パン職人の修造 137 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本
東南駅から西に続く東南商店街
その真ん中にある人気パン店パンロンドでは今日もオーナー(通称親方)がパン工場の真ん中に立ってパンを成形していた。その周りには元ギャンブラーの佐久山浩太、のんべえの広巻悠二という古株の職人が2人と、イケメンで仕事のできるタイプで実はYouTuberの藤岡恭介、最近また髪の色が『肌の色に合うから』と明るめになってきた元ヤンキーの杉本龍樹、実家が呉服屋の花嶋由梨が忙しそうに働いていた。
由梨は綺麗な湖のほとりで藤岡に告白されて以降、夢の様なふわふわした毎日を送っていた。誰かから大切にされるってこういう事なんだわなんて実感している所だ。
先日も2人で動画を撮りに行って楽しく過ごした。
さて
今日はその由梨と藤岡、そしてパンロンドの店員で杉本の彼女の森谷風花が杉本の家にお呼ばれで来ていた。
3人を呼んだのは杉本の両親茂と恵美子だった。
恵美子は一際明るい声で「まぁーみなさん今日はよくお越し下さいました。ゆっくりしてって頂戴ね」と言ってテーブルに頑張って作った料理の数々を並べた。
この場合1番気を使うのは杉本と付き合っている風花だ。
「私も手伝います」と、一緒に小皿や箸を並べた。
「あら、風花ちゃん助かるわあ。龍樹なんて帰ってきたらなーんにもしないのよ」そう言って渾身の笑顔を風花に向けた。
それを見ていた藤岡は「こりゃ取り込もうとしてるよね」と言葉に出したが「取り込むって何をですかぁ藤岡さーん」自分の前にいっぱい皿を置いてチキンステーキを頬張っている杉本に言われる。
「聞こえてたんなら言わせて貰うけど、お前がだらし無いから風花ちゃんを自分達の力でお前と結婚させようとしてるって事」
「えー、俺が結婚する日が来るとは思えないなあ」
「確かにな、ほんとに何も考えてないもんね」
「そんな事ないですよぉ」
「何がそんな事ないんだ龍樹、みんなで食べよう!風花ちゃん龍樹の横に座って!さあどうぞどうぞ。ローストポークもあるよ」父親の茂も笑顔を振りまいた。
茂が皿を差し出すと「風花ちゃん、私が取り分けるわね」と恵美子も連携プレーを取った。
みんなが談笑しつつ、と言うかさながら司会のように恵美子と茂が代るがわる話を振ってくる。
「由梨ちゃんは藤岡さんとお付き合いしてどのぐらいなの?まあ、フレッシュで良いわねぇ」
「藤岡君タワマンに住んでるんだって?眺め良いだろうなあ」
などと会話を広げた後、茂が最大限さりげなく「ところで風花ちゃんは結婚とかいつ頃したいとかあるのかなあ」と切り出した。
「えっ結婚ですか?」風花は疑問いっぱいの顔で隣に座って今度はピザをモグモグ食べている杉本を見た。
「まだまだと思います」杉本が結婚について考えてるとは到底思えないし、大事にはして貰ってるものの、真に信頼に値するかどうかはわからない。
まだまだと聞いて茂と恵美子は小皿か何かを取りに行くふりをして台所に集合した「お父さん、風花ちゃんの気持ちも分かるわね」「もし風花ちゃんに逃げられたらあいつに風花ちゃん以上の彼女が見つかるとは到底思えない!ラストチャンスかもしれないぞ母さん」
こそこそ話す2人を見て藤岡は笑いそうになった「大変だな」
食事会も終盤、藤岡は気の毒な2人の為に話を振ってやった「若くして結婚するカップルも珍しくはない。みんなでいい旦那さんを育てるという方法もあるよ」と、風花の方を見て言った。
それを聞いた茂と恵美子もウンウンと目を輝かせて頷いた。
それを聞いた由梨は「結婚」と呟いた。
今のは杉本と風花の事と分かってるが、藤岡は自分の事をどう思ってるんだろう。
いつか結婚とかする時が来るのかしら。
ーーーー
次の日
昨日は特に茂達に何か答えを出した訳でもなく、杉本に対して期待もしていないまま風花はいつもの様に仕事をしていた。
「風花、仕事終わったらもんじゃ焼き食べ行こう」
「良いけど」
「じゃあ後でな」
そう言ってパンを焼きに戻った杉本を見て風花は「本当に何も考えてないよね」と呟いた。そして横にいる柚木の奥さん丸子(まるこ)に昨日の事を話した。
「私は杉本君良いと思うけどなあ、ほら、以前も風花ちゃんの為に犯人を突き止めて捕まえてくれたじゃない?一緒に暮らして気楽な事と、何かあったら相談できる人、自分を裏切らない人。その3つがあればオッケーよ」
丸子はなんだか結婚式の挨拶の3つの袋みたいな話をした。
大金持ちでも居心地悪くては長く一緒にはいられない。
夕方
東南駅の裏側の通りにある行きつけのもんじゃ焼き屋で向かい合って座る。
風花はもんじゃ焼きをコテで掬ってフーフーしながら食べている杉本に「私達ずっと同じ空間に何年も一緒にいられるかな」と聞いてみた。
「俺は風花とならいられるな」
「そうかな」実際にやってみないとわからない。
「そういえば修造さんも結婚前に律子さんと同棲してたって言ってたな」
「知ってる、律子さんが修造さんのアパートに移り住んで来たのよね」
「2人とも1人暮らしだったから」
「それは素敵だと思うけどお、自分達の事になると話は別よね」
「なんでぇ」
「だって、ずっと自分の旦那さんを叱ったり注意したりするのって大変そうだわ、生活とか子育てとかあるのよ?」
「叱られるの前提かあ、確かに大変そうだなあ」
「他人事じゃない」
明太チーズもんじゃをふーふーしながら杉本はちょっと考えてみた。『結婚を申し込んだら絶対風花は俺に「〇〇したら結婚してあげる」とか言うんだろな』
「今度は何だろな」
「何だろなって何の事よ」
「えっ何でもないない、すみませーん!おばちゃーんチーズ追加」
話を誤魔化す為に杉本は店の女将に大声で追加注文した。
つづく
お読み頂きありがとうございました。
次回、2人の結婚話かと思ったら何だか全然違う話になって行きます。
次のお話138話はこちら(マガジンでは何故かこの話が飛んでいました)
杉本と風花のお話28〜31話フォーチュンクッキーラブ
杉本と風花のお話64〜69話リングナンバー7
ひとけのないインスタ@panyanoshousetuも見てね
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?