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「暗黒面の寓話・#50:守護霊」
(SUB:最も強い守護霊は、、、)
その ”堂” の周りは異様な雰囲気に包まれていた。
淀んだ空気は邪悪な気に満ちており、それを吸うだけで気持ち悪くなる。
そこは元々は邪悪なモノを払う破魔師の総本山であり、この国の中で最も強い霊力を持つ者たちが集う場所だった。
その場所が今、腐った瘴気に覆われ尽くしている。
浄化の為に持ち込まれた呪い物がバースト(怨霊化)を起こしたのだ。
”堂” には沢山の護符が張り付けられており、その堂を取り囲むように四方に護摩壇が据えられ、その前で大勢の祈祷師が絶え間なく祈祷をしている。
その中には著名な霊山の総帥や、有名な破魔師の姿もあった。
日本中の有力な霊能者が総出で ”堂” の中のモノと対峙していた。
だが、、、それでも圧されていた、、、
本来、朱く輝くはずの護摩の炎が紫色に変わり始めると祈祷師たち中の幾人かが地に顔を伏せて痙攣し始める。
中にはそのまま卒倒したのではないかと思われる者までいる。
力ある破魔師達が総力を挙げても ”堂” の中のモノに敵わないのだ。
破魔師の力は、その者の守護に就いている守護霊の力による。
強力な守護霊が就いている者ほど能力が高くなるのだ。
だから破魔行(除霊)を行うには自身の守護霊の力量が重要になる。
“相手(悪霊)を滅する場合“ は当然として、“追い払う場合” でもこちらが相手(悪霊)よりも強くなければそうすることはできない。
要は、自分の守護霊が強くなければ破魔行(除霊)は成立しないのだ。
どのような守護霊に就いてもらえるかは、ほとんどが生を受けた際に決まるのだが、後天的な修行などでより徳の高い(=強力な)御霊と “縁(えにし)” を結ぶこともがきる。
修験者や霊能者がみな、精進修行に打ち込むのはこのためだ。
強い守護霊としては、人間霊の場合は ”古の武将”、”金剛力士”、”徳のあった僧侶”、などだ。
あまり多くはないが、精霊化した動物(熊や狼)や樹木(樹齢のある大木)などの自然霊が守護霊となることもある。
そのような自然霊はほとんどの場合、人間霊よりも力が強く、それらが守護する者はとても強力な霊能力者となる。
そして、、、悪霊と対峙する際にその ”強さ” がものをいう。
怨念や執念によって悪霊となった霊を “調伏“ できるのは、その悪霊よりも強い守護霊に守られた者だけなのだ。
悪霊よりもこちらの方(守護霊)が圧倒的に強ければ、相手を滅することができる。
また、力の差がそれほどでなくてもこちらが優勢ならば、追い払うことができる。
少なくとも相手と渡り合える同等の力があれば、相手と向き合いこれを鎮めることができる。
つまり、破魔行とは実に、霊同士のパワー・バランスによるものなのだ。
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しかし、、今ここで起きている事態、ここにいる怨霊の力は桁違いだった。何人かの有力な破魔師が堂に向かったが誰一人として戻ってこなかった。
そして少し前、この国の第一位と言われる力ある法師が堂に入っていった。
法師には ”鉾を携えた仁王” と ”二頭の獅子” が守護霊として就いていた。
出自だけではなく、長年の修行の末にそれらの守護を受けるに至ったのだ。
これまで “かの人“ に祓えなかった怨霊はいなかった。
この国の破魔師の筆頭。 とうとうそんな人物が出場したのだ。
だが、、、それでも、、、足りなかった、、、
10分ほどの後、堂の扉が開き、そこからよろめきながら人影が現れた。
駆け寄った従者たちに支えられて戻ってきた法師の姿は変わり果てていた。
四肢は木乃伊のように細く褐色に変色し、、眼窩の片方は空洞となりそこからドス黒い血がながれている。
法師は切れぎれの息をしながら、悪霊の正体を人々に伝えた。
「巨大な双頭のオロチだ、、、」、
「アレはヒトの敵う相手ではない、、」
「儂の守護様も、彼奴に飲まれてしまった、、、」
法師の守護霊だった仁王様と獅子の一頭は悪霊・”双頭のオロチ”との戦いに破れ、飲まれてしまったのだという。
辛うじて残ったもう1頭の獅子のお陰で法師は堂の外に逃れることができたらしい。
その様子にそこに集っていた人々に絶望が広がりつつあった。
この国の筆頭であった破魔師が敗れ去ったのだ。
このままでは、この国そのものが滅びかねない。
「先に挑んだ者達もみな、やられてしまった、、、」
「もう、、アレを呼ぶしかない、、」
法師の言葉に傍にいた高僧達に動揺が走る。
「「「「「「「「 !アレ! 」」」」」」」」、
「そんな、、アレを使ったら、、皆ただでは済まない」
「我々も滅んでしまう」
悲鳴のような高僧達の言葉を遮って法師が一括する。
「それでも、、あのオロチを屠るにはそうするしかない」
「我らがどうなろうとも、国を護るためにはもうアレしかない!」
法師の言葉に皆、覚悟を決めた。
法師の言う通り、この強大な悪霊を滅するにはより強い力に頼るしかない。
そして、法師の指示のもと伝令が遠い社へと向かった。
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そして、その数時間後、、、
1台の黒いリムジンが堂へと続く石段の下に到着した。
リムジンのドアが開くと、そこから小さな女の子が降りてくる。
歳は4、5歳程度、おさげ髪の可愛らしい女の子だ。
「うんしょ」、「うんしょ」、女の子は小さな体で石段を登り始める。
霊的に鍛えられた者でなければ即座に体調に異変をきたすこの淀んだ瘴気の中、女の子は何事もないように石段を上がってゆく。
その女の子の手には可愛らしい桜色の布に包まれた荷物が抱えられている。
女の子が進むと、石段の傍らにいた数人の霊能者が小さく悲鳴を上げて飛びのいていく。 中には胸を抑えながらその場に蹲ってしまう者もいる。
女の子が石段を上がりきり護摩壇の処に姿を現すと、そこに集っていた屈強な破魔師たちの顔が一斉に青ざめ、引きつった表情で各々経を唱えだす。
堂の中の悪霊も恐ろしかったが、新たに現れた者への恐れは遥かにそれを上回るのだ。
女の子は護摩壇の傍らに横たわる法師に近づき法師の顔を覗き込む。
「 ”ののか”、たのむ」
法師は絶え絶えの息で女の子の名を呼び、”堂” を指さす。
「うん」、「わかった」
”ののか” と呼ばれた女の子は凄惨な法師の姿に驚く様子もなく応える。
女の子は堂の前へ進みながら、手にしていた包みを解いてゆく。
包みからは汚れたガラス・チューブのような物体が現れる。
そして、チューブの中央の腐食した金属の球体がわずかに開く。
その途端、周囲にいた破魔師の殆どが地面に倒れこみ、嘔吐し始めた。
同時に堂の中からも凄まじい叫び声が響いてくる。
怨霊までもが動揺して吠えているのだ。
その場にいる全ての者が、”ののか” に就いているモノに恐怖した。
1954年、東京湾で特殊化学兵器に滅された大怪物、、《 G 》
少女・”ののか” の守護霊は、その初代《 G 》なのだ。
何故、ソレが 少女の守護霊となったのかはわからない。
誰にもその “えにし“ を辿ることができなかった。
だが、ソレは紛れもなく少女の守護霊となっていた。
どのような霊的存在も、圧倒し、粉砕する究極の背後霊、《 G 》
“ののか” がソレを解き放った以上、この周囲数十キロに渡り全ての霊的存在が消滅することになる。
破壊することしかできない怪物が少女を守護しようとするがゆえ、少女の周囲にある全ての霊的な存在を粉砕してしまうのだ。
守護霊、自然霊、精霊、土地神、彼我など関係なくその場のありとあらゆる霊的存在が全て焼き尽くされる。
“ののか” が通った後は霊的な焦土と化すのだ。
法師は絶え絶えの息で小さく呟いていた。
“オロチよ、、死なばもろとも、、共に無に帰そう、、、”
”貴様も、アレには敵うまい”