真実を語っているのでしょうか。」

「と言うと。」

「教授の論文を拝見致しました。論文の中に、人間は隠し立てがあると潜在的な意思が働いて、意図する意思とは関係のない言葉や動作が出るとありましたが、その洞察する定義が不明だと思うのと、全ての人に当てはまると言い切れるでしょうか。」

 いつのまにか、2、30人の学生が教壇を真ん中にして囲んでいた。部屋を出る際、彼との問答を聞いていたようだ。さしずめ、補習講義のようになっていた。

「多分、君の意図するところは、見抜く力が必要なのと、訓練を受けた人、つまり、日本で言えば公安の人やスパイ映画に出てくるエージェント、そして、精神を病んでいる人などのことを言っているのでしょう。」

「はい、その通りです。」

「まず、少しぐらいの訓練では、隠れた意識の洞察は不可能かもしれません。そして精神に異常をきたしている人は、その度合いによるでしょう。確かに、継続的であれば、無理かもしれません。しかし、断続的であれば正常な時が短くても可能と思います。ただし、正常な時が短かすぎるとその判断はかなり難しくなるとは思われますが。次に・・。」

 その続きを話そうとすると、囲みの外から伊藤さんの呼ぶ声がした。

 一斉に彼女を見たものだから、びっくりして後ずさりしていた。何かと聞くと、お帰りが遅いので迎えに来ましたと言った。
 いつもは、迎えに来ることがないので何故ですかと聞くと、佐々木刑事が、取り急ぎお話しさせて頂きたいことがあると言うことで、もうすぐ来られますとのことだった。

 学生達には、申し訳ないと謝り、次回の講義で最初に議論しましょうと話した。そして本日の受講生全員に今の内容をメールしますと言った。

 そして訓練した人の無意識を探索する方法を宿題にして解散した。集まった学生は残念がっていた。そして再度伊藤さんを睨んでいた。

 研究棟に戻りながら、今の件を話すと、私の講義の日は、確実に三十人は欠席ですねというので、そんなことはないよと行ったが、返事もなく、うつむき加減に歩く姿を見ていると聞こえていないようだった。


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