「暗黒面の寓話・#31:ストレンジャー」
(Sub:正確には”Tuna”じゃなくて”Bonito”らしい、、、)
「お願いです、帰ってください」
主婦と思われる年輩の女性が必死に懇願を繰り返していた。
家の庭先には黒塗りのベンツが留まっている。
ガラの悪そうな男が2人、玄関先でその主婦と対峙している。
「そう言われてもねえ、イソナさん」
「マスオミさんのこさえた借金、返してもらわなワシらも帰れんのよ」
「才能ないのに “FX“ なんかにのめりこんだ旦那が悪いんだよ」
「この家の土地が “追証“ の担保になってんだから、さっさと土地の権利書渡してよ」
「そんな、この家は亡くなった父さんが残してくれたものなんです」
「どうかもう少しだけ待ってください」
「そういわれてもねえ、先週もそう言いましたよね、サザネさん」
そう言いながら、一人のチンピラが主婦の前に詰め寄った。
その時、、
「 “おふくろ“ に手を出すな!」
スカジャンを着たヤンキー風の若者が駆け寄ってくる。
若者はそのまま主婦とチンピラの間に割って入ると、拳を構えてチンピラの前に立ちふさがった。
「ここはジイちゃんの土地だ。お前らなんかに渡すもんか!」
だが、、
「おや、元気がいいねえ、ボク」
「でも、大人の話のじゃまをしちゃぁダメだよ」、
「ボスッ」、 鈍い音がして若者が腹を抑えながら地面にうずくまる。
「ぐげぇっ!」、 うずくまったまま若者はゲロを吐く。
「タラスケ!」、 主婦が悲鳴を上げながら若者に駆け寄る。
“クソっ”、 “こんな時、兄ちゃんがいてくれたら、、、”
若者は苦悶しながら10年以上も行方が知れない従兄のことを思っていた。
「やめてください!」、 こんどは若い女性の声が響いた。
そこには一人の若い女性が立っていた。
ボブ・ヘアーの20代半ばくらいの美しい女性だ。
「ワカナ!?」、 主婦が振り返って女性の名を呼ぶ。
「もういいよ、お姉ちゃん」
「わたしがなんとかするから、、」、 思いつめた表情で女性が言う。
女性はチンピラの前に歩み出て、その顔を睨みつけながら言う。
「わたしが風俗で働いて、お金を返します!」
「なに言ってるのワカナ」、 「バカなこと言わないで!」
「いヤ~!、アンタなら1,2年ですぐに借金返せるよ」
「なんなら、俺が毎週通ってもいいぜ」
チンピラ達はゲス笑いを浮かべながらワカナと呼ばれた女性の周りに集まってくる。
「じゃあ、さっそく事務所の方へ来てもらいましょうか?!」
チンピラの一人が女性の肩に手をかけようとした、その時、、、
「チョっとまったぁ~」、 ベンツの後方からまた新しい声が響き渡った。
その場にいた全員がその声の方に注目する。
いつのまにか黒ベンツの後方に軍用の “ハンヴィ“ が停まっている。
そして、そこから迷彩服を着た坊主頭の男が降りてくる。
「その娘にさわったら、、、」、 「コロスぞ!」
坊主頭の男はそう言うと、チンピラと女性の方に近づいてくる。
「なんだぁ、てめえは!?」、 「イキってんじゃねえぞ、コラ!」
チンピラの一人が坊主頭に掴みかかった瞬間、
“ばぁふ”、という音と共に坊主頭の “張り手“ がチンピラを吹き飛ばした。
“!!!”、 「この野郎!」、
もう一人のチンピラが懐からナイフを取り出す。
「ヒュ~!」、 後方の “ハンヴィ“ から口笛が響いく。
「オマエすんげ~な!、“チーフ” にナイフで挑むのか?!?」、
“ハンビィ“ の車内から歓声が上がる。
黒人の大男がニヤニヤしながらこちらを見ている。
その奥ではテンガロン・ハットをかぶった白人男が爆笑している。
「クソっ!」、 倒れていたチンピラも起き上がって刃物を取り出す。
「やめとけ!サブ、トシ」、 ベンツから3人目の男が降りてきた。
「アニキ!?」、 チンピラ2人に緊張が走る。
“アニキ“ と呼ばれた30代後半のいかつい風貌の男が坊主頭の正面に立つ。
その男は “陸自崩れ“ で、数年前までミャンマーの内戦で傭兵をしていた。
凄惨な戦場に嫌気がさして日本に舞い戻り、腕っぷしの強さを買われてヤクザの世界に身をおいていたのだ。
男はまがりなりにも幾つもの修羅場を渡り歩いた猛者だった。
その戦場でつちかった “カン“ が、坊主頭を警戒して止まなかった。
“こいつはヤバイ”、 “超ド級にヤバイ”、
そして、男は坊主頭の左肩の記章(ワッペン)に目が行った。
《髑髏をくわえた大きな魚》
男はミャンマーの戦場で聞いた “ある話“ を思い出していた。
“悪魔のツナ” と呼ばれる “傭兵部隊“ と、その部隊を率いる “超人的なナイフ使い” の話。
ジャングルの暗闇から音もなく現れて、ナイフだけで大部隊を葬り去るアサシン部隊。
《死にたくなければ悪魔のツナとは戦うな》
いくつもの勢力が入り乱れて争う戦場で、何処へいっても聞いたウワサ。
そのアサシン部隊のリーダーはニホン人らしいとも聞いた。
「アンタ、まさか、、」、 男の声がかすれる。
何かを言おうとする男を遮って坊主頭が言い放つ。
「その娘に手を出すな」、 「ツケはオレが払ってやる」
そう言うと、坊主頭は革袋を投げてよこす。 袋はズシリと重い。
袋の中を確認すると、小ぶりな金塊がいくつも入っている。
「10万ドルくらいはある、それで十分なはずだ」
「それで不満なら、、、」
坊主頭が太もものホルスターから、大ぶりなナイフを少しだけ抜き出す。
“!!!”、 男の目は僅かに覗いたナイフのブレードに釘付けになった。
「わ、わかった」、 「あんたの言うとおりにする」、
男は苦笑いしながら承諾する。
「ア、 アニキ??」、 2人のチンピラは唖然としている。
「黙ってろ!」、 「命が惜しかったらおとなしくしてろ」
男のただならぬ様子にチンピラ達も委縮してしまう。
たしかに目の前の坊主頭にはかないそうもない。
男は2人の手下を連れて撤収することにした。
少なくとも元本は回収できた。 これ以上は ”命を張る” 意味がない。
「いいかお前ら!」、 「あの家には二度と関わるな!」
「死にたくなかったら、絶対に関わるな」
男は久しぶりにキル・ゾーンに入った感覚を思い出していた。
ミャンマーのジャングルで何度か味わった死線の感触。
男はソレに耐えられなくなって、戦場を離れたのだった。
まさか、日本でアノ感覚を味わうことになるとは思いもしなかった。
“あの家、あの家族になにかあったら、、”、 “必ずやられる!”
“地の果てまで逃げても、きっとやられる”
坊主頭がナイフを覗かせた時、
男は僅かにのぞいたブレードの刻印を見逃さなかった。
それは間違いなくニホン語の “カタカナ“ だった。
カタカナで3文字、 “ カ・ツ・オ ”
あの家は、“悪魔のツナ” にゆかりの家なのだ。
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ベンツが走り去った後、坊主頭とその家の住人が向き合っていた。
主婦、青年、女性、3人と向き合った坊主頭がサングラスを外す。
「お、、お兄ちゃん?!?」、 女性の頬を涙がつたう。
「綺麗になったなワカナ」、 「姉さん、タラスケ、久しぶり!」
サングラスを外した坊主頭は、まるでイタズラ坊主のように笑っていた。