パン職人の修造116 江川と修造シリーズ ロストポジション トゲトゲする空間
「こんな風に映ってるんですね」
「結構映像がはっきりしてますね」
「うん」
「音は出ないんですか?」
「聞こえないな」
「ふーん」姉岡がそういった。
そんな時黒い噂と言うか、変なものを中谷が見せてきた。
「これ見て下さい」中谷のスマートフォンを覗いて店の評価が載ってるサイトの細かい文字列を読んだ。
「あ!」
『リーベンアンドブロートのシェフって奥さんと生まれたての子を置いて外国に行っちゃったんだって。酷いエゴイスト』
別に炎上してるわけじゃ無いけど気になるし傷つく。
「なんなんだ、これ」
「店のエゴサしたらこんなものが出てきて。酷いですね。書き方に悪意を感じます」
「本当だ、中谷さん教えてくれてありがとう。俺こういうのに疎くて」
「また何かあったら言いますね」
「うん」
家族が心配だ、また律子に迷惑をかけてしまった。
その夜
修造は久しぶりに家に帰った。
「修造おかえり」
「ごめんね中々帰ってこれなくて、子供たちは?」
「もう寝てるわ」
愛妻律子とただいまのハグをして、修造は今日の事を話した。
「律子ごめんね、迷惑かけて」
「そんなに謝ってばっかりしなくてもいいのよ修造」
律子は修造の顔を覗き込んだ。
修造、疲れてる。クタクタなんだわ。
なのに無理してる。
こんな修造見たの初めて。
修造はいつだって情熱に燃えて生きてきたのに。
律子は膝枕をしながら修造の言っていた店の評判を調べた。
これね
フン
エゴイストですって?
他人に私達の何が分かるって言うの?
バカみたい。
「私達こんなの全然平気よ、これってお店の評判を下げようとしてるのよ。そっちの方が心配だわ。気を付けてね」
ーーーー
次の日
小手川パン粉が江川に会いに店へやって来た「あれ、江川さんは休みですか?」
江川の姿が見えない。
「江川さんは一週間程来てませんよ」安芸川が返事した。
横にいた姉岡も「あんまり来ないと忘れちゃうよね」と言った。
「体調悪いとか言ってましたか?」
姉岡はそっけなく「さあ」とだけ答えた。
パン粉はすぐに買い物をして江川のマンションを訪れた。
「パン粉ちゃん」
江川はパン粉の顔を見てほっとした様だった。
「ねえ、もう何日も休んでるの?体調悪いのかと思って来たの」
「ありがとうパン粉ちゃん」
「何か作るから座ってて」
パン粉はキッチンで玉ねぎを薄切りにした。それをバターでゆっくりじっくり炒めている間にコンソメスープを作り、玉ねぎと合わせて煮込んだ後、器に入れてバゲットの輪切りとチーズをのせてオーブンに入れた。
あたりはスープのいい香りに包まれた。
チーン
出来上がったオニオンスープを江川の前に置いた「食べよう、これ食べたら元気出るよ」
「あつ」カットしたバゲットとチーズがフタの様になって冷めにくいスープをスプーンで掬ってフーフーしながら食べる。
「美味しい」江川はパン粉の顔を見た。
「でしょう」パン粉は江川の顔に沢山ついた涙のスジを見ていた。
「ありがとうパン粉ちゃん。僕の為にこんなにしてくれる人がいるなんて凄く嬉しい」
「ねえ、江川職人、何か困ってる事があるんでしょう?私にも分けてよ。でないと私も辛いよ。話してくれない?」
「うん」
江川はしばらく黙ったあと話し出した。
「僕、高校の時不登校になったんだ」
「そうなんだ」
「僕、周りの人と違うんだ同級生の誰とも違うんだ。男とも女とも」江川はパン粉に心情を打ち明けた。
「今もそうなんだ、みんなの事が大好きで仲良くはできるけど愛とか恋とかっていう気持ちがないんだ。ひょっとしたら誰も愛せないまま終わるかもしれない。だからってみんなが嫌いなんじゃないんだ。修造さんやパン粉ちゃんの事が大好きなのにそういう事とは少し違うんだ」江川は両手を握りしめた。
「僕は僕の事がよくわからない、身体は男だけど男でも女でもないんだ」
パン粉は泣いてる江川の頬を両手でそっと包んだ。
「僕にはそれをどうすることも出来ない」
「ねぇ江川職人、別に誰かを好きになったり結婚したりみんながしてる訳じゃないじゃ無い?1人の方が気楽って人もいるし、今って前よりも色々な選択肢があるのよ。男だからとか女だからとかもうどうだっていいのよ」
そう言いながら両方の親指でとめどなく流れる江川の涙を拭った。
「まだ出会ってないからなのか私にはわかんないけど。恋愛なんて言葉、それだけが人生じゃないもん。今の世の中って別に誰とも結婚しないでも良いし、ずっと1人で生きてる人も沢山いるのよ。自分だけが孤独とか1人って訳じゃないよ。自分の分類みたいな事は誰にもして欲しくない。自分の事を誰にも決められたくない。人は人よ、その人達が勝手に自分と違うとか思ってるだけ、江川職人は江川職人なのよ」
「パン粉ちゃん」
急に江川の目の前がパッと輝いた。
今までどこにもなかった道が急に見えた様な気持ちになる。
「私は江川職人と出会って良かった。この間みたいにさ、また映画に行ったりカフェに行ったりしようよ。私達友達でしょう?まだまだ見てない事や知らない事が沢山あるのに勿体ないじゃない」
「パン粉ちゃん」道が開けたのと同時に今まで探していた宝箱まで見つけた。そんな気持ち「本当にありがとう」
「私本当の名前は瀬戸川愛莉って言うの」
「そうなんだね、愛莉ちゃんって呼んでも良い?」
「うん、卓ちゃん」
「私達の未来って私達が思ってる程決まってないじゃない?これからの事は誰にも分からない、でも私達が親友って事、それだけは確かよね」
2人は手を握り合い顔を見合わせてウフフと笑った。
そうか
僕自分の事を型にはめようとしてはみ出してるのが辛かったんだ。
こんな風に思ってくれる人も居るんだ。
「僕愛莉ちゃんと居る時とても気が楽だな」
「私もよ、だって私達親友じゃない」
親友というとても素敵な言葉に江川は凄い強いアイテムを受け取ったような気がした。
心に温かい何かが芽生えた。
つづく
ありがとうパン粉ちゃん
※このお話はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ひとけの無いインスタの片隅でイラストを載せています。
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@panyanosyousetu
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バッヂ頂きました。
また何かの時にイラスト投稿する予定です。
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