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プライマリ・ヘルス・ケアの専門家になるのは容易ではない

私は任地でプライマリ・ヘルス・ケア (primary health care; PHC) に関する仕事をしている。2018年のアスタナ宣言以降、グローバルヘルス業界ではPHCを再興しようというトレンドが若干あり、低/中所得国のPHC強化に焦点を当てたポジションやプロジェクトが若干増えている。私もそんなトレンドに乗り意気揚々とPHCの仕事を始めた訳だが(日本で家庭医をしていたこともあり、PHCは以前から関心領域だった)、つくづく難しい仕事だなと日々頭を悩ませている。

そこで本稿では、なぜPHCの専門家としてバリューを出していくことが難しいのか?について考察してみた。


なぜPHCの専門家になるのは難しいのか?

PHCの専門家が、国レベルの技術協力で(特に国際機関というセッティングで)バリューを出すことが簡単ではない理由は、以下の3つがあると思っている。

国や文脈によりPHCが示すものが異なる

WHOのウェブサイト内にある、PHCのページの1段落目1行目には、以下のような記載がある。

The concept of PHC has been repeatedly reinterpreted and redefined in the years since 1978, leading to confusion about the term and its practice.

https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/primary-health-care

アルマ・アタ宣言を読み直してみると、PHCを特定の保健医療サービスの束として定義している訳ではない!ことが理解できる(注1)。本来なら、その国の人口動態、疾病負荷、社会的文脈に合わせて「基礎的保健医療サービス」を各国が定義し、時代に合わせて更新していかなければならない。例えば、現代日本におけるPHCとは何ぞや?と問われたら、それは地域包括ケアシステムの構築・運用を指すだろう。一方でアフリカ等の低所得国におけるPHCは、依然として予防接種や母子保健サービスのカバレッジを向上させることかもしれない。

しかし、これが混乱を生む。しばしば低中所得国が「我々の国には優れたPHC提供体制がある」と主張している。実態としてはNCDや高齢化対策は道半ばであることも多いのだが、それを指摘しても「PHCの課題」だと政府カウンターパートに認識されないことがある。PHCの定義がアップデートされてないからだと思われる。PHCの専門家は↑のような認識を改めさせるべく、何がPHCで、今PHCに再び取り組むことで何が解決できるのか…そんな政策対話を行うことが求められる。

PHCがカバーする分野が広い

2018年にアスタナで開催された Global Conference on PHC に向けて、WHOではPHCの再定義が試みられた。

その結果として出版されたのが↑の技術的文章になる訳だが、それによると、PHCには以下の活動が含まれると定義された。

  1. Primary care and essential public health functions as the core of integrated health services

    1. Personal services

    2. Population-based services

  2. Multi-sectoral policies and action

    1. Fiscal measures, such as taxes and subsidies

    2. Laws and regulations

    3. Changes in the built environment

    4. Information, education, and communication campaigns

  3. Empowered people and communities

    1. People and communities as advocates

    2. People and communities as co-developers of health and social services

    3. People as self-carers and caregivers

↑はPHCの構成要素をprogramme別に分解しており、ロジカルにまとまっていると感じる。しかしPHCがカバーする範囲は広いんだなぁと改めて実感させられる。一人の専門家が↑全てに精通することは難しいだろう。さすがに(過去の記事で指摘した)『UHCの専門家』程の非現実感はないが、『PHCの専門家』と自信を持って名乗るためには、何をどこまでできるようになれば良いの?と考えさせられる。

Vertical programmeとのデマケ

これには2つの意味合いがある。支援側(=WHO等の国際機関)と支援対象(=保健省カウンターパート)の双方の verticality である。例えばWHOでは、予防接種は予防接種の課/チームが、母子保健なら母子保健の課/チームが、NCDならNCDの課/チームが各々所管している。保健省カウンターパートも同様で、PHC課/チーム/専門家が存在しない or 脆弱な場合もある。縦割り組織同士が協力し、PHCの中の特定のパズルのピース(=予防接種やNCD対策)を強化すると銘打って、バラバラにPHCに介入しようとする。

そんな状況下で、PHCの専門家は何を担当し、どうやってバリューを発揮すれば良いのだろう?これは非常に難しい問題であり、私も未だに暗中模索である。例えば、所属している事務所/部署/チームのスキルセット/役割をマッピングし、隙間を埋めるかのように自分の役割を柔軟に適応させていくことは重要かもしれない。またPHCという観点から、組織の縦割り構造を乗り越えて、各 vertical programme の専門家に影響力を行使していくともことも必要だろう。

どうすれば良いのか?

上述のように私自身も暗中模索しており、クリアカットに「○○するべし」と断言することができない。しかし思うのは、国際機関のような縦割り組織で存在価値を示していくためには、何らかの武器(=突出した技術的知識/スキル)が必要だろう。特に保健システム強化、その中でも「財政」「人材」「医薬品」等のPHC提供体制の鍵となる building blocks に精通するのが良いだろう。例えば、他職種連携教育や cross-programatic efficency analaysis 等のPHC強化に役立つ分野や手法に精通するのが良さそうだ。

まず自分のホームグラウンドで成果を出して周囲に認められた上で、他領域に越境していく順番が良いのでは?と思う。中途半端に色々な分野をそこそこかじったぐらいだと、vertical な専門家の間で埋没してしまう。やはり本 note で繰り返し言及している「選択と集中」が必要なのかもしれない。


注1:アルマ・アタ宣言の後に「選択的PHC」というコンセプトが登場し、広く普及してしまったことで、PHC=特定の保健医療サービスの束というイメージが強化されてしまった面は否定できない。

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