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#07 性能関門

おさらい

前回の「役割関門 」では、役割に関する3本のケーススタディを見てきました。本来の役割を果たせない製品は赤信号。役割は果たせているが使用者の生活に溶け込めない製品は黄信号。使用者の期待を超えて新たな領域へ案内してくれるような製品はピカピカの青信号で関門をくぐっていきました。

第一の関門をクリアしたら、次は性能が問われます。つまり製品がどれだけうまく期待された役割を達成できるかが問題になります。

ただし一概に性能と言っても、性能だけを切り取って比較したときにはじきだされる性能の高さが、絶対的な「性能の高さ」に繋がるわけではありません。役割をいかにうまくこなすかがポイントで、一つの物差しでは測りきれない微妙なニュアンスを帯びてきます。

たとえばユーザー間で幅広いスキル差が予想される製品では、熟練度に応じても、望まれる性能が大きく変わります。ライフスタイルや価値観、使用の文脈も大きく影響を及ぼします。

それぞれをケーススタディを通して見ていきましょう。

旧哺乳類脳:動作レイヤー
日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶に対する反応を引き出す。このレイヤーで起こる反応も無意識の領域。Graziano (2011)
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性能:製品がどれだけうまくその役割を達成できるか

使い慣れた包丁

切れない包丁も良い包丁

熟練度が影響

使用者の技能の差が予想されるプロダクト。たとえば包丁。包丁の役割は食材を切ることです。でも対応すべきユーザー技能は 1歳児から熟練の料理人まで様々です。そのため、好ましい性能もそれに応じて変わってきます。

子供用の初めての包丁は刃がないタイプ。先端も丸くなっており、誤まって刃を握っても振り回しても怪我しないようになっています。

この段階では「切る」に加え包丁や食べ物に「慣れ親しむ」も役割に入っているので、それに合わせ適切な性能を与えるとこうなります。それに慣れると、次は刃先と刃元が丸く加工され、両端 1 cmには刃がついていない安全なタイプの包丁が登場します。刃がギザギザになっていてノコギリのようにしないと切れず、誤って指を切ることのない安心なものもあります。

慣れてくれば、いわゆる本物の包丁が使えるようになります。自分の手に合ったものを選び使い込むことで、包丁のクセやバランスを体が覚え、ほとんど信頼関係と呼べるようなものが芽生えてきます。新しい包丁に切り替えたときのことを思い出してください。最初は異物のように感じていた包丁が、慣れると自分の手の延長のように感じられませんか?たまに指を切ったりすると、飼い犬に手を噛まれたような驚きを覚えてしまうのは、私だけではないはずです。

包丁だけでなくアプリやゲームも、使用者のレベルに合わせて、ヘルプのメッセージが変わったりアクセスできるフィーチャーが変わったりします。このように、熟練度や技能に応じて適切な性能は変動します。この二者間にに差が出ると、使用者の能力が最大限に発揮できず、フラストレーションを生む原因となってしまいます。

家族分の洗濯物をたたむ女性

まさかのありがた迷惑

ライフスタイルが影響

技能の差は関係ない製品でも、ユーザーの求めているものが違う場合、それに応じて性能への評価がブレることはあります。ライフスタイルや個人の持つ優先順位によってもなにが好ましいと思われ、なにが疎ましいと思われるのかは変わるのです。

具体的な例を見てみましょう。

冒頭で私は「好き!」の解体対象にタオルを選びましたが、私のタオル好きは、今に始まったことではありません。一人暮らしを始めたばかりの頃、新調した分厚いボリューム感たっぷりのタオルに心をつかまれ、実家の分も購入しプレゼントしたことがあります。

それからしばらくして実家に帰ったとき、きっと私と同じ温度の熱いメッセージが返ってくると期待して「あのタオル、どうだった?」と母に訊ねました。そしたら「あぁ、あれねぇ…」という歯切れの悪い出だし。

ん?なんか思ってた展開と違う!?

そう思う間もなく、母の後ろから飛び出してきた当時小学生だった弟が「あれ重いっ!」とスパッと切り込んできました。えっ?とビックリしている私に、今度は背中を押された母が本音を暴露「洗濯機がすぐパンパンになるし、乾きが悪いのよね」。

予想外のフィードバックに不意打ちをくらい一瞬足元がぐらりとしましたが、バランスを取り戻すと同時に理解しました。

私には少し物足りなかった実家の薄手のクタクタに使い込まれたタオルは、実はライフスタイルに合わせてちゃんと精選されていたこと。そして私の出発点はその物足りなさにあったため、反動で正反対のものに惹かれていたこと。そして私の勝手な思い込みのせいで、プレゼントははからずもありがた迷惑になっていたことを!涙

ダメ出しされた部分を振り返ると、たしかにその通り。私も髪を乾かすのに腕が疲れるような気はしていました。だけど私の場合、タオルに求める優先順位が違ったので、分厚い・大きいという属性はプラスの方に貢献し、その副産物である重くて使いにくい(かも)というのは、なんとなく無視できていたのです。それに、一人暮らしの洗濯と一家全員分の洗濯とでは、背景が大きく違います。

どちらがタオルとして優れているかは、使う人あってのことなので不毛な議論です。求めているものの差こそあれ、自分の期待する役割をくまなくこなしてくれる製品が、その人にとっては性能が高いのです。

耳をすます

世界一売れているイヤホンの魅力はどこに

使用の文脈が影響

第一関門「役割」部門を悠々とクリアしてきたAirPodsですが、性能面ではどうでしょう。ちなみにここではスペックを比較して良し悪しを判断したりはしません。あくまで使用経験としてどうかに焦点を当て、どれだけうまく製品としての役割を達成しているかを検証します。

私の認識した AirPods の役割は「ハンズフリーで通話ができる。コード無しで音楽が聴ける。音声だけで Siri を通じて携帯が操作ができる」でした。検証しやすく役割を抽出すると次のようになります。AirPodsはワイヤレス Bluetooth イヤホンです。イヤホンとしての性能と言えば、やはり音質でしょう。それから Bluetooth イヤホンとしての性能も気になります。それから忘れてはいけないのが、包括的なサポーター(右腕)としての性能です。

音質
まずは音質をみてみましょう。私個人の感想でもそうですし、数あるネット上のレビュアーの意見でも総じてそうでしが、正直言って音質が素晴らしい!というわけではありません。でも同時に特記に値するほど悪いというわけでもありません。私が持っているのは第二世代モデルで、初代のに比べるとサウンドクオリティが改良されたということで、静かな屋内で聴くにはまずまず十分な音質です。ですが純粋に音楽を楽しみたい時に私の手が伸びるのは、音質重視で作られたヘッドホンの方です。音の奥行きやジューシーさがやはり違います。AirPods はそういう意味ではいたって普通のイヤホンです。

では音質が優れていない点が AirPodsの人気を曇らせているのでしょうか?驚くことに、そんなことはありません。AirPods は音楽鑑賞を第一の目的にした製品ではないので「音質がずば抜けて良くない点はそんなに気にならない」「特にマイナス事項として認識してない」というのが使用者の間での一般的な見解です。

これは歴史小説においては歴史的事実・細部の真正性が批評の対象になるのに対し、他のフィクションではあまり問題にされないのと同じです。文学でもアートでも、ジャンルや文脈によって批評の切り口が変わってきますが、AirPods でも同じことが起こっていると言えます。

ジャンルの異なるさまざまな絵画


Bluetooth イヤホンとしての性能
Bluetooth イヤホンとしての性能ですが、こちらは文句なしに素晴らしいです。AirPods は初回ペアリングしたら、その後は自動的に接続してくれて煩わしさゼロです。私は他のコードレス Bluetooth イヤホンを使ったことがなかったので、それを当たり前だと思っていましたが、ガジェット好きの人には AirPods のすごさにペアリングの良さを第一に挙げている人がたくさんいました。しかも、ペアリングはワンステップでいたって簡単、その後の接続も安定しています。

使用者がたくさんいる場所でも、私の個人的経験では、混線したり不安定になったりしたことはありません。

私一人ではサンプル数が少ないのでネット上のレビューも参考にしたところ、唯一の不具合として、世界一混み合う交差点という異名を持つ渋谷のスクランブル交差点では接続が時に不安定になるという声が上がっていました。

スクランブル交差点

それを踏まえても、Bluetooth イヤホンとしての性能は、総じて素晴らしいと言えるのではないでしょうか。

右腕としての性能
最後になりますが、右腕としての性能、つまりSiriとの連携によるハンズフリー操作が可能にする包括的なサポーターとしての性能はどうでしょう。

前回の役割関門で「満たしてほしいとさえ認識していなかったニーズを満たしてくれた製品」だったと述べましたが、それはこの領域に言及しています。そしておそらく、多くのユーザーにとって、ここが AirPods の本質的な魅力なのではないかと私は推測しています。

包括的なサポーター/右腕としての性能って、一言で言うと煩わしさの消去に尽きるのかなと思っています。

Siri を介することで、携帯に指一本触れることなく操作でき、電話をかけられ、音楽が聴ける。その間、両手を他のことに使える上に、携帯から離れても接続が安定してるため、身軽に歩き回れます。

たとえば携帯をデスクにおいたまま手ぶらで庭に出ても、AirPods に小声で囁けば気分に合わせて好きな音楽がきける自由。

私の心を掴んだのは、間違いなくこの身軽さと便利さの掛け合わせです。

身軽さと自由

喋るだけで何かが思い通りになるというのは思った以上に便利で、敢えて欠点を挙げるとすると、慣れると生活の全てを音声でコントロールしたくなる、この一点です。私は最近ではブラインドを開けるときでさえ、脳内で反射的に “Open the blinds.” と言っているので、自分の手で開けないといけない億劫さと朝から戦う毎日です。

でもこれは冷静に考えると、製品の落ち度ではなく私の方の問題です!笑

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3本のケーススタディで性能面の評価も、画一的ではなくユーザーの期待に応じて微妙なニュアンスを帯びてくることを確認いただけたと思います。

同じ製品でも使用者が変わると性能に対する評価が変わること、感じたことありませんか?人からオススメされたのに、自分にとってはなんだか使いにくかったり、簡単すぎたり、難しすぎたり。逆に人にオススメしたのに刺さらなかったり。

何か思い出すことがあればぜひコメント欄にてお聞かせください。

では性能関門の検証も行いましょう。

性能:製品がどれだけうまくその役割を達成できるか
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あなたの「好き!」なもの、先に挙げた役割、どれだけうまく達成できていますか?

前回の役割の回答を読み返し、記憶を新たにした上で答えてみてください。

私の場合:

役割:入浴後に体を拭いて水分を拭き取る & 髪の毛を適度にタオルドライ
性能:先に紹介したありがた迷惑の一件で、タオルの重さや厚さ、乾きやすさも考慮に入れるようになった私の厳しめの採点でも高得点ゲット。気に入ったのでさらに2セット購入するほど 。

あなたの場合はどうなりましたか?

次は最後の関門。製品がいかにその性能を発揮できるか、ユーザビリティに関してのケーススタディを見ていきましょう!

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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事の転載です。



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