ワシントン大学に学ぶグローバル・ヘルス・フェローシップのあり方
レジデンシーを修了した若手医師に「グローバル・ヘルス・フェローシップ」と題して渡航医学、熱帯医学、国際医療協力などのトレーニングを行うフェローシップが欧米では存在する。例えば米国ではそこそこあるようだ。レジデンシーに海外ローテーションを組み込んでいるプログラムもあるようで、例えば米国家庭医療学会(AAFP)のウェブサイトからも検索できたりする。
ワシントン大学(UW)家庭医療科もその1つで、家庭医療レジデンシーを修了した医師を対象に、1年間のグローバル・ヘルス・フェローシップを提供している。今回はその内容があるピアレビュー・ジャーナルで公開されていたので、詳しく読んでみた。
ちなみにUWはUS NEWSで6位に位置する公衆衛生大学院があり、ゲイツ財団が投資して作られた国際保健医療科の規模は大きい。例えば、保健マトリックスと評価に関する研究所を設立し、世界保健機関(WHO)第5代事務局長ブルントラントの元で「マクロ経済と保健に関する委員会」の「政策のためのエビデンスと情報局」を主導したクリス・マレーを招聘している。要するに、元々グローバルヘルスが盛んなのだ。
フェローシップの概要
設立年 :2012年
期間 :1年
採用人数 :毎年1名
給料 :US$60,108 (2015-16年度) ※1
手当 :US$2,000 (渡航費用など)
ACGMEの認証 :無 ※2
※1:UWのレジデント4年目/フェローの基本給に準拠している
※2:米国卒後医学教育認定評議会(ACGME)
フェローシップの内容
(Int J Travel Med Glob Health. 2016;4(2):47-52より)
臨床
以下のようなブロック研修をおこなう(基本的には1ヶ月ずつ)。UWにはHarborview Medical Centerという患者の4割が英語をしゃべれない野戦病院があるそうで、ほとんどのブロック研修はそこでおこなわれる。
・結核外来
・HIV外来
・一般感染症外来
・ハンセン病外来
・女性診療・産婦人科外来
また最大2ヶ月間の途上国研修をおこなう。ただしフェローの希望に応じて、この期間を熱帯医学衛生学ディプロマ(DTM&H)の取得に費やしてもよいそうだ。なお継続研修としては以下をおこなう。
・一般家庭医療外来(週3コマ)
・渡航外来
教育
フェローは四半期に最大6単位まで、タダでUW公衆衛生大学院や国際保健医療科の授業を取ることができる(1コース2~3単位はあるので、実質的には毎四半期に1~2コース)。他には以下の業務を任される。
・グローバルヘルスや渡航医学に関するカンファレンスの企画・発表
・一般家庭医療外来でのレジデントへのプリセプター(週1コマ)
・家庭医療科病棟の指導医(2ブロック)
研究
フェローシップ期間中に最低1本は論文を書く!UW家庭医療科の研究部門がサポートしてくれる。
フェローシップを修了するとどうなるのか
国際渡航医学会(ISTM)のCertificate in Travel Medicine (CTM)を受験できる(だけの知識が身につく。CTM自体は誰でも受けられる)。またDTM&Hを取得している者は米国熱帯医学衛生学会(ASTMH)のCertificate of Knowledge in Clinical Tropical Medicine & Traveler’s Healthを受験できる(これもフェローシップは受験要件ではない)。
2016年夏までに3名の卒業生がおり、2名は米国内で診療を、1名はPeace Corpとしてマラウィで教育と診療に従事しているようだ。
フェローシップの今後の展望
3~5年以内にACGMEの認証を得られるように手続きを進めているようだ。またUW公衆衛生大学院の公衆衛生学修士(MPH)も同時に取得できる2年間のコースも設立する予定があるらしい。
読んでみた私の感想
もし仮に同様のフェローシップを日本で作るとしたら、以下のような条件を満たす大学や医療機関を探さなければならない。全てを単一の施設が満たす必要はないが、なかなかハードルが高そうだ。
① そもそもグローバルヘルスに理解がある
② 移民など外国人を診療する機会が多い
③ 感染症診療(特にHIV/AIDSや結核)に強みがある
④ 渡航外来をやっている
⑤ 家庭医でも産婦人科研修が受けられる
⑥ 公衆衛生や熱帯医学関連の座学を働きながら受けられる
⑦ 低中所得国でフェローを受け入れる団体とコネがある
また1年間で国外にたった2ヶ月間しか行けない、ということに正直驚いた!短い、と思う。2ヶ月間では現地に慣れる前に本国に帰るはめになりそうだ。2ヶ月間となった理由は明記されていないが、常勤職員として給料を出せるのがこの期間だったのかもしれない。またこのフェローシップは低中所得国で働くための準備期間にすぎない、という位置付けなのかも。
あと根本的な話なのだが、この研修内容の妥当性がイマイチよくわからない。渡航医学に強くなりました、HIV診療に強くなりました、だからあなたはグローバルヘルス人材です…って言えるの???この論文も指摘しているが、グローバルヘルス人材に関するコンピテンシーで、臨床家向けのものははっきりしないようなのだ(公衆衛生専門家向はある)。評価の軸がなければ、そもそも評価ができない。当然「グローバルヘルス専門医」なるものは定義できないし、このフェローシップを修了すれば○○専門医の受験資格が得られます、という類のものにはならないだろう。まぁ仮に専門医制度ができても、国外に出れば「専門医、何それ食えるの?」という話になりそうだが…。
以上をまとめると、このグローバル・ヘルス・フェローシップはレジデンシーは終えたが低中所得国で働くには臨床的に自信がない家庭医への、追加の研修期間という意味合いが強い。国境なき医師団(MSF)など、先進国の医療者が現場レベルで介入するタイプの国際医療協力に関心がある家庭医には、悪くない選択肢かもしれない。逆に公衆衛生寄りの介入に関心がある医療者は、このフェローシップに価値を見出せないかもしれない。
参考文献
Sanford C, Fung C, Kristofer Sherwood J, McDonald A, Tobiason E, Norris TE. The formation of a self-funded global health fellowship within a department of family medicine. Int J Travel Med Glob Health. 2016;4(2):47-52.