米国大統領選雑感
宿題の山に囲まれて悠長にnoteを書いている暇はないのだけれど、このビッグイベントに立ち会って、今の気持ちを書き留めないわけにはいかないなと思い、筆を取ることにした。
今回の米国大統領選はトランプが制した。僕はクリントンに勝ってほしかったので、この結果は残念に思っている。トランプはオバマケアを縮小または廃止することを明言しているし、副大統領候補のペンスはインディアナ州知事時代にタバコ規制や薬物中毒者への針交換プログラムに反対した過去がある。トランプは米国環境保護庁も改組するようだ。公衆衛生や環境保護政策は後退するだろう。
僕の周りの学生や教員のほとんどがクリントンを支持していた。民主党代表選の時にはサンダースを支持していた同級生が多かったが、本戦では「トランプを大統領にするわけにはいかない」という意見でおおむね一致していた。公衆衛生をやっているアメリカ人の多くは民主党支持者だし、トランプの一連の差別発言は、社会正義を推進する公衆衛生業界の人々には受け入れがたい。世間で言われる隠れトランプ支持者は少なかったと思われる。
なので今回の選挙の結果は彼らに相当ショックを与えたようだった。普段は自信満々なアメリカ人が泣いているのには正直驚いた。「国外から来た学生の皆、有色人種の皆、LGBTQの皆、(一アメリカ人として)ごめんなさい…」と授業の冒頭に涙ながらに謝罪する教員がいるなんて!過去に共和党候補が大統領になった時にもこんなことはなかったようなので、今回の大統領選は特別だったのだろう。
なぜトランプが大統領になったのか、いろいろな人々が各々ポジショントークを繰り広げてわけがわからない感じだが、メディアのExit Pollを見てみると、当初言われていたよりも広範囲な層から支持を集めていたことがわかった。選挙前に言われていた低学歴白人男性だけでなく、中高所得白人にもトランプ支持者が多い。低所得者にクリントン支持が多いのは黒人の割合が多いからだと思う。Univariateな分析なので現状理解に限界があるが、トランプは共和党員に広く支持されていたのだと思う。
ただ今回が過去の共和党候補が勝った選挙と異なるのは、公然と差別発言を繰り返していた白人男性が大衆から支持され大統領にまでなってしまった、という事実にある。結局アメリカは白人・男性・金持ちのための国なのだと感じた。普段はポリティカル・コレクトネスで覆い隠されてるが、本音では白人や男性が偉くて優遇されるべきであり、有色人種やマイノリティ、外国人は靴の裏でも舐めてろ…というイメージだ。トランプはこうした多数派の本音をうまく利用して選挙に勝った。しかしその代償として大衆の『本音』を露わにしてしまった。有色人種やマイノリティからすれば、やっぱりこの国は自分たちを差別するのかという現実を改めて突きつけられた。弱者の間で失望や疎外感が広がった。そりゃ泣きたくなるわけだ。
もしかしたらトランプは大統領選で勝つために合理的な戦略を採用しただけなのかもしれない。しかしその代償としてアメリカ社会がいかに分断されているかを露わにしてしまった。今後アメリカ社会の不安定性は増すのではないだろうか?どんな差別発言をしても許されるのではないかという人々の不安・恐怖感を感じる。ヘイトクライムも増えるかも。留学前まではアメリカで人種差別の根が深いか実感がわかなかった。日本で生まれ育つと、こうした文脈は理解しがたい。
ちなみに田舎に住む低学歴白人男性の生活が悪くなっているという指摘は確かに事実である。例えば白人中年男性の死亡率は年々上昇しており、死因はヤク中、アル中、自殺などである。とはいえ白人の死亡率は黒人やヒスパニックのそれよりも低い点を見過ごすべきではない。南部に来れば一目瞭然だが社会経済的状況はこうしたアジア人以外の有色人種の方が悪い。だから白人が、いくら自分たちの生活が昔ほどよくないからと言って、自分たちよりも弱い立場の人々を押しのけて自分たちが助かろうとしている姿には感心しない。
今回の大統領選を居合わせて、いかに異なる背景をもつ人々が一緒に暮らしていくことが難しいのか思い知らされた。そして社会で最も虚弱な集団がより悪い状況に追い込まれてしまうのが痛ましい。