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「暗黒面の寓話・#47:戦士の休息(Let it go)」
(Sub: ♪ ありの~~ ままに~~!?)
周囲を見渡しても動くモノは何一つない。
風に舞う木の葉も宙に留まったまま微動だにしない。
全てのモノが凍り付いたように動かない静かな世界。
ココだけが僕がひとりになれる “場所” なのだ。
実際は僕の周囲に沢山の人がいるが、その人達は全て止まっている。
今、この世界の中で動いているのは僕だけだ。
微動だにしない周囲の人達は僕にとってはオブジェのようなものだ。
実際はその人たちも含めて僕の周囲の物は極めてゆっくりと動いている。
ただ、あまりにもその速度が緩慢であるため、僕から見ると静止しているように見えるのだ。
僕、0009・島森ジョーは今、“加速中” なのだ。
体内の加速装置を駆動することで、僕の体では周囲の2万倍の速さで時間が流れるようになる。
主観的に言い換えると、僕が加速すると周囲の全ての事象の変化速度が2万分の1に遅くなるのだ。
この機能(ファンクション)を駆使すれば容易に銃弾を避けることができるし、そもそも相手が引き金を引くよりも早くナイフで相手の首を切り裂いて沈黙させることができる。
文字通り、白兵戦では無敵となれるチート能力だ。
ただ、残念ながらまったく問題がないわけでもない。
時間加速すると僕は周囲よりも2万倍も早く ”歳” をとってしまうのだ。
サイボーグである僕達には生身の生体部分(主に脳と神経系)が残っており、それらの老化から無縁ではいられない。
僕達サイボーグにも寿命があるのだ。
《 もし加速装置をつけっぱなしにしたら?!? 》
仮にサイボーグの寿命が200年だとして、その2万分の1にあたる0.01年、すなわち3.65日=87.6時間で僕の一生は終わってしまう。
(もちろん僕の体感時間では200年を生きるのだけれど、、)
だから本来なら加速装置は絶対に必要な場合(→戦闘行動)以外では使うべきではない。
にも拘わらず、僕は週に1、2度、平和なパリの街中で “加速” している。
僕は、“ひとりになれる時間” が欲しいのだ!
誰人も気兼ねせずに自分の思うままに過ごせる自分だけの時間が。
+++++++++++++++
僕、0009・島森ジョーには、彼女がいる。
同じゼロゼロゼロ・サイボーグのひとり、0003・フランシーヌだ。
彼女はチーム唯一の女性であるだけでなく類まれな美人だ。
僕達はチーム・メンバー公認のカップルで、一応両想いの関係にある。
9人グループ唯一の女性とペアになれたのだからそれだけでもとても幸運な事だし、そのうえ彼女はトビキリの美人なのだから不満などある訳がない。
ハズだった、、、そう、、、不満など無いハズだったのだ。
彼女、0003・フランシーヌは索敵に特化したサイボーグで全ての感覚器官が常人の何倍もの感度を持っている。
聴覚は数百メートル離れた場所での会話を聞き取ることができ、視覚は紫外域から遠赤外線域までの光学情報を受容して情報化することができる。
また嗅覚も優れており、彼女のソレは特別に訓練られた警察犬並みだ。
そして驚くべきは、彼女は取得したそれらの情報を “クラウド上にあるBIGデータ“ と瞬時に照合して瞬く間に ”その意味するところ(正解)” を導き出してしまうことだ。
彼女の前では如何なる虚偽も魔化しも利かないのだ!
そして、なにより恐ろしいのは、彼女は極めて “カン” がいいことだ。
彼女は僕が “歯ブラシを置く位置” を変えただけで “何か” を察知する。
僕自身も気づかない僅かな ”変化” を見つけて “その意味” を詮索する。
トイレでうかり “溜息“ をついたら、後から ”如何したの?“、と尋ねられる。
街を歩いていて、少し好みのタイプの女性にほんの一瞬(3ナノ秒くらい)目線が行っただけで、“あの娘が気になるの!?”、と突っ込まれる。
野郎ども(2~8番)がエッチな動画を鑑賞している時も(僕は不参加)、僕の“呼吸“、”心拍“、”発汗“、”体温“、などを精細にチェックしたうえで、
”ジョーも見たいの?“、と牽制してくる。
朝から晩まで、僕は赤裸々に全ての挙動と感情の起伏を彼女にモニターされてしまうのだ。
僕は基本的に彼女のことが好きだし、大概の事は彼女優先で考えることができる。
けれど四六時中、事細かに “注視” されていると流石に息が詰まってしまう。
僕だって、時にはひとりになりたい時があるのだ。
そんな時、僕は “加速” する。
一旦、加速してしまえばそこは僕だけの世界だ。
世界中の全てが静止し、僕だけが息づく僕だけの世界になる。
さすがの0003の探査能力も2万倍に加速した僕の挙動を捕捉することはできない。
そこでは誰にも気兼ねすることなく、気ままに振る舞うことができる。
無理に “いつもの穏やかな笑顔” を造らなくてもいい。
不機嫌そうな顔のまま不貞腐れた態度で愚痴を呟いてもいい。
街中にカワイイ娘がいたら、指笛を鳴らしながらその娘をじっと眺めることだってできる。
加速中の僕は相手からは認識されないので体裁を気にする必要もない。
なにより、0003の “目” を気にする必要がないのだ!
ココ(加速中)では僕は ”ありのままの自分” になれるのだ。
ただ、女の子に見とれてボーっとしていると失敗してしまうこともある。
いくら加速しているとはいえ、同じ位置に長くとどまってしまうと通常時間にいる人間からも視認されてしまう。
一つ所に長くとどまっていると輪郭が霞んだ半分透き通ったようなゴーストのような像として ”見えて” しまうのだ。
最近、パリ市内のチュイルリー公園やテルトル広場などで “幽霊を見た“ などという噂が立っているようだが、アレは僕のことだ。
とにかく、この ”加速散歩” だけが僕が自分でいられる唯一の時間なのだ。
加速装置を駆動するとその駆動時間分、“普通時間”における寿命が短くなり僕は“早死”にすることになる(加速して過ごした時間分、早く年をとる)。
加速することは、命の時間(寿命)を代償にしていると言えるのだ。
それでも、僕はこの加速散歩を止めるつもりはない。
たとえ命(寿命)を削ることになっても、僕がありのままでいられるこの散歩だけは止めることはできないのだ。
僕は、サイボーグ・0009・島森ジョー、、、”少しも寒くはない”