「暗黒面の寓話・#37:ひとりぼっちの戦場」
Sub:何処かで誰かが頑張っている
無機質な電子アラームの音でオレは眠りから目を覚ました。
眠い目をこすりながら朝食替わりの栄養ドリンクを飲み干す。
それからコクピットよじ登ってインカムでCICにコンタクトする。
「こちらB3、西ブロック担当のクドウ」、
「これから、本日の対応を開始します」、
「現在の状況と、本日の指示をお願いします」
「こちらCIC、担当OPのケイトです」、
「少し厳しくなっています。 北ブロックの状況がよくありません」、
「ついて、本日は北ブロックへ転進して対処をお願いします」
オレはメイン・ジェネレーターを起動させながら小さく舌打ちをした。
北ブロックは足場の悪い山岳地帯だ。
機動性がおちるし、なにより機体が不安定になるのがイヤだ。
「B3、了解」
「北ブロックへ移動して状況に対処します」
「ところで、、、」、
「以前からお願いしてる油圧アクチュエーターの部品はまだですか?」
「右腕の動きが悪くて、どうにもならない」
「こちらCIC、補給部品の手配はしていますが、、」、
「まだ時間がかかりそうです」
期待してはいなかったが、いつも通りの応答にオレはため息が出た。
実際、俺の乗る機体はもうボロボロだ。
駆動系では頻繁に油圧の低下が起きるし、アームのポジションセンサーがバカになりかけているのでアームの位置がなかなか定まらない。
今日まで騙しだましでやってきたけれど、そろそろ限界だ。
「スミマセン、、もう少し辛抱してください」
申し訳なさそうなOPの様子に少し気が引けてしまう。
「CIC、、、ケイトさん、、、」、
「すまない、、、アンタが悪いわけじゃないのはわかってる」
実際、彼女は上からの指示を伝えているだけで、彼女が悪いわけではない。
それどころか彼女は現場の“要請”を懸命に上に伝えようとしてくれている。
俺の要請を無視し続けた前のOPに較べたら彼女は何倍もやさしい。
そうするうちにメイン・ジェネレーターが安定してきたので、接続回路を開いて機体を動かす準備にとりかかる。
「B3、了解」、
「これより北ブロックへの移動を開始する」、
「で、、、今日の援護は誰?」
「こちらCIC」、
「すみません、、援護は、、ありません」
オレは耳を疑った。
「おい!?、、ちょっと待てよ!」
「北ブロックをオレ一人でカバーしろっていうの?!?」
わずかな沈黙の後、CICからの応答が答える。
「スミマセン、、、要請はしたのですが、、、誰もいなくて、、、」
「誰もいないって、、、」
「D5のケンジは?、、アイツならすぐに来られるはずだ!?」
「D5のパイロットは、、先週、、」、そこでケイトは口を噤んでしまう。
オレは、彼女の沈黙が意味するところをすぐに悟った。
“マジかよ!”、 “ケンジの奴、とんだのか!?”
じっとりとした汗が自分の額に滲んでくるのがわかる。
「じゃあ、、ホントにオレの単機だけなんだ?」
「ほんとうにスミマセン、、、」
OPの言葉に、オレは少し気が遠くなった。
“ひとりで死んで来いってことかよ”
オレは声に出さずに悪態をついた。
中央から離れた現場のことなんて上はまともには考えてくれないのだ。
所詮、オレ達は使い捨ての駒でしかない。
オレは気を取り直して、ケイトの為にできるだけ明るい声で応答した。
「B3、了解」、
「とりあえず、、やれるだけやってみるよ」
オレは推進器に動力を伝達するレバーを操作して機体を動かし始めた。
オレの乗る機体:HMV4500はゆっくりと動き始める。
旧式であちこちガタがきているがタフな機体だ。
“しかたねえ”、 “ケッパルしかねえ!”
オレはカラ元気をかき集めて気合を入れた。
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コマツ製HMV4500は、汎用多目的重機だ。
今は土砂を掘削するためのショベル・アームを左右に装備している。
オレの任務は、大規模な山崩れで埋没した山間部の道路を開削することだ。
提示されていた報酬金額に目がくらんで泊まり込みの操縦者募集に応募したのだが、実際に来てみるととんでもない山の中で朝から晩まで働かされる超絶ブラックな現場だった。
最初は沢山いた操縦者(パイロット)は次々に辞めていき、最近まで残っていたのは借金などがあって辞めるにやめられないオレやケンジのような訳アリ者だけになっていた。
そのケンジも先週、バックレたらしい。
「チクショ~!、、とうとう一人かよ!?」
オレは自暴気味に気合を入れると、重機の移動速度をあげていった。
たとえ一人になっても逃げ出すわけにはいかない。
契約した任期いっぱいまで働かないと報酬が貰えないのだ。
“ガンバレ俺!、もち堪えろHMV4500!”
借金を完済するその日まで、オレはこの戦場(現場)を離れない!
きっと、、今日も遅くまで残業することになるのだろう、、、